第2話:日常の終わり
【誠に申し訳ございませんが、本日の面接は中止となり―――】
そこまで読んで私は無言でメール画面を閉じた。うん、普通こうなる。少し考えたらわかったはずだ。確認しなかった自分が悪い。…んだけど、なんだかなぁ…
「結局、今日の成果はなーんにもないわけだ」
自分で呟いて虚しくなる。そんな私の横を、賑やかな人声とニュースの音が忙しなく通り過ぎて行った。
ビルの液晶やそこらのテレビからはアナウンサーが災害の危険性を説き、SNSでは謎の光と地震についてデマかどうかもわからない情報が駆け巡っている。
こんな状況で面接などやっていられるはずもなく、面接会場のビル目前まで来た私の携帯に、面接中止のメールがごちゃごちゃと長ったらしく硬っ苦しい文章で送られてきた。
わかってた。この状況で面接を行えるほど会社というのは暇じゃないことくらい自分でもわかってたはずだ。世間のパニックになった声を聞いていれば、今それどころじゃないのは想定できたはずだ。
だけど、うん…
「なーんのために、戻ってきたんだっけ…」
会社からすれば雇うかどうかもわからない他人より不審な世界事情のほうが大事だろうし、私の事情なんて知ったこっちゃないだろう。面接を中止にするのは至極当然の判断だ。会社員になったことなんてないけど、多分私も同じ立場ならそうする。わかってる。
だけど、私のメンタルはものすごく弱いから。ふとした時に自分の無能さに呆れて死にたくなるくらいには弱いから。勉強についていける気がしなくて逃げ出すように大学を中退するくらいには弱いから。
面接より異常事態を選んだ会社にとって、異常事態より面接を選んだ私は不必要なものなんだ、なんて考えてしまって。
「っ、あぁやっばい…これダメなやつだ…」
なんか、泣きたくなってしまう。当然のことなのに、こういう時の私は、勝手に無駄にボロボロになる。
無駄にネガティブな思考に自分が堕ちているのがわかる。そこまで自己分析をして私はくるりと来た道を駆け戻る。泣くな、まだ泣くな、せめて人がいなくなるところまで泣くな。人気がない場所ならちゃんと知ってるから、勝手に泣き喚けるから。あぁそうだ、結局なにもできなかったんだからいいんじゃないか?あの門に…どうなるかわかんないけど、怖いけど、こんな価値ない自分ならちょっとくらいギャンブルしてもいいんじゃないか。もう、私に縋れるものなんてあの門しかないんだし…
現実への諦めと、少しの期待
恐怖はある。でも、ちょっとだけワクワクしてる好奇心も本物。今なら、あの門に触れる勇気が湧くかもしれない。全部捨てる、のは、怖いけど…でももう、ほとんど何も残ってないし…
面接が無為になった。世界が混乱に包まれてる。その2つが、さっきまでワクワクより恐怖が勝ってた私の心を互角に引き戻す。もう一度、もう1回だけ、挑戦したい。世界が全部ひっくり返るかもしれないギャンブルに、挑戦、する勇気が、持てる気がする。
足早に道を戻って行って…ふと、足が止まる。目前に見える、人混み。いつもは人気がないはずの場所に、人混み。携帯を掲げカメラを掲げる騒がしい野次馬が、集まっている――あの、寺に。
「なあなあ、ここに例の光が墜ちたってマジ!?」
「マジマジ!さっき1人入ってったって!」
「あの門本物?え〜中どうなってるんだろ?」
「1人しか入れないんだって!」
「あれなに?魔法?私もほしー!」
「写真撮れ写真!SNSに上げようぜ!」
「さっきの人どうなったんだろ…大丈夫かなぁ?」
「英雄じゃん、勇者じゃん!サイン貰えるかな!」
「なあおい!テレビの取材が来るって!」
ダンっと人混みを抜け出して走り去る私のことなんて、誰も気に留めない。その視線は全てあの非現実的な門に集中している。
あの門に、閉じきったあの門に、人が集うあの門に。あの…私が1番最初に見つけた、非現実の門に。
なんで
なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで…
あの場所には、私がいたはずなのに。私が、1番最初だったのに。私が、私の、私は、私も、私に、私だって…
勝手に、勘違いしてたんだ。自分があの門に入らなかったから。"普通"の常識に囚われて、あの門に入ることを恐れたから。私は、凡人だから。
だから…みんな同じだと、思ってた。思いたかった。みんな凡人だって、門を開ける度胸なんてみんなないんだって。そうすれば…あの時開けれなかった自分の惨めさが、少しはマシになるって、そう思いたかった。そう願っていた。
そして今、あの門を開ける勇気が少し持てた自分なら、凡人から抜け出せるんじゃないかって…そう、思ってた、けど…
迷ってる暇なんてなかった。悩む余地なんてなかった。欲しいなら、変わりたいなら、あの時すぐに動いてなきゃいけなかった。
ラノベの主人公たちがなぜ主人公足り得るのか…今ならわかる。彼ら彼女らは、動く。例えその先に何が待ち受けていようとまず動く。その決断ができる。
私には…それができない。ただそれだけの、わかりきってた現実
手遅れだった。全部全部手遅れだった。
あの門にはもう誰か"特別"な人が入って、色んな人が集まってて、私は特別なんかじゃなくて。
もう、何もない。何もなくなった。自分の判断で全てを無為にした。可能性も、希望も、未来も、光も!手に入ったはずのなにかを、私は自ら捨てた。
あぁ、もう…もう全部、どうでもいい。結局私は何にもなれない。ただの凡人が不相応な夢を見た、それだけのこと。涙が流れるのも、視界がぼやけるのも、呼吸が浅くなるのも、全部気のせいだ。悲しむほど頑張ってない。苦しむほど足掻いてない。辛くなるほどどん底じゃない。
全部わかってた、わかりきってたことだ。自分で手放したものだ。勝手に限界を作って、勝手に悲観的になって、勝手に諦めた、いつもの私だ。いつもの、いつもの…
「ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っっっっ」
走って走って、慟哭のままに声が吐き出る。悲観も苦渋も、全部吐き出すように叫ぶ。
あぁなんで…私はいつも…
家に帰りたくない。現実も見たくない。もう私なんかどうでもいい。自分で戻ってきた現実から逃げ出すように重い足を引き摺ってぼんやりと歩き出す。どこに向かってるかなんてわからない。いつも来ない方向だからあんまり見覚えはないけど、そんなに離れてないはずだから帰る時迷うことはないと思う――なんて考えてる自分に思わず笑いが零れる。異端でありたいと、全部捨ててでも世界をひっくり返したいとか思ってたはずなのに、なんて安定思考。平凡思考。
結局私は何も捨てれない、何も変われない。一線を越えられない、ただの凡人―――
ぼんやりと自嘲していた思考が、ぴたりと止まる。同じタイミングで、引き摺るように動かしていた足も止まった。
何も考えたくなくて、誰にも会いたくなくて、ぼんやりと辿り着いた雑木林の、その奥。
石があった。
そこには、石があった。
石が積み上がっていた。
木々に隠れるように、静かに佇む石造りがあった。
静かに聳え立つ、閉じられた門があった。
そこには…あの寺と同じ、非現実的な空気を纏った門が、立っていた。
ひゅっと、喉の奥で音がする。
これは、チャンス。手放した奇跡をもう一度掴むことを許されたチャンス。ワクワクに、好奇心に、身を委ねていいと導かれるようなチャンス。主人公補正なんて自分にはない。もしかしたら死ぬかもしれない。でもさっきまでの私は死んでたも同然で、なら死ぬ可能性なんて大して怖くなくない?今やらなきゃまた取られるかもしれない。でも入ったとして何になれる?恐怖で竦む?好奇心で動く?
―――なんて。
考える余裕は、私の中にはなかった。
人は本当にパニックになると、思考を回す余裕すらなくなる。さっき私が自分で証明した。それと同じ。
即ち。
未知の世界に飛び込む好奇心だとか、ギャンブル地味た状況への恐怖心だとか、世界がひっくり返せることへの希望とか、手に入ったはずのものを手放した虚しさだとか、そんなことに迷ってる時間も余裕もなくて。
喪失感と自嘲と、自分への諦めで渦巻いていた私の思考は至極単純に、それでいて明確な目的だけを追い求めたわかりやすい"普通"の思考。
それはまるで遭難した砂漠でオアシスに辿り着いたような、凍てつく極寒で火を手に入れたような、あるいは空腹で死にかけた時に食料を手にしたような、そんなよくある思考と同じ。
《これがなきゃ、生きられないっっっっ!》
死にそうだから、生きたがる。至極普通の思考。ファンタジーに夢見た結果か、ついさっきまで抱いていた喪失感の反動か。
私の中で叫ぶ、生存欲。
私は、出来損ないだ。特技も長所もなくて、苦手なことから逃げて、大学まで中退して両親を困らせる出来損ない。ゲームとアニメと漫画とラノベの世界に浸って、そんな楽しいことだけで生きていられたらいいとか考える屑みたいなフリーター。
だからこそ。"生きるため"に、コレが欲しい。このファンタジーがなければ生きられない。
だって…異世界に夢を見れなくなったら、私は生きていられない。
恐怖があっても、勇気がなくても、自分はその程度だって諦められる。主人公補正がないって言い訳できる。でも、夢見ることすらできない"私"なんて私じゃない!それは、私じゃない!
死ぬ恐怖?人生の諦め?両親に申し訳ない?
そんなの今まで嫌というほど考えた!そういうネガティブ思考で何度自分を嫌いになったか!だから、そういうの全部から逃げ出すためにファンタジーに、2次元の世界に夢を見た!
ファンタジーを思うときは楽しくなきゃいけない!夢を見ていたい!それができないなら私じゃない!
それは、ファンタジーに夢見た私の好奇心で。それは、未知に怯える私の恐怖心で。
それでいて好奇心とも恐怖ともいえない、私の中の生存欲求。
私は、生きていたい。その想いが閉ざされた門に手を触れさせる。壮大な門は、けれど少し力を入れただけでゆっくりとその入口を開けた。
その先に待つ、闇。向こう側のわからない闇に怯える心は、もうない。そんな余裕もない。
生きたい、生きていたい。死ぬのは怖い。
そして…ファンタジーに夢を見れなくなったら、私は死ぬ。
主人公補正なんてない。ないから、私は手を伸ばす。パニックで考える余裕のなくなった自分の、生存本能のままに私の身体は触れた闇へと吸い込まれた。
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