39話 いちばん、あいたいひと

「お母さんに会いにいこう!」


ズズは、朝から張り切っていた。



昨日、中央都市に着いた一行は別荘をある程度片付け寝袋に入り、朝を迎えていた。


まだ静かな街中は、朝日に照らされて一層綺麗に見える。



まずは、二階のテラスに出て朝食をとる。

相変わらず、美味しそうな匂いが立ち込める。



今日の朝食は、旅用に買っていた食料のあまりを全部使った、朝にちょうどいいスープ。

肉と余った野菜たちを煮込んだだけなのに、なぜこうも香り高いのか。

体の芯から温まり、今日の活力がみなぎってくる。


昨日の野宿とは違う、都会の静寂を楽しむ朝。







「さぁて、じゃあ行ってくるからな。」

「モズグロさん、お留守番よろしくお願いしますね。」


「はいはい、いってらっしゃーい。」



留守番をモズグロに任せて、四人はアリッサがいる研究所へと赴く。





まだ眠りから覚めていない街は、誰も道を歩いてはいない。


「…なあ、ブラッド。

そろそろ、来てもおかしくないんじゃないか?」

こそっとブラッドに耳打ちするデルト。


もちろん、刺客のことだ。



「…いや、多分大丈夫だと思うぜ。

こんなところで襲うなんて、さすがに目立ちすぎる。」


「…そ、そうか。

ズズもいる。こんな時には、ごめんなんだが。」


…いや、いつ来てもごめんだな。

そんな顔をして、デルトは前を向き直す。






デルトの予想とは裏腹に、すんなり城の前まで来た四人。


巨大な堀が城をぐるっとまわっており、上げ橋がある正面が城への唯一の玄関だ。

警備兵が数人、橋の入り口に駐在している。




「あ、あのぅ…すみません。」

おずおずと、デルトが警備兵を訪ねる。


「失礼、ここは王城前の関所だ。

許しがない者は入れられない決まりです。

何か、約束などしていますか?」


「い、いえ…。

実は、王城内の研究所に勤めている私の妻に、面会を申し出たくこちらに。」


「……しばし、待たれよ。」


デルトに対応していた兵士が、城内に消えていく。どうやら、確認に行ってくれたみたいだ。




「…ここの兵士達、練度が高いな。

すげぇ強いってこと、伝わってくるぜ!」


ブラッドが感じ取った、滲み出る強さの片鱗。

ヴィーが統括する駐屯兵たちも、人間領土の最前線ということもありなかなかの練度の高さだった。

だがここの兵士は、おそらくそれを凌ぐだろう。


規律の高さがうかがえる。

さすがに王城といったところか。



「…すまないが、当日にいきなりでは、やはり入城の許可は出来ない。」


残念そうに顔を下げるズズ。


「…まあ、入城は許可できないが、外出なら大丈夫だ。」




城の入り口を指さす兵士。

中から、ボサボサ頭でシワシワな白衣を身にまとった女性が近付いてくる。

丸眼鏡をかけた、いかにもな姿。



簡単な手続きを済ませた彼女は、一直線にズズの元へ駆け寄り我が子を自分の胸に抱き寄せる。







実に、まる一年の再会だった。


距離にすれば二日ほど。

あまり離れてはいないのだろう。


だが、研究職は頻繁に遠出が許される仕事ではない。国家の中枢を担う研究機関だと、なおさらだ。


更に彼女の立場。

未だ、人間に不信感を抱く層がたくさんいる中央都市への引越しなど、とても現実的ではなかった。


ズズとデルトは、ようやく許可されて細々と最前線の街で暮らしていた。

母親と離れて暮らす。しかも、人間が少ない新天地…。

その苦労は、計り知れない。



だが、ついに報われる時が来た。









「どんな顔して会ったらいいか、分からなかったけど…


ズズの顔見たら、何にも考えられなくなっちゃった。」


ぎゅうっと強く、お互いを抱き合う二人。


デルトは、思わず顔を伏せる。

その目には、涙が。



言葉以上の何かが、三人の家族にはめぐっていた。





「………ねぇ、ブラッド。」


「…どうした、イル?」


「…どうして、こんなに美しいものが壊されなくちゃいけないの?」



ブラッドは、その問いに答えられなかった。

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