第七章:アルカディアの試練、混沌のスタンピード

 王国の「黒い霧」の正体は、リリィの調査によれば、古代に封印された厄災「混沌の呪い」が漏れ出したものらしかった。その影響は、遠く離れたアルカディアにも及んでいた。


「村長、大変だ! 森の魔物たちが、様子がおかしい!」


 村の見張りをしていた獣人の青年が、血相を変えて駆け込んできた。

 森の魔物たちが、かつてないほど凶暴化し、群れをなしてアルカディアに向かってきているという。いわゆる、スタンピード(大暴走)だ。


「リリィ、防衛システムは?」

「準備万端だよ、アッシュ! でも、数が多すぎる! それに、みんな『混沌の呪い』に汚染されてる。普通の魔物じゃない!」


 リリィの作った魔力探知機が、けたたましい警告音を鳴らしている。その数は、千を優に超えていた。

 村に緊張が走る。移住してきたばかりの住民たちは、恐怖に顔を青くしていた。


「みんな、落ち着いてくれ!」


 僕は村の中央に立ち、皆に呼びかけた。


「僕たちには、エリナがいる。リリィが作った防衛設備がある。そして、みんなの力がある。大丈夫、アルカディアは僕たちが絶対に守る!」


 僕の言葉に、住民たちの顔に少しだけ覚悟の色が戻る。


「エリナ、指揮をお願いする」

「任せろ。全員、持ち場につけ! 戦闘訓練の成果を見せる時だ!」


 エリナの凛とした声が響き渡る。彼女の指揮のもと、住民たちは弓を構え、槍を手に取り、防衛ラインへと散っていく。

 やがて、地響きと共に、黒いオーラをまとった魔物の群れが姿を現した。オーク、ゴブリン、巨大な狼。その目は赤く濁り、理性を失っている。


「障壁、最大出力!」


 リリィの号令で、村を覆う半透明のドームが輝きを増す。魔物たちは我武者羅に障壁に突撃し、火花を散らして弾き飛ばされる。


「弓兵隊、放て!」


 エリナの指示で、無数の矢が放たれる。僕が「必中」と「浄化」の概念を付与した矢は、正確に魔物の眉間を射抜き、その体を光の粒子に変えていく。

 戦いは優勢に見えた。しかし、敵の数はあまりにも多い。

 その時、ひときわ巨大なオーガが、大木を振り回して障壁の一点に集中攻撃を始めた。ミシリ、と嫌な音が鳴り、障壁に亀裂が入る。


「まずい、破られる!」


 リリィが悲鳴を上げた。エリナが前に出ようとするが、一体を相手にしていては、他の魔物が雪崩れ込んでくる。

 その時だった。僕は、スキルの新たな使い方を理解した。


(こいつらも、元はただの森の動物だったはずだ。『混沌の呪い』という概念に上書きされて、ああなっているだけ。なら……!)


 僕は障壁の前に飛び出した。


「アッシュ!?」


 エリナの制止の声が聞こえる。だが、僕は止まらない。

 僕は、暴走する魔物たちの群れに向かって、両手を広げた。


「お前たちの本当の姿は、そんなんじゃないだろう!」


 僕は【概念再構築】を、個ではなく、範囲(エリア)に対して発動させた。僕の頭の中に、この一帯にいる全ての魔物の『概念』が流れ込んでくる。その全てが、「混沌」と「狂乱」という黒い概念に汚染されている。

 僕は、その黒い概念を、一つ一つ丁寧に剥がしていく。そして、本来あるべき「穏やか」で「自然な」存在としての概念に、再構築していく。


「――元の姿に、戻れ!」


 僕から放たれた光の波が、魔物の群れを包み込む。すると、魔物たちを覆っていた黒いオーラが浄化され、その濁った目が、元の穏やかな色を取り戻していく。

 狂ったように暴れていた魔物たちは、キョトンとした顔でその場に立ち止まると、やがてくるりと背を向けて、静かに森の奥へと帰っていった。

 戦いが、終わったのだ。

 アルカディアは、一人の犠牲者も出すことなく、この未曾有の危機を乗り越えた。村人たちは、何が起きたのかわからないという顔で立ち尽くしていたが、やがて一人が叫んだ。


「す、すげえ……村長が、魔物を追い払っちまった……!」


 その声がきっかけとなり、アルカディアは割れんばかりの歓声に包まれた。僕は、仲間たちに支えられながら、安堵のため息をついたのだった。

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