19話 バカ野郎共

開始と同時に地面が割れ、ヴィーが轟音と共に空中に舞い上がる。その巨体が強力な脚力により上空に高速移動したかと思った瞬間、分厚い上半身をしならせ斧を振りかぶりブラッドを襲う!


「…っ‼︎‼︎‼︎」



ガゴオオンッッ‼︎‼︎‼︎

受けた片手剣が半分弾け飛ぶ。

あまりの衝撃に、武器が耐えられなかった。

土煙がまい、周りの兵士達をゴホゲホッとむせかえさせる。


「…久々に良いのが入った。カンは鈍っていないようだな。」


一撃は勢いが衰えず、武器ごとヴィーの拳が地面にめり込んでいる。

ボゴッと腕を引き抜き、ヴィーはブラッドに向き直る。


「…マジで、全力かよっ!」


「どうした、さっきまでの威勢は?」


「これからだよ、これからっ‼︎」


折れた剣、それでも構わずブラッドは斬りかかる。

斧を駆使し防御をとるヴィー。


キンッ!ギャリギャリギャリンッ!

コンパクトに振られる剣、スキは限りなく少なく反撃が出来ない。


…意外と、剣筋は悪く無い。

どちらかと言えばパワータイプのブラッド、剣の相性は悪くない。加えて、イルとの日々の鍛錬。あれが身体の使い方を更に上昇させている。


まるで、達人の剣技。


「っし、良いぞ!体が温まってきた‼︎」




…だが、違う。『それ』ではない。

こうやって手合わせをすればするほど、この少年がアンバランスな存在である事が浮き彫りになる。


「…頃合い、か。」


だんっと地面を踏み、ヴィーは後ろに飛び退きブラッドから距離を取る。

前傾姿勢になり、まるで四足獣のように構えた。

周りの兵士達はざわめき出す。

「…出るのか、アレがっ⁉︎」


…何か出す気だな。

警戒するブラッド。ヴィーは動かず、ブラッドを見つめている。

剣士カゲと戦った時とは真逆、動かずどっしり構える敵が、こんなにも不気味だとは…。


「同じツテは踏まねぇ!」


ブラッドは、ゆっくりとヴィーに近付く。何をしてきても即時対応出来るよう、気を張って。

じり…じり…と、距離を詰めるにつれ、兵士達の緊張も高まる。






「ちょいと、失礼しますよ。」

固唾をのんで見守るイルの横に、ヘーベルが座る。

「…ギルド長?」

「いやまぁ、こんなベストカード見逃すのは損ですから!…それに、一応私は見届け人として、責任ありますからね。」


「…ブラッドは、多分勝てないです。」

イルの意外な言葉に、少し驚く。


「てっきり、無条件で勝利を信じているのかと。」

「…ブラッドは、人一倍そう言うのに真正面で真っ直ぐに向き合います。全力でぶつかって、全てを糧に強くなりたいんです。今は、実力が伴っていない事、自分でも分かっています。」


…真面目に無鉄砲。

だからこそ、自身で分かっているのか。足りない事に。

恐らく、あの勇者を見据えて、あるいはもっと違う高み、とか?

なんにせよ、その貪欲で真っ直ぐさは嫌いじゃないな、とヘーベルも思った。



ブラッドは、攻撃を躊躇していた。

自身がやった策で、自身が追い詰められている皮肉を噛み締めながら。


突如、何のモーションもなくヴィーの斧がブラッド目掛けて放たれた。

ギリギリで斧の投擲を回避したブラッド。


ドガァアァアッ‼︎‼︎‼︎‼︎


次の瞬間、身体に何か巨大なモノが超速でぶつかってきた!

メキメキと、骨がきしむ音が聞こえる。

「ガ…ぁ…ッ⁉︎」


吹っ飛ばされたブラッド。

ぶつかってきたのは、ヴィーの高速タックルだ。


「うおぉっ!み、見えなかった…‼︎す、すげぇ‼︎」

「出た!ヴィー様の『雪走ゆばしり』っ‼︎」

歓声が湧き上がる中、青空を見上げるブラッド。




(…さて、どう出る?)

油断なく構えるヴィー。

たとえ、死に体となった相手であっても一抹の油断もしてはいけない。

戦場では、重要な判断である。


「…へっ、やっぱ油断してくれねぇか。」

ムクリと起き上がるブラッド。



「…お、やっぱり起き上がったな!」

ヘーベルは、最早見届け人としてではなく、いち観戦者として見ていた。

…イルに睨まれ、はしゃぐのをやめる。


「…ケガがあるから本気はダメだって言ってたのに。」

むくれるイル。


「…イルさん、男ってのはさ、時にどうしようもなくバカになっちまうモンなんすよ」

ニヤリと笑うヘーベルに、ジトッとした目を向けるイル。

…伝わらない様だ。







全身が痛い。


だが、手加減を感じる。多分、キズに響かないようにしてもらった。

それを差し引いても強力な一撃だ。武器を囮にしてからのタックル。

盾が無ければ、立ってはいられなかっただろう。


「効いたぜ、今のやつ!初見じゃ防ぎきれねぇよ、あれはっ‼︎」


「お互い武器は無し!

とくれば、後はコレだけだなっ‼︎」

ヴィーは拳を構える。

ブラッドも、盾を放り投げ構える。


「いくぞっ‼︎」 「こいっ‼︎」

拳と拳の熱い対話が始まった!





「…これ、ブラッドの実力をはかる模擬戦じゃなかった?」

不満そうに、呆れた声を出すイル。


「だっはっはっは!だから言ったでしょ?」

バカが2人、沸き立つバカ達とバカ騒ぎ。



だがその光景こそ、戦でしか関わる事がなかった人間と魔族の、新しい関係の可能性が広がっていた。

…当の本人達は知る由もないが。

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