第45話 三つの奇跡を携えて

ラスール公爵の、重々しい許可が下りた。

 

その言葉を合図に、屋敷の壮麗な扉が、ゆっくりと私のために開かれる。


「ドルガン殿、それから、その不思議な獣は、ここで待たれよ」


屋敷に足を踏み入れる直前、公爵様は、ドルガンさんとポムに、有無を言わせぬ口調で、そう告げた。


「ギルドマスターといえど、これ以上は、ラスール家の内々の問題だ。我らの覚悟を、邪魔されたくはない」

 

「……承知した。小娘、あとは、お前と、お前の師匠を、信じるだけだ」


ドルガンさんは、そう言うと、私の肩を大きな手で、ぽん、と一度だけ力強く叩いてくれた。

 

懐から顔を出したポムが、「きゅぅん」と、心配そうな声を上げる。


「大丈夫よ、ポム。すぐに、戻ってくるからね」


私は、最高の相棒に、そう囁くと、二人に背を向け、公爵様と、執事長のゼドリックさんに続いて屋敷の奥へと足を踏み入れた。

 

ここから先は、本当に、私一人の戦いだ。



案内されたのは、屋敷の最上階にある、ひときわ大きく、そして豪華な扉の前だった。

 

長い、長い廊下。

 

磨き上げられた大理石の床に、私の小さな足音だけが、こつん、こつんと、寂しく響く。

 

すれ違うメイドたちは、皆、青ざめた顔で私に深々とお辞儀をしていく。

 

屋敷全体が、深い、深い、絶望の空気に支配されていた。


「ここが、我が息子、ルートスの部屋だ」


公爵様の、絞り出すような声。

 

ゼドリックさんが、厳かな手つきで、扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと扉を開く。


その瞬間、部屋の中から、濃密な、異様な空気が溢れ出してきた。

 

様々な薬草を煮詰めた匂い、神聖な香油の香り、そして、それら全てを打ち消すほどの、荒れ狂う、魔力の異臭。

 

今まで数えきれないほどの治療が、ここで、試みられてきたのだろう。

 

そして、その全てが、失敗に終わったことも。


部屋の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 

豪華な装飾が施された、だだっ広い部屋。

 

その奥に、天蓋付きの巨大なベッドが、ぽつんと、置かれている。


私は、まるで見えない力に引かれるように、そのベッドへと、近づいていった。

 

そして、そこに横たわる少年の姿を、目の当たりにする。


絹糸のような、銀髪のショートカット。

 

年の頃は、おそらく、私と同じくらい。

 

その顔は、血の気が失せ、青白い陶器のようだ。

 

閉じられた瞼が、かすかに、痙攣している。

 

荒く、苦しげな呼吸を繰り返すたびに、その小さな肩が、大きく上下していた。


そして何より、彼の体全体から、まるで嵐のように荒れ狂う魔力が、放出されている。

 

びりびり、と、肌が、痛い。

 

これが、「魔力の不協和音」。


私はポーチから、あのオーロラ色に輝く小瓶を取り出した。

 

すると、私の隣に立っていたラスール公爵が、かすれた声で、私に、問いかけた。


「……そのポーションは、一体、なんだ。これほど、複雑で、美しい色をした薬は、見たことがないが……?」


白髪の混じった、立派な髭を揺らしながら、彼は興味と、そして、最後の望みを託すような目で、私の手の中の小瓶を見つめている。

 

確かに、見たことはないだろう。


「このポーションは、師匠が、三つの、異なる奇跡の素材を、一つの液体に調和させて、作り上げました」

 

「ほう……。なぜ、三つなのだ」


来た。

 

これが、最後の、試練。

 

この薬の価値を、この薬の必要性を私が、この場で、証明しなければならない。


私は、公爵様の目を、まっすぐに見つめ返した。


「それは、ご令息の病が、ただ一つの原因ではなく、三つの、異なる要因が、複雑に、そして、不幸に、絡み合って、引き起こされているからです」


私の言葉に、部屋の隅に控えていた、医師団の老人たちが、ざわめき立つ。


「何を言うか、小娘が!」

 

「我々が、寄ってたかって、原因を特定できなかったというのに!」


だが、私は構わずに、続けた。

 

これは、彼らへの説明ではない。

 

息子の命を、その手に委ねようとしている、一人の父親への説明なのだから。


「第一に、ご令息の体内で、今もなお、荒れ狂っている、魔力そのものを、鎮めなければなりません。それは、例えるなら、燃え盛る家事の、炎を消すようなもの。そのために、この**『静寂茸』**の成分が、荒ぶる魔力を、優しく、眠らせます」


私は、一つ息を吸う。


「ですが、ただ眠らせるだけでは、火種が残っているのと同じ。根本的な、解決には、なりません。ご令息の魔力循環そのものが、外部からの影響で、酷く、乱れてしまっています。その、淀んだ川の流れを、正常に戻し、体本来の、抵抗力を、高める。それが、この『月光石の粉末』の、役目です」


医師団の老人たちが、何かを言おうとして、口ごもる。

 

鎮静と、活性化。

 

相反する二つの効果を、併せ持つ薬。

 

それだけでも、常識外れだということは、彼らにも分かったのだろう。


「そして、これが、最も重要なのですが」


私は、声を、一段、低くした。


「そもそも、ご令息の魔力を乱している、大元凶。それを取り除かなければ、何度でも、同じことを、繰り返します。その元凶とは、この王都の空気そのものに満ちる、“魔力ノイズ”。その、目に見えない毒から、ご令息の体を、守る必要があります。そのための、盾となるのが、この『花』。この花が持つ、絶対的な浄化の力が、体内に入り込む不純な魔力を無害化し、ご令息自身の魔力を守る、完璧な“フィルター”の役割を、果たします」


鎮静、循環、そして、防御。

 

静寂、月光、そして、奇跡の花。


「この三つが、オーケストラのように、完璧に、調和して、初めて。ご令息は、“魔力の不協和音”の苦しみから、解放されるのです。このポーションは、そのための、たった一つの、答えだと、私の師匠は、申しておりました」


私の説明が終わると、部屋には、重い、重い、沈黙が落ちた。

 

医師団は、もはや、反論する言葉すら、見つけられないようだった。

 

やがて、公爵様が震える声で呟いた。


「……信じよう」


その瞳には、涙が、浮かんでいた。


「君と、君の師匠を、信じる。頼む……! 息子を、ルートスを、救ってくれ……!」


彼は、私に向かって深く、深く、頭を下げた。

 

一国の、公爵が。


たった、八歳の、少女に向かって。

 

私は、そのあまりの重圧に、唇を、ぎゅっと噛み締めた。

 

そして、静かに、頷く。


「……全責任は、私が、負います」


私はルートス令息の、ベッドサイドへと、進み出た。


―――



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