第20話
無我夢中で足を動かし、ダンジョンから少し離れたところで両手を膝について、肩で息をする。一旦休憩してたとはいえさっきまでフロアボスと戦って疲労していた身体は、無理矢理走らせたせいでさらに疲れが伸し掛っている気がした。
呼吸を戻そうと身体を休めれば、思い出してしまうさっきの光景
人だ。人がいた。おそらく20代、男、黒髪、身長180くらい、片手には明らかに銃刀法違反に引っかかりそうな日本刀らしきもの、2階に迷いなく降りようとしていた足
1目で捉えてしまった情報を整えながらも、バクバクと鳴る心臓は止む気配がない。
「人…いやちゃんと挨拶したし…大丈夫、ちゃんと普通、問題ない、大丈夫…」
ブツブツと呟きながらさっきの自分の行動を思い返す。人に出会った、挨拶した、別れた。うん、オール無問題、全然問題ない、私は大丈夫。
…棒読みだった気がするし早口だった気がするし全然目合わせてないけど、うん、でも大丈夫。いちいち私のことなんか気にする人も覚える人もいないから、大丈夫。
「ぜっっっったいアイツだぁ………」
ダンジョンに臆した雰囲気もないあの姿、警戒のない軽装、にも関わらず持ってる日本刀
どう考えても探索者…しかも、絶対に自分より強い。ダンジョンにも慣れてて、圧倒的強者。ラノベで近接戦特化チートの主人公として描写されてそうなタイプ。
絶対…1階をファーストクリアしたの、アイツだ。証拠とかなにもないけど…でも多分絶対アイツ。むしろアイツであれ、ヤベエ奴2人もぽんぽんあのダンジョンに来たとか思いたくない。今はまだ。
「ほんと…予定外のタイミングで人と会うのマジでやだ…しかも"持ってる"側…ボス部屋ダッシュもだけど陰キャにはしんどいって…」
いや予定してたとしても人と会話するのは緊張するんですけど。閉まりかけのエレベーターに急に人が乗ってきたときとか、ガラガラと電車で隣に人が座ったときとか、接点ない陽キャのクラスメイトに話しかけられたら誰だって緊張するでしょ?私はものすごくする。緊張してなんか恥ずかしくて怖くて、とりあえず1人になりたくなる。
特に、自分が絶対に1人だと思ってテンション上がってる時に来られると、尚更。
ネガティブ思考の人見知りコミュ障にとって唐突な人との出会いは毒なのだ。舐めないでほしい。
「あぁもう疲れた…とりあえずもう帰るかぁコレは今度持ってきて溶かそう、うん。今は無理」
色んな気力がなくなってとにかく帰路に着く。今はただ誰にも会わず誰の視線も受けずにお家に帰りたい。家に引きこもりたい。
…人生、嫌なことっていうのは連続して起こるらしい。
家に帰って早々、ゴミになった荷物共々ソファーに倒れ込んだ私のポケットから、pppと通知音がなった。いつも通り母さんからの晩ご飯の連絡か、と寝転んだまま画面を開いて、動きが止まる。
【面接日程のお知らせ】
前に「調整のためご連絡が遅くなる可能性があります」と送られていた面接の日程が、どうやら決まったらしい。…決まって、しまったらしい。明日に。
「突然すぎだろ…いや行けるって送ったの私だけどさ…あーもうマジで…働きたくない…」
まぁ向こうも、ダンジョンの出現で世界がぐちゃっとなって色々調整が大変なんだと思う。大変なんだろう、けど…
ソファーに顔を埋める。ダンジョンで最高に楽しんだと思ったら予定外に人と出会って、それだけで疲れるのに面接メール…気分は正しくジェットコースターだ。それもあんまり楽しくない系の。
「ん"ー…もうダンジョンのことだけ考えてたい…ダンジョンに行ければそれでいい…あぁお金ほしぃ…」
何も考えたくなくて目を瞑るけど、眠ろうとすればするほど明日の面接についてぐるぐると考えてしまう。働きたくないけど働かなきゃいけない義務で心がぐちゃぐちゃになる。
「あ"あ"っ、もう嫌!楽しいこと考えさせろよ〜」
自分の声以外何もない静かなリビングだと、色々余計なことを考えてしまう。適当に何も考えなくていい雑音が欲しくてテレビのリモコンに手を伸ばした。
『…そこで日本政府は、正式にダンジョン探索を職として認める方針を示しています。これは現在、ダンジョンを調査していく中での実績として…』
「―――は?」
聞こえた音を聞き流すより早く、ソファーから飛び起きる。流れるニュースはダンジョンの門と、どっかのお偉いさんが発表したらしいダンジョン情報を映して淡々と続ける。
『政府の情報によると、ダンジョン内には未知のエネルギーや資源が多くあり、それらは新たな生活水準になることが見込まれているそうです。まだ研究や試運転が必要ですが、ダンジョン探索によって我々の生活は大きく変わると言われています。
そしてそれらの基盤を作る職として、ダンジョン探索者が挙げられています。』
…考えろ。
落ち着いて、考えろ。まだ決定じゃない。その見込みがあるだけ。本格的になるのがいつかもわからない。明日の面接のほうが早い。面接は絶対受けなきゃいけない。やるべきことがある。義務がある。働かなきゃ、働く、働かないと…
「ダンジョン探索が、仕事になる…!」
なんて…甘美な言葉だろうか。なんて夢のある言葉だろうか。
ラノベでダンジョン探索における金稼ぎの種類は3つ
1つ、何かしらの依頼があってモンスター討伐やダンジョン調査をすることでの成功報酬
2つ、自分で討伐したモンスターのドロップや宝箱から得た物を売る
3つ、ダンジョン配信
3つ目はもっとファンタジーが発展してこの世界にダンジョンが溶け込んでからだろうから今は無視。
資源のための探索や試験は多分政府からの"依頼"になるだろうから1つ目は間違いない。
問題は2つ目。素材や魔石が売れるかどうか…素材がドロップするのだろうか、という疑問に関して解消されたのはありがたい。政府が利用できると考える程度には"なにか"があるらしいから。あとは魔石含めそれらが売れるかどうか…資源を調査すると言うのなら政府が買い取ってくれるのだろうか?魔石はともかく、一般的ラノベでいう"なんちゃらの毛皮"とか"ほにゃららの牙"を政府が買うか?
「…それで、政府が装備とか作るなら職人系もダンジョン関係者になる。そこから市場が広がって…現代ファンタジーが、くる」
そこまで行けば。そこまで行けば、自分もできるだろうか。ファンタジーで働くことが、可能な世界で生きれるだろうか。主人公じゃない自分でも、ファンタジー世界の人間に、なれるだろうか。
内容が変わったニュースを断ち切るようにテレビを消す。ふぅぅ、と大きく息を吐いて立ち上がった足元で、少し蹴ってしまったバックの荷物がズレる。
溶けかけの水鉄砲、破れて砂がなくなったゴミ袋、ぐしゃぐしゃの新聞紙。その中に紛れる―1枚の封筒。ひゅっと、時間が止まった。
見覚えのある、知っている封筒。あの時もこうやって、いつの間にか荷物に紛れていた。
手に取り、ひっくり返す。無地に記されているのは、いつかと同じ名前
【日本政府ダンジョン調査課】
あの時は、なんの話か不安で緊張しまくってた。今は、わかる。何のために送られてきたのか、何が待ち構えているのか。
前回と違って強制ではない。行けばまた萎縮はするし、当然人は少なくない数がいるだろう。今度はマジでちゃんと会話しなきゃいけないかもしれない。
それでも、私は、ファンタジーなら――
ファンタジーを愛する私は、多分強いよ 夜桜未来 @sakurah1me
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