医者

広中は休日だったので、昼過ぎまで寝ていた。起きてもやることは特にないのでベッドの中でウダウダとやっていた。でも、今日は今月号のパーツが届くはずなので、少し楽しみだった。

彼には、毎月購読している付録付きの雑誌があった。それは「月刊“君の彼女”」という雑誌で、毎月、月の終わりに女性の体の指や鼻、目玉と言った原寸大の人工組織のパーツが届き、最後にAIチップを嵌めると事前にカスタマイズしたその女性が、自分の彼女として目の前に現れると言うものだった。

彼は一人暮らしで、あまりいい仕事に就けなかったので、最新のアンドロイドは購入できず、この商品ならなんとか月の給料で手が届きそうだったのだ。

説明を聞く限り、自分で組み立てるとその分のコストが減っているので、最終的に安く作ることが出来るという内訳だった。

今の彼の仕事は人間相手の医者だったので、給料が低かった。2245年の現在では、医者など今は底辺の仕事でやりたがるやつなどいなかった。彼も仕方なくやっているだけで、本当は違うことがやりたかったが、元々貧しい家だったので、マイクロチップを埋め込むことも出来ず、脳の拡張や身体機能の拡張が出来なかったので、やれることは、それくらいしかなかった。同年代のやり手などは皆、拡張した頭脳と身体機能で、地球外で異星人と貿易、交流をしたり、そのテクノロジーを地球にエネルギーとして変換し、有効活用出来るシステムの開発に勤しみ、その富でこの世を謳歌していた。

現実の女などは皆、拡張された男たちに群がったし、医者なんて仕事に就いてる底辺には見向きもしない、付き合うなんてことが、夢の夢だった。

そんな生活をしていた広中には、このアンドロイド彼女を組み立て、手に入れることだけが、彼の唯一の夢であり、楽しみだった。

最初に届いたのは右手の小指だった。希望した通り、水色のマニュキュアをしていて白い透き通る様な肌をしていた。まだ神経を接続していないので、肌質はわかるが温度がないので、死体のようだった。そして、次に届いたのは左の目玉で希望した通り緑色の綺麗な瞳をしていた。最初は中々思ったパーツが届かないので、バラバラで味気なく、まとまらないので工具箱に入れていた。そのうち徐々にパーツが増え、まとまった腕や足に組み上がる度にタンスに移した。

今のところ四肢と胴体は完成しているのだが、人工神経を繋がないと取り付けられないので、各部位バラバラにタンスに入っている。

胴体は付属のスタンドがあったので布にくるんで立てかけておいた。

頭も後は髪の毛と舌を残すだけになった。

布団に入っていた広中の部屋の玄関前でゴトンと音がした。荷物が届いた音だと思った。彼は建て付けの悪いギィギィと音のする扉を開けた。

彼の住んでいるマンションは築年数がかなり経っていた。もしかしたら、旧世紀の時代のものかも知れない。ガラス扉というものが付いていて、中に磁力エレベーターもないので、数十段もある段差を自分で登らなければならない。中庭には雑草が生い茂り、手入はされていない。管理会社に連絡しても「わかりました。大丈夫です。承りました」というAI音声が流れてくるだけだ。その上、部屋の前までの通路も電灯がチカチカしていて薄暗い所だった。彼はその2階の204号室に住んでいた。

そして、広中は、受け取った荷物の包装を開けた。今月号はとうとう、髪の毛が入っていた。ここまでくれば、後は舌だけなので、来月でこのアンドロイドと喋ったり出かけたりすることが出来る。

ここまで来るのにおよそ、10年の歳月をかけた。

彼は来月で完成ではあったが、我慢できずに組み立てることにした。舌がなくても来月にはしゃべれるようになるなら問題ないだろう、と思ったからだった。

それよりも、自分の孤独を1秒でも早く解消したかった。

十年間医者をしてきたが、ほとんど社会で使い物にならなくなり、捨てられ、老朽化した老人の欠損した身体をケアするだけで、同年代の身体などふれる機会はまずなかったからだった。

今、神経を接続すれば、アンドロイドはほとんど生身とわからない温度と肌質になる。若い温度のある身体を抱きしめるだけでも、触れるだけでもできれば、少しはこのどうしようもない孤独を満たせると考えたのだった。

彼は最初に付いてきた接続説明書を丹念に読み、組み立てにかかった。まず胴体の首のあたりから人工神経のA、Bを通した。そこから腕と足にも同じようなCの神経を合計4本通して接続した。

続いて四肢を接続したが、一つ一つが重たく中々に時間がかかった。出来上がりは48キロの女性になる予定だったので、それなりの重量だった。キチンと接続できたかは最後にAIチップを脳に埋め込まない限りはわからないので、かなり、ドキドキしていた。

そのあと、何とか7kgほどの頭も神経と接続でき、カツラを被せた。

出来上がりを見た広中は、しばらく感慨深い気持ちになった。

目の前にいるのは、黒いロングヘア、緑色の瞳、小さく可愛い鼻、薄い唇、そして、整った眉毛 の紛れもなく、広中が指定した好みの女性だった。

性格の設定は何でも話を聞いてくれて、金や地位、能力で人を判断しない、包容力のある聖女とした。「誰にも見られていないのだ、好きなように設定して誰が文句を言うのか、自分の生きている周りにいないのだから、これくらいいいに決まっている。」しかし、いよいよAIチップを入れ起動してみると、“Error”の表示が出てちっとも動く気配がない。広中は、配線を間違えたのかと、いろいろ調べたが、間違っているようなところはない。改めてError表示の出ているタブレットをよく除いてみると“​Fuel shortage”の表示が見えた。

燃料不足とのことだった。説明書をよくよく読んでみると、“血液5リットル”毎週交換必須となっている。

そして、それは人工血液不可で人間の自然な新鮮なものにかぎると。

「やれやれ、これじゃ起動は来月の“舌”が来るまでかかりそうだな」


大丈夫、彼は医者だ。そのくらいの血を毎週患者から抜いたってわかりゃしない。どうせ、やってくるのは社会の底辺の使えない老人や無能な生ゴミだ。多少血を抜きすぎて死んだところで問題になることもあるまい。

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