第6話 転生真優は“まゆ”、そしてスキル無しで魔獣戦!?
村に戻った喜びも束の間、旧村人と元野盗の対立が表面化し、井戸端会議は炎上寸前。うさ耳少女のセリナの采配で何とか収められたが、僕の胃は限界を迎えつつあった。
「……誰か胃薬を開発してくれないかな。交易品にもなるし……」
そんな弱音を漏らした夜、遠くから獣の遠吠えが響き、復興を始めた村に新たな不穏な影を落とした。
***
翌朝、共同炊事場から運ばれてきた湯気立つ鍋を囲んで、僕らは簡素な朝飯をかきこんでいた。
雑穀と野菜を煮込んだだけの薄い汁物だが、空腹にはありがたい。
レッサーブルのモフは横で野菜くずをもしゃもしゃ食べている。
「昨夜の遠吠え、怖かったね」
犬耳少年のフィルがぽつりと口にすると、周りが静まり返った。
「……あれはお山に棲む魔獣だ」年配の村人が低く言う。
「なんでこんな里にまで?」
「普段は山を下りてこないのに……」ざわめきが広がる。
すると、元野盗の一人が険しい顔で口を開いた。
「俺は見たんだ。奴らが村人を襲ってるところを……」
一瞬ためらい、唇を噛みしめて続けた。
「……食ってるんだよ。美味そうにな」
「や、やめてくれぇぇ!」
僕は器をひっくり返しそうになり、ガクブルしながら後ずさった。
猫耳少女の舞夢は尻尾を揺らして冷ややかに言う。
「ポンコツは想像力だけは一人前ね」
村人たちは息を呑み、炊事場の空気は一気に重苦しくなった。
嫌な予感を覚えながら、僕は背筋に冷たいものが走るのを止められなかった。
朝食を終えて片付けをしていたときだった。
村長屋敷跡の方から、獣臭とともに低い唸り声が響いた。
「なっ……!?」
僕が顔を上げると、影が二つ、三つ。屋根を蹴り飛ばすように跳び込んできた。
「魔獣だ!」
中型の猫科、ボブキャットより大きくピューマに近い。
灰色の体毛が逆立ち、赤い瞳がぎらついている。
爪が石壁をえぐり、牙が陽光に光った。
「う、うそだろ……!?」
僕は尻もちをつき、情けなく声を上げる。
「まゆちゃんは下がってなさい!」
舞夢が前に躍り出た。
尻尾を逆立て、鋭い爪が閃光を描く。
「こっちは任せるわ!」
セリナも石斧を構え、横に並んだ。
二匹の魔獣が同時に突進してきた瞬間、舞夢が跳び上がり、セリナが踏み込む。
舞夢の爪が一匹の首筋を裂き、セリナの斧がもう一匹の肩を叩き割る。
呻き声を上げて地に転がる魔獣。
最後の一匹も、尻尾で弾かれるように吹き飛ばされ、石垣に叩きつけられた。
「ふん、こんなもんか」
舞夢が肩を払う。
「油断は禁物よ。動きが変だった……」
セリナが眉をひそめる。
その通りだった。
倒れた魔獣たちは、ただ暴れただけではなかった。
牙と爪は、まるで村長屋敷跡の地下、鉱石の隠し部屋を探すかのように壁や床を執拗に掘り裂いていたのだ。
僕は背筋に冷たいものを感じた。
「……狙われてる?」
血の匂いがまだ残る中、野盗リーダーが口を開いた。
「……また必ず来る」
低い声に、村人たちがざわつく。
「どういう意味だ?」
旧村人リーダーが眉をひそめる。
「俺たちが野に落ちてからの話だ。隠れ家を作っても、魔獣の気配に何度も襲われた。焚き火を囲んで寝ても、翌朝には足跡が残ってやがる……だから一所に腰を落ち着けることなんざ出来なかった」
彼の視線が、村長屋敷の地下へと落ちる。
「奴らは鉱石の匂いを嗅ぎつける。さっきの動き……間違いねぇ。また来るぞ」
その言葉に、僕の喉がごくりと鳴った。
村を取り戻したはずなのに、安心なんて一瞬も許されないらしい。
カイルは拳を握りしめ、低く笑った。
「皮肉なもんだな……昔、俺とマサトは一緒に村を救おうと誓った仲だった。だが、役人の腐った顔を何度も見せつけられて……俺は夢を掴みに出た。結果が野盗堕ちだ。あいつは残り、俺は背を向けた……」
視線の先に立つマサトは何も言わず、ただ険しい目でカイルを睨んでいた。
カイルが過去を語ると、マサトは鼻を鳴らした。
「そんな昔話はいい。問題はこれからだ……また来るんだろ、今度は裏切るなよ」
「チッ……言われなくても分かってる」
カイルが吐き捨てる。
緊張した空気が走ったその時、甲高い悲鳴が村の外れから響いた。
「きゃーっ!」
同時に土埃を巻き上げて影が飛び込んでくる。
牙をむいた魔獣の群れ――二度目の襲撃が始まった。
「来やがったか!」
マサトが咆哮のような声を上げ、手斧を構える。
「数が多い……! 調理場が狙われてる!」
カイルが素早く周囲を見渡し、走り出した。
「まゆちゃん、ここは任せたわよ!」
舞夢は尻尾を逆立て、迷わず群れの進路へと跳び込む。
次の瞬間、三人の姿は調理場の方へと消えていった。
***
残されたのは僕と、セリナ、フィルとモフ。
静まり返った屋敷に、迫る咆哮だけが響き渡っていた。
次の瞬間、轟音が村長屋敷を揺らした。
窓が砕け、黒い影が雪崩れ込む。
真っ先に飛び込んできたのは、大型ライオンクラスの巨獣だった。
金色のタテガミを逆立て、咆哮で空気を震わせる。
「なっ……!」
僕は壁際に追い込まれ、腰が抜けた。
舞夢やカイル、マサトは調理場で別の群れを食い止めている。
ここに残された戦力は、僕とフィル、そしてセリナだけ。
「下がって!」
セリナがフィルを背にかばい、石斧を構える。
だが巨体は圧倒的で、次々と仲間の魔獣が窓や屋根を突き破り、屋敷に雪崩れ込んでくる。
フィルが必死にモフを引き連れて応戦するも、すぐに囲まれた。
「フィル!」
セリナが叫ぶ。
斧で一体を弾き飛ばすが、もう一匹が牙を剥いてフィルに飛びかかる。
間に合わない――。
「やめろぉぉ!!」
思わず声を張り上げた瞬間、首筋が灼けるように熱くなった。
視界が白く染まり、僕の身体から淡い光があふれる。
――天性の紋が浮かび上がっていた。
セリナの瞳がその光を捉え、赤く輝きを帯びる。
「……
次の瞬間、彼女の身体から力が爆発した。
フェザークリスタルの髪飾りが強烈に輝き、彼女の輪郭が揺らぐ。
筋肉が隆起し、爪が鋭く伸び、赤い瞳は猛獣そのもの。
背後に獅子の幻影をまとったような威圧感に、魔獣たちが一瞬怯んだ。
「フィルに……触るな!」
咆哮と共にセリナは飛びかかり、赤い爪で三匹を同時に切り裂く。
巨獣のボスが吠え、前脚で床を叩き割る。
衝撃で僕は転がされるが、セリナはひるまない。
斧の一撃は雷鳴のように巨獣の肩を打ち砕き、爪の閃光が空気を裂いた。
轟撃に火花のような血飛沫が舞い散る。
「姉ちゃん!」
フィルの声が響く。
その呼びかけに応えるように、セリナの背後に獅子の幻影が立ち上がり、さらに力を解き放った。
やがて、巨獣の咆哮が悲鳴に変わる。
セリナが渾身の力で斧を振り下ろし、金色の鬣を切り裂いた。
血飛沫を上げて、ボス魔獣は地に崩れ落ちる。
静寂が訪れる。魔獣の死骸の上で、赤い瞳のまま荒く息を吐くセリナ。
村人たちは震え、恐怖と畏敬を入り混ぜた視線を彼女に向けた。
そこへ調理場から舞夢たちが駆けつける。
「……間に合わなかったか」
舞夢は状況を一目で悟り、胸を張って叫んだ。
「聞きなさい! この姉御は仲間よ! 私たちのために戦ったんだ!」
その声に、村人たちの動揺が少しずつ収まっていく。
僕は首筋の紋を押さえながら、胸の奥で震えた。
――これは奇跡だ。
天性が、僕らに力をもたらしたんだ。
戦いの熱気がようやく収まり、夜の村に冷たい風が吹き抜けた。
焚き火の火の粉が舞う中、誰もが息を整えていた。
「……また襲ってくるぞ」
カイルが低く言った。
「やはり油断はできんな」
マサトがうなずく。
血と煤に汚れた二人の顔に、深い影が差していた。
そんな中、セリナが静かに口を開いた。
「でも、私は見たの。あの瞬間……宙に浮かぶ青い光を」
彼女の赤い瞳が炎に照らされる。
「きっと伝説なんかじゃない。あれがブルークリスタルよ」
「またそんな話かよ」
マサトが渋い顔をする。
だがカイルは真剣だった。
「俺も聞いたことがある。この貴金属からは、不思議なクリスタルが生まれるってな。だから魔獣どもは必死に守ろうとする」
舞夢が尻尾を揺らし、にやりと笑った。
「なるほどね。じゃあ、こっちからご挨拶に行くしかないじゃん。鉱山まで」
場が静まり返る。
村人たちの表情には恐れと期待が入り混じっていた。
僕は思わず口を挟んだ。
「……あ、あの。僕はお留守番で……」
「ダメ!」
舞夢の声が即座にかぶさり、尻尾で僕の背中をバシッと叩いた。
あまりの勢いに僕は情けなく飛び上がる。
焚き火の周囲に小さな笑いが広がり、重苦しかった空気がわずかにほどけた。
それでも、村の夜空に漂う緊張は消えてはいなかった。
僕らの次の行き先――鉱山。
そこにはさらなる戦いが待っている。
◇◇◇
※この物語は【土・日・火・木】の週4日更新を予定しています。 つづく
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