第3話 神殿の結界石
トベルクに到着して二日目の朝を迎えた。
軽く朝食を済ませ、噂の出処を探りに昨日とは違う裏通りに向かうことにした。
想像していた通り、物乞いをする人や地面で寝ている人をちらほら目にする。掏りの類が来るだろうと身構えていたが、治安はそこまで悪くないようだ。
建物の物陰になって薄暗い通りだ。不気味と言えば不気味なのだが、海外で見てきたような裏通りより余程整理されていた。
表通りのような賑わいはないが、治安が悪いということもなく、奴隷のような人たちで溢れているわけでもない。
魔王と言われる男が納める街。日本よりも余程住みやすい国に見えて仕方がなかった。
「魔王ってなんなんだろうな……」
裏通りから抜け出て賑やかな大通りに出て周りを見渡してみる。
やはり、魂の色はみんなが穏やかでとても「魔」とつくような感じがしなかった。
これなら、黒い魂である自分の方が魔と言われそうだ。
――裏路地での情報収集を諦め、大神殿に向かうことにした。
しばらく大通りを進むと舗装された道路を抜け、山岳地帯のような道に入ってしまう。
だが地図によれば、この山道を登った先に大神殿があると書かれている。
慌てることもないので、ゆっくりと休憩を挟みながら三十分ほど山道を登って行った。
途中で後ろを振り向くと、ぼやけた視界だが真冬が近いせいもあって空気が澄んでいるのか、美しいトベルクの街並みを見ることができた。
神社だけを見て、和風の世界だと思ったが、ここは中世ヨーロッパをイメージしているのだと認めるしかなかった。和の要素は皆無だ。
そして山道はとても寒く、早く外套がほしいと切に思う。
それから二時間程度山道を歩き続けると大神殿が見えてきた。
神殿には二つの白い尖塔、微量の魔力を感じる丸い大きなステンドグラスが印象的だった。入口には馬に跨った騎士と思われる石造が槍を掲げていた。
どこかで見たような、そんな気がする石造だった。
「凄い立派な建物だ……」
迫力のある外観に僕は思わず息をのんだ。
入場するためゲートもなければ人もいない。ただ大きな門が口を開けていた。
料金が取られる仕組みかもわからないが、中を見たいという好奇心が勝った。
中に入ると、ステンドグラスから差し込む光に照らされた大きなクリスタルが神秘的な淡い光を放っていた。その圧倒的な存在感は威厳すら感じる。
トベルクの観光名所とされる理由も頷ける。
ただ目の前に佇むクリスタルに魅入られていると、背後からゆっくりと絡みついてくるような口調の声が耳に届く。
「あら……旅の方、どうですか? 西方の結界石は……」
「思わず見惚れていたところです」
クリスタルを見続けたまま答えを返す。言葉を多くして飾るより、ただシンプルに感想を伝えた。
(待て、今この女性はなんて言った? 西方の結界石?)
慌てて女性の方を振り向くと彼女も同じようにクリスタルを見上げていた。
「西方の結界石……?」
「ええ、有名なのよ?」
彼女の魂は美しい黄色だった。一目で悪い人ではないことは理解できた。
布面積の少ない黒い服。ボディラインが浮き出るように見えていた。そして上着として効果があるのか疑問になるほど、透けている薄手のローブを纏っている。
(師匠もアビーもそうだが、この世界の女性はどうしてスタイルが良いのだろう?)
黒い靄の掛かる視界でもわかる女性らしさに、思わず目が行ってしまう。
僕は深く呼吸をして、改めてクリスタルを目にする。
(これがバンセティーラインの一端。同じ物が神社にもあったのか……)
静かに輝きを放ち続ける結界石を感慨深く見ていると、彼女から声を掛けられた。
「わ、私はアンジェリカと言うの……」
人見知りなのか、警戒しているのか。彼女の口調はのんびりと話をするようにゆっくりとしたものだった。
「旅をしているユリウスと申します」
彼女に一礼して、こちらも自然と名前を口にする。普通に自己紹介したつもりだが、驚かれてしまう。
(得体の知れない男が帯刀しているのだから、警戒されても仕方ないか……)
観光名所のはずだが、僕と彼女だけしかいない静寂の空間。あまり静かだと居心地も良くないので、今度はこちらから話を振ってみる。
「西方の結界師、アンジェリカ・モーガンさんで間違いないでしょうか?」
「あら、面白い子ね。どうして、私の名前と結界師のことを知っているのかしら?」
「驚かせて申し訳ありません。僕は弱視であなたの姿を満足に捉えることができません。ですが、我が師エスティリアからお話をお伺いしております」
「エスティリアちゃんを知っているの? どういうことかな……」
「ええ、厳しい方ではありますが、とても強く、優しくて美しい方です」
そう口にした時、師匠の笑顔が脳裏に過り、頬を緩めてしまう。
(今頃師匠は何をしているかな? 寂しくて泣いていたりして……)
目の前に佇む女性は手を前にして、少し待ってという姿勢でなにか考えているようだった。
「どうかされましたか?」
「もう少し、お話を詳しく聞かせてほしいの」
ゆっくりとしたペースでまったりと話す口調が彼女の特徴のようだった。
初対面だが、彼女は大きく動揺しているのが見て取れる。
「申し訳ありません。帰りの時間もあるので今日は失礼させて頂きます。思ったより街から離れていたので……また日を改めてこちらに伺います。今日は神殿を見せてくれてありがとうございました」
別に彼女の口調が嫌いとかではなく、口にした通り、帰りの時間が気になっていた。
「あっ……」
後ろから呼び止めるような声がしたような気がするが、大聖堂を出て騎士の石造まで戻ってきた。
師匠が鎧を着こんでいたら、こんな感じなのかなと感慨深く見つめてしまう。
「この石像ね、エスティリアちゃんなの!」
彼女の泣き叫ぶような声に思わず振り向いてしまった。
「アンジェリカさん、どうされたんですか?」
黄色の魂は、胸に手を置いて身を震わせている。
「お話、聞かせてください」
見えなくても声色から涙しているのがわかる。口調はゆっくりだが、必死さも伝わってきていた。
泣かせるとは思っていなかったので罪悪感が襲って来る。思わず太陽を見上げる。
正午過ぎ。徒歩で街に戻ることを考えると、今から出発して丁度いいぐらいだ。
「ごめんなさい、アンジェリカさん。歩いて来たので、なるべく早めに戻りたいのです」
「えぐっ、街まではテレポートで送りますからぁ……」
彼女は思った以上に泣き虫だったようだ。彼女に必死さに根負けして口にする。
「泣かないでください。街まで送ってくれるなら大丈夫です。それじゃ師匠のお話をしましょうか」
「ありがとうございます……」
――大聖堂のクリスタル横に置かれた長い椅子に腰を降ろす。
「ユリウスくんって言いましたっけ……エスティリアちゃんとはどういう関係なのかな?」
温かい飲み物が入ったカップを手渡され、彼女の投げる問いに答えていく。
「師匠と弟子なんですけど、僕から見て優しい頼りになる綺麗なお姉さん的な人ですね」
まだ別れて三日しか経ってないのに、師匠に会いたくなってしまう。
「あのエスティリアちゃんが優しい? ん~……私が知っているエスティリアちゃんとは違うのかな」
自分の知っているエスティリアとの違いを確かめるように、頭を揺らしている。
「あなたの考えている師匠は、堅苦しくて取っ付き難いという感じですよね?」
前にアビーが言っていた。師匠は昔より角が取れたようだ、と。
「そうそう、そうなの。槍の腕前が凄くて、でもね? いつも怒らせてしまって……」
「ふふ、眉間に皺を寄せて、厳しい表情してたりしますからね」
「ユリウスくんがエスティリアちゃんのことを口にする時、すごく優しい表情するのね」
照れ臭くなって思わず苦笑してしまう。
「で、でも……今のエスティリアちゃんは肉体がもう……」
「あはは、百八十年でしたっけ、よく生きていたってアビーは引いてましたね」
つい声を出して笑ってしまう。亜麻色の髪を揺らしながら笑ってくれる彼女を思い出していた。
そんな僕の様子を見つめながら、彼女は小さく身体を震わせていた。
「アビーって……まさか、ビゲイルちゃんのことを言ってるのかしら?」
ゆっくり口調は相変わらずだが、音量だけが変わっていた。
「そうですよ、東方の結界師、アビゲイル・ウィリアムズのことです」
「えっと、ちょっと待ってね……なぜ、君はアビゲイルちゃんを知ってるの?」
「最近まで寝てたんでしたっけ? 今は魔力を取り戻して、すっかり元気ですよ」
彼女との思い出が次々に浮かんでくる。いつまでも思い出していたくなってしまう。
声だけではなく、態度としてアンジェリカさんの考えが伝わってくる。
「君はいつでも、好きな時に二人に会えるのかしら……」
僕はベルトから刀を引き抜き、彼女に手渡す。
「彼女が僕専用にテレポート魔法を付与してくれました。いつでも二人がいる場所に飛ぶことができます」
「あぁ、こんな感じで……えっと」
表情は見えないが、真剣な表情で青い刀を見ているのだろう。
「ふふ、他の人は飛べないようにって言ってたので、難しいと思いますよ?」
刀に付与された魔法を解析しているのだろう。しばらくすると諦めたように溜息をついていたので、思わず苦笑してしまう。
「ごめんなさい。僕は二人に会いに行けますが、トベルクまで帰って来る手段がないので難しいです」
「そ、それなら、帰りは私が街まで送ります。二人に会わせてください!」
懇願してくる彼女の態度に、会わせれば長くなると考えてしまう。
「ぼ、僕が帰りたい時間に戻って来られますか? 宿も予約済なので……」
「はい、お約束します……」
「約束ですよ。それでは抱き抱えますので、立ち上がって頂けますか?」
初対面の男性への警戒心はどこ吹く風。彼女はすっと立ち上がり抱き抱えられる。
他の女性とは違う香りに、僕の方が緊張してしまう。
旅立って三日。思った以上に早い帰りになってしまったことに苦笑する他なかった。
◆
――テレポートのシュッという音と共に視界が切り替わる。
大神殿から神社の本堂に戻ってくると、グラスの嘶く声が耳に入って来る。
曲がり家に向かおうと本堂を出ると、厩口を蹴り破るようにグラスが駆け寄って来る。
≪あ、こら~! グラスちゃんなにしてるの~!≫
フィオナの優しい声が聞こえて、曲がり家はいつも通りなのかと安心してしまう。
「ただいま、グラス! 元気にしてた?」
彼の頭を撫でて、顔を覗き見るとすぐに異変に気付かされた。
「どうしたの? 調子悪いの?」
顔を摺り寄せて甘えてくるが元気がない。
「とりあえず、厩舎に戻ろう。アンジェリカさんも一緒に来てください」
彼女は本堂から一歩も動かず固まっていた。
「みんな、ただいま!」
照れ隠しもあって、僕は少し大きな声で平口から声を掛ける。
「ユリウス、見違えて帰ってきたな?」
「ユリウスーーー!」
≪ユーくん、おかえり~≫
「ブルルル」
たった三日だが、みんなの顔を見ることができて心底安堵してしまう。
曲がり家の玄関口である平口を潜ると、一気に囲まれてしまう。
≪あらあら~カッコいい服になって~≫
「トベルクの街で買ったんだ。えっと、お客様連れてきました」
「もう奴隷を連れて来たのか?」
「ユリウス、まだ土地はできていないですよ?」
「奴隷じゃなくて、お客様ね。アンジェリカさん入ってください」
曲がり家の外観を見つめて、止まっているご様子だった。
≪ユーくん、彼女は?≫
「今日、トベルクの大聖堂で結界石を見学していたんだ。その時に出会ったんだけど……」
≪あの子、震えて泣いているみたいだけど? あ~、ユーくんは見えないのね≫
「アンジェリカ? どこだ!」
「アンジェリカーーー!」
二人は飛ぶような勢いで外に出ると、迷うことなくアンジェリカさんに抱き着いていた。
≪二人の大切なお友達、なのかな?≫
「西方の結界師、アンジェリカ・モーガンさん。師匠とアビーの名前を聞いたら会いたいって泣きつかれたんだ」
涙を流しながら抱き合う三人を見て、帰って来て正解だったのだと思えた。
≪ユーくん、グラスちゃんのことなんだけど……≫
「元気がなかったね?」
≪ユーくんが旅に出た後、一回もご飯食べてくれないの……≫
「一回もって、もう三日経つんだよ、いや、まだ三日……ええ? グラス! こっちにおいで!」
元気のないグラスに駆け寄って抱き着く。
「どうしたの? ご飯、食べれないの?」
心配で仕方がなかった。聖獣とはいえ、馬は人間以上にエネルギー消費が激しい。グラスは俯くように黙ってしまう。
抱き着いて直ぐにグラスの気持ちがわかった。人であれば声を出して、寂しいと感情表現ができていたのだろう。まだ念話ができないグラスは母親のように感情表現ができない。
「ごめんね、僕が旅に出ちゃったから寂しかったんだね……」
≪ママもご飯食べるように言ったんだけど、頑固に食べてくれなくて……ごめんね≫
「そんな顔しないでフィオナ、大丈夫だよ。グラスご飯一緒に食べよう?」
「ブルルル」
僕が干し草をあげると嬉しそうに頬張って食べ始めた。
「あ、グラスちゃんがご飯を食べてくれたのです! よかったーーー!」
「少し安心した。やっぱりグラスはユリウスと一緒じゃないと食べないのだな」
「トベルクには戻らないといけない。だけどグラスはこのままにできない……」
≪ユーくんと一緒に旅ができればいいんだけど……曲がり家のような厩舎や馬房なんてあるはずもないもんね~困ったわ~≫
ディアナの顔も撫でて健康状態を見てみるが、彼女は大丈夫そうだ。
「僕がグラスを連れて行ったらディアナは大丈夫?」
彼女は考え込むようにしていたが、大丈夫だと甘噛みしてくる。
「本当に? グラスみたいに食べれなくならない? 寂しくなったらちゃんと言える?」
師匠とアビーに甘噛みして、最後に母親に寄り添うようにしてこちらを見つめていた。ちゃんとみんなと仲良くできるよと、伝えてくれている。
「フィオナ、グラスを連れてトベルクに行くよ。向こうで馬房を探して戻ってくる」
≪ちょっと心配だけど、このままだとユーくんも動けなくなっちゃうし、仕方ないかな~≫
「そうだね、神獣とばれないようにしないと……」
自分の中にある不安を少しでも振り払おうと目を閉じていると、アンジェリカさんがゆっくりとした口調で話始めた。
「あの、西方の大神殿裏にある馬房を好きに使って頂いて構いませんよ?」
その提案で全てが解決するように思えたが、師匠が口を挟んでくる。
「お前、まだあの大神殿で生活しているのか?」
「そうだよ~? エスティリアちゃん、身体が治ったのなら会いに来てよ……」
「こちらもいろいろあってな……」
長い話が始まろうとしていることに感づき、慌てて横槍を入れる。
「ごめん、師匠たちの話をする前に移動手段だけ確保しておきたい。どうしてもトベルクでやらないといけないことがあるんだ。でも、ここからだとトベルクに戻れない」
「ふふ、わたしの出番みたいなのです」
アビーは僕の肩に手を置いて、優しく微笑んでいた。思わずその赤い瞳に魅入ってしまう。
「ト、トベルクでテレポートポイントをいくつか設定するのです。そうすれば、神社や西方の大神殿に移動することも簡単なのです」
彼女は少し頬を赤らめ、顎に指を添えて天井を見るように呟いていた。
ちょっとした仕草に、どうしてこうも胸が高鳴るのかと、悟られないように歯を食い縛った。
「皆さんが良ければですけど、私もこの場所を設定させてくれますか? そうすればこちらから何時でも会いに来れます」
「僕は構いませんが宿泊するのであればフィオナたちからもしっかりとお許しを頂いてくださいね。ここは彼女たちの家でもあります」
「はい。それは勿論です。フィオナ様、ディアナ様、お邪魔させて頂いてもよろしいでしょうか……」
≪二人のお友達、昔の冒険仲間ですものね。私は大丈夫よ。それよりもグラスがお世話になる感じで。こちらからもよろしくお願いします≫
フィオナが頭を下げるようにすると、ディアナは板間の方に進んでいった。
「ディアナ様は如何でしょうか……突然の訪問でしたし、ご迷惑であれば私も戻ります」
申し訳なさそうに口にする彼女を甘噛みしてディアナは了承していた。
「移動の問題、グラスの問題、アンジェリカさんと師匠たちの再会。それぞれも問題がクリアになるかな」
「ユリウス、この三日でやることが増えたか?」
「うん、三人の募る話もあるだろうけど、近況報告だけして一度、トベルクに戻るよ」
僕は師匠の問いに頷き、この三日間の出来事を伝える。
「まず、森を抜けてから奴隷の馬車に乗り込んでトベルクに向かった。宿を借りて一泊。服屋とか革製品を見て回った。あ、お金ありがとうね」
二人も一緒に戦ってくれたのに、僕は傍にいるアビーに向けてお礼をしてしまう。
≪ふふふ、アビーちゃんたら……そんなに顔を赤くしなくてもいいでしょう? 心配してたけど、やっぱりユーくんは大丈夫そうね~≫
「うん、それでトベルクの街を見回った時、ドワーフの国フェドレンコがナーブに攻めてくるとかいう噂を耳にしたんだ」
「戦争なのです?」
アビーの問いに首を横に振って、こちらも小首を傾げてしまう。
「その噂が気になって、街の人たちに聞いて回ったんだ。でも街の人はどっちも攻めてくるような国ではないと否定していた。冗談だろって感じだったね」
「フェドレンコから見てナーブは貿易友好国なの。お得意さまって感じかな……ずっと昔から両国の関係は良かったはず……そういう争いはないと思います」
不安そうにするアビーを慰めようと、アンジェリカさんは彼女の頭を撫でに来ていた。師匠以外にも彼女にはお姉さんがいたんだと感じる。
「ユリウスは、そこにきな臭さを感じているわけだな?」
「確証があるわけじゃないんだけどね。でもトベルクに向かう馬車の中で奴隷たちに話を聞いた。「戦争のために奴隷にされた」って言ってたんだ」
≪裏でなにか暗躍しているって感じたのね~≫
「今はまだ煙が上がり始めた程度の噂話に過ぎない。だけど尾ひれがついて、この噂が大きくなっていったら……」
アビーの前ではあまり口にしたくないワードで言葉が詰まってしまう。そんな僕の気持ちを察してか、彼女の方から口を開いた。
「噂が酷くなって、戦争でも起きれば多くの人が犠牲になるのです。それがもっと酷くなれば状況というか、両国を取り巻く環境が変わって魔女狩りのようになるのです……」
思わず彼女に謝ろうと口を開くと、彼女は僕の唇に指を添えて微笑んでいた。
「まだトベルクに入って日も浅い。取り越し苦労だったらそれでいい。だが、実際に奴隷がトベルクに集められているのも事実か」
師匠は腕を組みながら考察していることを口にしていた。
≪ん~、ユーくんが感じている違和感は大切にした方がいいと思うの。フェドレンコでもナーブでもない違う国の誰か、団体が裏で動いているかも~って感じるわ≫
こういうのは必ず裏で金儲けや国家侵略的な野心が動いている気がしてならない。
「ふふ、そんな怖い顔をするな。旅立って三日、情報収集もできているようだし、いい成果じゃないか?」
師匠は僕の頭を撫でて褒めてくれた。結局、僕の立っている厩舎に全員が集まっていた。
板間に取り残されたアンジェリカさんが声を掛けてくる。
「エスティリアちゃん、ユリウスさんに対して随分と優しい……」
「えへへ、昔のエスティリアでは考えられないのです」
昔の冒険仲間に揶揄われ、師匠は顔を赤くして目を逸らしてしまう。
≪ふふ、エスティリアちゃんは元々こういう性格なのよ~≫
ガールズトークが始まろうとしている傍ら、グラスに目を向けると困ったように距離を置いて、壁の方に身を寄せていた。
まだ幼い聖獣に歩み寄り、頬摺りして言葉を掛ける。
「こういうお話をしている時、どう接すればいいのかわからないんだね。話に混ざっていいのか、同調すればいいのか、意見をしていいのか」
明らかに戸惑いを見せる彼に、僕はゆっくりと言って聞かせる。女性陣の視線がこちらに集まってくる。
「自分が思ったことをしっかり口にしていい。自分の意見を表現しても、だれもお前を嫌ったりしないし、わからないならわからないよってママに相談してもいいんだ。怖がらないでいいんだよ? グラス」
≪ご、ごめんなさい……ユーくん、ママが言うべきことだった……≫
「いいんだよ、フィオナだってまだ母親になって二年しか経っていない。それに、こういうのは男の子同士で教えてあげることなんだ」
グラスは甘えるようにして僕から離れようとしない。早めに気が付いてあげられて良かったと思う。
「みんな、グラスはみんなを嫌いだとか、怖いって思っているのとは少し違う。だけど、男にとって、これを女性に相談するのって勇気がいることなんだ……」
まだ小さくても立派に自分の葛藤と戦っていた彼を褒めてやりたい。その一心で彼を撫で続ける。
「どうやって女の子の輪に入ればいいですかって聞きにくいでしょう? それでご飯も食べられず悩んでたんだ。だから、みんなも自分自身を責めたりはしないでね」
僕はグラスに向けていた目を女性陣に向ける。
「グラス、いつも通りでなんでも言ってくれて構わないのですよ!」
ふわりと花を咲かせるような笑みを浮かべ、アビーは黒い聖獣に抱き着いた。
「ふふふ、私が鈍感だったな。すまなかった……アビーの言う通りだ。なんでも相談していい。私もお前にいろいろ相談するから自分で壁を作らなくていいんだ」
彼女の突撃する抱擁とは違い、落ち着いた風格を感じさせながら師匠も抱き着く。
妹であるディアナに、これでいいかという視線を向けると、近づいてきて甘噛みされる。
≪ユーくん、ありがとう。お父さんみたいなことさせちゃったね?≫
少し涙声になる母親の頭を撫で、彼女自身も随分と悩んでいいたことを察した。
「よし、グラス。僕は一度街に戻る。大丈夫だよね?」
グラスは大きく嘶き、がんばれるよ!と答えてくれた。
トベルクに戻ろうと、アンジェリカさんに目を向けるとなぜか涙を拭っている。
「えぐ、家族みたいですぅ……」
「「「≪家族だし≫」」」
全員が声を揃えて、みたいという言葉を否定するように、全員が声を揃えていた。
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