第11話 電力の夜明けと、二重の請求書

 奉雷山を越え、賄賂をせがむ関所で「スープは飽きた」と笑う兵士に、ラーラの電撃砲が炸裂した。

木の門は粉々に吹き飛び、真優は黒焦げで地面に転がる。

 ふわりと浮かんで無傷のラーラが「命中だっち!」と笑う横で、舞夢とカイルは頭を抱える。

「これ、絶対また炎上するやつだよね……」

 こうして雷族の娘を仲間に加えた一行の帰路は、嵐のように騒がしく幕を閉じた。


***


 荷車のきしむ音と共に、僕らはルナール村へ戻ってきた。

 広場ではすでに人だかりができていて、皆が新しい仲間をじろじろと見ている。


「とわーっち!」

 威勢のいい掛け声と共に、雷族の娘ラーラが荷車から飛び降りた。

 小柄な体で地面に着地すると同時に、肩に担いだ雷撃砲をぐいっと構える。

 バリバリッと静電気が走り、彼女の体を淡い光が包み込む。


「や、やべえっ! 鬼っ子を連れて帰ったぞ!」

「村長さん、なんてものを……」

 村人たちは一斉に後ずさり、広場の隅からこちらをおそるおそる見守った。


 猫耳少女の舞夢はため息をつき、尻尾を振って場を収める。

「こいつ、ただのすっとこどっこいだから。安心していいにゃ~」

「すっとこ……? にゃ?」村人たちが顔を見合わせる。


 そこで犬耳少年のフィルが前に出て声を張った。

「皆さん、まずはこちらを。紹介したい方がいます」

 荷車から降りてきたのは、白髭をたくわえた老人――モルガン爺さんだ。


「わしは細工師のモルガンと申す。この雷の子は少々やんちゃだが……」

 彼はラーラの電池パックを手に取り、そこへ自作の小さな電球を繋げた。

 バチッと火花が散り、次の瞬間、淡い光が灯る。


「おお……!」

 村人たちからどよめきが起きた。

「これがクリスタルの力だ。まだ小電力だが、工夫すれば村の生活を変えられる」


 その一言に、広場の空気が一変する。

 恐れと混乱の視線が、期待と希望へと塗り替えられていった。


 その夜、僕らは集会所の隣に作らせた来客用の宿へ案内された。

「ずっと村にいてくれるなら、家を建てるよ」

 村長らしく言ってみたが、すぐに村人たちから

「村長っぽいぞ!」

「でも今さら?」

 と茶化され、耳まで赤くなる。

 舞夢は尻尾を揺らして「珍しく村長らしかったにゃ」と笑った。


   ***


 翌朝。仮にこしらえた工房に村人が集まり、モルガン爺さんが道具を広げる。

「ガラスの元は川砂だ。これに灰を混ぜるとよく溶ける。石を焼いた粉を入れれば丈夫になる……」

 村人が「へぇ~」と感心しているところで、ガラリと扉が開いた。


 役人が羊皮紙をドンと机に叩きつける。

「ノアール村長殿、至急お渡しせねばならぬ文書だ」

「うっせーな! 今いいとこなんだぞ!」

 思わず言い返してしまった。

 役人は顔を真っ赤にして出て行く。


 沈黙。僕は頭を抱える。

「……やば、言いすぎた」

 舞夢があっさり

「かっこよかったのに、やっぱポンコツだな」

 と切って捨て、村人たちがくすくす笑った。


 フィルが紙を拾って確認する。

「請求書ですね。昨日の関所吹っ飛ばした件かと」

 舞夢はすぐさま

「細かいことはいいにゃ! 電力でもの作って儲ければ払えるにゃ!」

 と元気に言い放ち、再び空気が明るくなる。


 モルガンは作業を再開。

 ガラス球にフィラメントを仕込み、ラーラの電池パックに接続する。

 ぱっと橙色の光が工房を満たした。

「ついた!」

「おおーっ!」


 歓声があがり、ルナール村に電力の夜明けが訪れた。


   ***


 翌朝。主だった村人たちが集会所に集められた。

 梁に取り付けられた電球はまだ輝いており、人々はその明かりを見上げながらざわめいている。


「これは素晴らしい……だが、昨夜の灯りは細工による個別発電にすぎん」

 モルガンが口を開くと、静まり返った。

「一軒の家に灯をともすのがやっと。農具や水車を動かすには、到底足りぬ」


 村人たちは顔を見合わせ、不安げな声をあげる。

「じゃあ、村全体を明るくすることはできないのか?」

「畑を耕すのに役立てられないのか?」


 モルガンは頷き、懐から小瓶を取り出した。

「方法はある。仙水と呼ばれる薬を用いればよい。

 これは聖仙石と呼ばれる鉱石を精錬して作る薬でな。

 クリスタルと組み合わせれば、タービンを回して安定した大電力を得られる」


「仙水……?」

 初めて聞く名に村人たちはざわついた。


「北方の山で採れる石じゃ。だが、採掘は危険が多く、滅多に市場に出回らぬ」

 モルガンの言葉に、舞夢が尻尾を振った。

「つまり、北に行かないと手に入らないってことにゃ?」

「そういうことだ」


 村人たちは息を呑んだ。

 昨夜の灯りの感動は胸に残っている。

 だからこそ、その未来を広げるために必要なものが何か、皆が理解した。


「仙水があれば、この村は真に変わる」

 モルガンの宣言に、誰もが言葉を失った。



「その前にさ、請求書どうする?」

 僕がぽつりと口にすると、集会所の熱気が一瞬で冷え込んだ。

「まだそんなこと言ってんの? これからみんなで何とかしようとしてんのににゃ」

  舞夢が呆れ顔で尻尾をぱたんと打つ。


 だが次の瞬間、ラーラが椅子からぴょんと飛び上がった。

「心配いらないっち! あいつらがまたやって来たら、こいつをおみまいするっち!」

 ふわりと宙に浮かび、広場へと降り立つ。

 雷撃砲を肩に構えると、得意げに叫んだ。

「どっこぉ~ん!」


 バリバリバリッと青白い光が迸り、轟音が山を揺るがす。

「ちょっ、待っ――」

 僕の制止も虚しく、砲口から迸った閃光が村外れの岩壁を直撃。

 ガラガラと崩れ落ち、土煙が広場まで押し寄せた。


「あれ! 引き金引いてないよ? 故障かなあ?」

 ラーラは首をかしげ、砲身を覗き込む。

 村人たちは悲鳴を上げて後ずさった。

「やべえ、本物の鬼っ子だ!」

「村長、責任とれー!」

 広場は大混乱、僕は頭を抱えてしゃがみ込むしかなかった。


 その騒ぎの中、一人の農夫が駆け込んできた。

「おい、やべえぞ。昨日の役人が帰り際に“村に妙な灯りがある”ってにやにや笑いながら帰っていったんだ」

 集会所に重苦しい沈黙が落ちる。

 僕は慌てて袖を引き下ろし、腕輪を隠した。


「……見られたかもしれん」

 モルガンが渋い声を漏らす。

「クリスタル発電が知られれば、役人に取り上げられる。ならば――」

 老人は皆を見渡し、ゆっくりと告げた。

「水路を引いて水車を作り、“水力発電”として偽装するのだ」


 村人たちの間にざわめきが広がる。

「水車を……?」

「なら畑に水も引けるじゃないか!」

 舞夢が尻尾をぴんと立てる。

「一石二鳥だにゃ!」

 拍手と歓声が沸き起こり、集会所は再び活気を取り戻した。


 ちょうどそのとき、旅装のままのマサトとセリナが広場に姿を現した。

「遅くなったな」マサトが肩を回す。

「人足候補を見つけてきたわ。水路を掘るなら力が必要でしょう?」

 セリナが淡々と告げる。

 二人の帰還に、村人たちは大歓声をあげた。


 灯りの未来、水路の計画、新たな仲間。

 だが同時にΔ7の目は、確実にこの村に迫っている――。

 ルナール村の運命を賭けた次の一歩が、今まさに踏み出されたのだった。


 それから二月の間、村には大きな事件もなく、穏やかな日々が流れた。

 だがその裏では、人々の手で新しい挑戦が進んでいた。


 近くの小川の上流から水を引き込み、畑の脇を通るように水路を掘る。

 途中には水門を設け、畑へも自在に水を流せるよう工夫された。

 さらに村に水を引き込む前に貯水池を築き、そこから流れ出る水路ごとに水車を設置する。

 いくつもの水車が回り、ギシギシと音を立てて新しい村の鼓動を刻み始めた。


 モルガンが用意した材料を元に、小型ながら電池も作られる。

 水車の力で発電した電力を蓄え、余ったときにはポンプを動かして池へ水を戻す仕組みまで考案された。

「これなら電池が小さくても効率的に使えるぞ!」

 モルガンが嬉々として語り、村人たちも目を輝かせた。


 夜になれば電球がともり、昼間は畑に水が行き渡る。

 作物は元気に実り、余った分は交易に回されるようになった。

 村の暮らしは目に見えて豊かになり、笑い声が絶えない。


 ルナール村は、確実に新しい時代へと歩みを進めていた。


     ◇◇◇


※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく

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