【第2部】県道241号線 ―還ル森―【2話】
編集部サーバー 6月14日(火)23:42
システムアラート:削除済みフォルダ内に新規ファイルが生成されました。
【取材記録1】
深夜の編集室。
蛍光灯がひとつだけ点いている。
壁の時計の針が、二度、三度と同じ位置に戻っている気がした。
システム担当の原田が私を呼んだ。
「大島さん、変なんです。削除済みフォルダに新しいファイルが……」
「誰かが復元したの?」
「いえ。アクセスログがないんです。ファイルの作成者も“空欄”。」
「ログが無い……?あれは完全に削除したはず…復元なんてできるはずない……!」
「でも……これ……」
彼のディスプレイには、見覚えのある文字列が表示されていた。
Route241_recovered.mp4
霧島沙耶の最終映像。
一年前、削除命令が出されたものだ。
原田が再生ボタンを押した。
ノイズ混じりの映像が流れる。
車内の暗闇、運転席に人影。
霧島の顔――
ではなかった。
顔はぼやけている。
けれど、声は確かに彼女のものだった。
「……見える? 楓……」
原田が眉をひそめる。
「今、“楓”って……」
画面右上の録画タイムスタンプが動いている。
20※※/06/14 23:44
――今、まさにこの瞬間と同じ時刻。
【取材記録2】
音声書き起こし:Route241_recovered.mp4より
[00:12](風音)
「道は……続いてる。
でも、出口はないの。
戻れない。……聞こえる?」
[00:29](カメラが揺れる)
「あのガードレール、また……同じ。何度も通ってる。」
[01:07](ノイズ)
「楓……そこにいるの?」
映像が途切れる直前、カメラのレンズが編集室の壁を映していた。
それは、私が今まさに座っている場所だった。
【手記(楓)】
私は怖くなかった。
むしろ、胸の奥が高鳴っていた。
沙耶先輩はまだ、どこかで走っている。
そしてその映像が、“今この瞬間”に繋がっている。
編集長に報告したが、斎藤は黙って灰皿を睨んでいた。
「その映像、もう二度と開くな。」
「どうしてですか?」
「……あれは“録画”じゃない。中継なんだよ。」
「中継…?どういう意味ですか?何か知っているんですか!?」
斎藤は何も喋らず黙って灰皿に煙草を押し付けた。
【内部メモ/システムログ抜粋】
[20※※-06-14 23:43:12] File created: Route241_recovered.mp4
[20※※-06-14 23:44:10] Process: none
[20※※-06-14 23:44:11] Audio input detected: female voice
[20※※-06-14 23:44:13] GPS metadata detected
[20※※-06-14 23:44:13] Location: (35.412N, 136.839E)
調べた座標は、県道284号線の旧トンネル付近だった。
そこは封鎖され、地図上からも削除されたはずの場所。
【取材記録3】
私は耐えられず、深夜の高速を走った。
GPS座標をナビに入力すると、目的地が表示された。
“存在しない道”なのに。
車のライトが霧を裂く。
道の端に、赤いガードレール。
塗装は濡れているように光っている。
バックミラーに何かが映った。
車の後部座席。
誰もいない。
だけど、確かに――息の音が二つあった。
「……楓。録ってる?」
その声を聞いた瞬間、録音機が自動で作動した。
時間表示:23:44
映像データ名:Route241_recovered2.mp4
【編集部へのメール(下書き/送信履歴なし)】
件名:霧島さん、見つけました。
彼女は生きています。
いえ、“生きている”としか言いようがありません。
私が車を停めた場所に、彼女の声がありました。
赤い鉄の匂いと、風のない音の中で。
ただひとつ、気になることがあります。
私の録音の中に、
“もう一人の私”の声が重なっているんです。
「……まだ、走ってるの。」
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