第八章:王都からの使者、土下座の懇願

 アルカディアがスタンピードを乗り越え、さらなる結束を固めていた頃、王国はもはや崩壊寸前だった。

 国民の三分の一が病に倒れ、食糧生産は麻痺し、各地で暴動が頻発していた。王侯貴族たちは責任のなすりつけ合いに終始し、有効な手立ては何一つ打てない。

 そんな絶望的な状況の中、アイリスはついに決断した。


「陛下、どうか……どうかアッシュに助けを求める許可を!」


 王の御前で、彼女は床に額をこすりつけて懇願した。


「アッシュ……あの出来損ないにか?」


 王は苦々しい顔をしたが、隣に立つ王太子ギルバートは鼻で笑った。


「聖女ともあろう者が、何を血迷ったことを。あんな男に何ができる」

「できます! 彼なら、きっと……! このままでは、国が滅びます!」


 アイリスの必死の訴えと、他に打つ手がないという現実を前に、王は渋々使者を送ることを許可した。

 白羽の矢が立ったのは、かつて授与の儀でアッシュを嘲笑し、追放の際にも彼を馬鹿にしていた騎士の一人、サー・ジェラルドだった。


 数週間後、ボロボロの姿になったジェラルドとその一行が、アルカディアにたどり着いた。

 彼らが見たのは、信じがたい光景だった。

 うっそうとした魔の森を抜けた先に、突如として現れた、活気に満ちた美しい村。石畳の道は塵一つなく、家々は美しく整えられ、畑には作物がたわわに実っている。村人たちの顔には、不安の色など微塵もなく、誰もが幸福そうに笑い合っていた。

 人間、エルフ、獣人といった、本来なら相容れないはずの種族が、当たり前のように肩を並べて暮らしている。


「ば、馬鹿な……。こんな辺境の地に、これほどの村が……」


 ジェラルドは絶句した。王都よりも、よほど豊かで平和に見える。

 やがて彼は、村の中心にある一番大きな家の前に案内された。そこにいたのは、村の子供たちに囲まれて穏やかに微笑む、一人の青年。


「……アッシュ・ウォーカー……様?」


 見違えるようだった。かつての気弱な少年の面影はない。そこにいたのは、多くの民を束ねる長としての自信と風格に満ちた、一人の指導者だった。

 ジェラルドは、自分がこれから何を言わなければならないのかを思い出し、顔から血の気が引いた。彼はアッシュの前に進み出ると、プライドも何もかもかなぐり捨て、その場で土下座した。


「アッシュ様! どうか、どうか王国をお救いください! この通りでございます!」


 突然の土下座に、アッシュは驚いた顔をした。周囲の村人たちは、何事かと遠巻きに見ている。

 ジェラルドは、王国の惨状を切々と訴えた。黒い霧の疫病、枯れる大地、苦しむ人々……。

 しかし、アッシュの答えは、冷たいものだった。


「お断りします」

「なっ……!?」

「僕には、ここにいる僕の家族を守る責任がある。今更、僕を捨てた国のことなど、知ったことではありません」


 アッシュの静かだが、断固とした拒絶。その言葉に、アルカディアの住民たちも頷いた。


「そうだそうだ! 今更自分たちの都合で助けを求めるなんて、虫が良すぎる!」

「あんたたち、村長にしたことを忘れたとは言わせないぞ!」


 王国への不信と怒りの声が、ジェラルドに突き刺さる。彼は何も言い返すことができず、ただ地面に突っ伏したまま、震えるしかなかった。

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