第5話:春季休暇

「あっと少し〜あっと少し〜あっと少し〜で〜春季休暇〜」


 ヴァッサ地区中央野戦病院に快活な歌声が響く。


「楽しそうね〜アンジェちゃん。長期休暇もうすぐだもんね」

「あっお疲れ様です! 地元に帰れるのが楽しみでつい……」


 物資を運ぶアンジェに声をかけてきたのは、先輩である一等衛生兵の方でした。


 5月上旬になるとルミエール国軍は数日間の休暇があります。

 前線で活動している隊員は時期をずらして休暇をとるそうですが、新人である私はマサ軍医のご好意で全日数休暇を取ることが出来ました。

 

「アンジェちゃんの地元ってラントヴィルだったわよね。沢山土産話聞かせてね」

「はい!!」




 

 


 長期休暇1日目の朝、私はマサ軍医に出発の挨拶をしていました。


「それでは、マサ軍医。只今から4日間の休暇を頂きます!」

「はい、分かりました。外泊届けは提出していますか?くれぐれも羽目を外し過ぎずリフレッシュしてきて下さい」

 

「はい!……ん? 外泊、届け?」


 そういえば、野戦病院にも鳩がいてそこから手紙が出せるんでした。

 この前もアメッサさんからお茶会の日程が届いてたっけ……。


「……一度ルミエール国軍まで行って届け出をしてください。直前でも取り合って貰えると思いますよ」

「はい、分かりました!」



 

 

 ヴァッサ地区中央野戦病院から、首都にあるルミエール国軍本部には列車に乗って向かいました。

 

 実に7時間の旅、移動するだけでプチ旅行です。

 朝の7時には出発したというのに到着した頃にはもうお昼を過ぎていました。


「こんにちは! 外泊届けを出したいのですが……」


 ルミエール国軍の内装は白を貴重とした厳かな造りで、受付には国花の植えられた花瓶が置いてありました。

 

「分かりました。それでは所属する部隊、階級、お名前を教えて下さい」

「はい! ヴァッサ地区中央野戦病院所属、二等衛生兵のアンジェです!」

 

「……はい、確認出来ました。日程と外泊先を教えて下さい」

「今日明日、ランドヴィルにある実家に泊まりに行きます!」

 

「はい、分かりました。こちら、外泊許可証です。休暇楽しんで来てください」

「ありがとうございます! 行ってきます!」


 

 ルミエール国軍を出て、商業区をるんるん気分で進む。

 カフェや花屋、出店では春の果物が売られている。


「それじゃあ、次はっと」


 辺りをじっと見回すと馬車に空の木箱を積んでいるおじさんが目に付いた。


「おじさん! 今からラントヴィルに行くでしょ」

「お? 何だい嬢ちゃんよく分かったね。商品を売り終わって丁度帰る所だよ」


 見知らぬおじさんに声をかけると、快く返事をしてくれた。

 

「だってこの馬車メイプルの甘い匂いがするから、メイプルは東ラントヴィルの名産でしょ?」

「あぁよく分かったね、それで何かご用かい」

 

「私もラントヴィルまで乗せてって!」







 

 馬車で揺られて2時間。

 

 首都の風景から一転、樹木が立ち並ぶ懐かしい風景が広がっていた。


「おじさんありがとう! ここまでで大丈夫!」

「暗くなる前に帰るんだぞ!」

「はーい!」


 地元の村を歩いているとどうも子供の頃を思い出す。

 

 高い空に遠くに見える木々。

 ここなら何でも出来る。

 

 でもそれとは反対に、私の小ささも実感する。


 シユと出会ったのもこの季節だった。

 

 人見知りだった私はなかなか友達が出来ずに一人で遊ぶことが多かった。

 そんな時、目の前で女の子が転ぶもんだからつい声をかけていた。

 


『だ、大丈夫……?』

『あはは、大丈夫大丈夫! 慣れっこだから! 心配してくれてありがと!』

『良かった、』

『それより、何してたの?』

『えっと……お姫様ごっこしてたの……』

『いいな! 私も一緒にやりたい! 私シユ! あなたは?』

『アンジェ』

『アンジェちゃん! よろしくね!』



 その日からシユは毎日のように私と遊んでくれた。


 

『アンジェ姫みて! あそこに白馬の王子様がいるわっ!』

『ほ、ほんとだ!』

『待って〜! 愛しの王子様ー! ……とぅっ!!』

『シユちゃん!?』


 シユは塔に見立てていた遊具から降りて走り回っていた。


『アンジェ姫も早く早くっ! 王子様を私達の手で捕まえてやるのよっ! それでこの塔に住むのよ!!』

『分かった……! とうっ』

『ナイス着地よアンジェ姫! ……待て〜! 王子様〜!! ここに絶世の美女が2人も居るわよ〜!!!』

 

『ま、待ってー!』


 シユは1人で遊んでいた私を気にかけて声をかけてくれた訳じゃなかった。

 心から私と遊びたいと思ってくれた、大好きで大切な親友。



 

 昔を思い出しながら村を歩き辿り着いたのはシユと最後に遊んだザクロの木がなる丘。

 

 実も花も咲いていないザクロの木は少し寂しかった。


 あの日から私はザクロが苦手だ。

 これだけは、シユと同じようになれなかった。

 


「シユ……私、こんなに大きくなったよ」

 


 私の中のシユは5歳のまま止まっている。

 

 私だけが、成長している。

 

 今も何処かでシユは大きくなっているはずなのに。

 

 成長したシユが想像出来ないでいた。



「……アンジェ?」


「ネージェ姉!」


 振り返るとお姉ちゃんがいた。

 

「今日アンジェが帰るって軍の人から連絡が来てさ、でも中々帰ってこないからもしかしたら此処かなって」


「そっか、ごめんごめん少しシユの事思い出したくてさ」

「もう10年以上だもんね、」

 

「うん。……あっそうだネージェ姉、私今日お昼何も食べてないんだよね〜なんかない?」

「あんたの好きなアップルパイ作ってあるよ」

「えっ!? やったー!! 暗くなって来ちゃったし早く帰ろ!」




 


 家の前に着きふと横の更地を見る。

 

 私の家はシユの家とお隣さんだった。

 シユの両親がラントヴィルから出ていく時、家も取り壊した。


 私とシユの部屋は向かい合っていて、部屋越しにジェスチャーを送って遊んだりもしたけど……。


 もうそれも出来ない。


 …………。

 

 …………シユに会いたい。

 


 あの日、軍にシユの遭難届けを出しに行った日。

 確かに聞こえたんだ。

 

 西国ヘルツカイナの人間に誘拐された可能性が高いって。

 

 なら、私はこの戦線の向こうに行かなくちゃいけない。


 シユを探す為にも、この戦争を生き残らなくちゃいけないんだ。


 その為ならいくらでも人を助けよう。

 何度でも前線へ仲間を送り出そう。


 現実がシユの言葉と違くても。

 衛生兵であり続ける。




 

「アンジェー、家入らないのー?」

「ん、今行く!」

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