【20】膝枕Ⅱ

 月日は過ぎる。


 ビルは貴族学院を卒業し、流石に年を取ったと言いつつ、まだまだやれそうなアダルブレヒトの部下となった。知らぬうちに他言語を三つ習得しており、母国語、ジュラエル王国語含めて五か国語を喋れるようになっており、エラは心底驚いた。


 アダルブレヒトの仕事に付き添うので、屋敷はエラ一人になる事が増えた。


 エラも、もう四十近く。


 恐らく一生、アダルブレヒトやビルに添ってこの屋敷で暮らすのだろう。


 結局、ノートブルクと再会する事はないまま今に至っている。アダルブレヒトが「娘を外に出すなど……」と拒否したからだ。度々誘いはあるらしいが、四十近い娘に対する態度が、十代前半の娘に対するソレである。


 まあ、実際に共に過ごした時間で考えると、丁度それぐらいなのだろうが。


 今では、この屋敷に来るのは、アヒムが殆どだ。


 それにしても最近は何やら大変な仕事を任されるとかで、彼は疲れ切って屋敷に来る。

 だからつい、性的な意味合いはなくとも、同情して彼の手を引いた。


 カウチにエラが座り、疲れた様子のアヒムの頭を、膝の上に乗せた。


「……貴女は、随分変わった」

「存じておりますわ」

「言葉だとかではなく……」

「心持ちの変化でしょう?」


 エラ自身、驚いている。


 かつてのエラなら、きっと、アヒムがどれだけ疲れていようが、どうでも良かった。

 哀れに思って、金にもならないのに、愛想をふりまくなどしなかったはずだ。


「昔よりは、柔らかさが増していると思いますわ」

「は?」

「わたくしの膝」

「は!?」

「貴方に初めてお会いした頃は、まともな物を食べれておりませんでしたから」

「あ、ああ……そういう……いやおかしいのでは。私は貴女に膝枕などされた事がない」

「まあまあ、身を起こさずいてくださいな。少し眠れば、気も楽になりますわ」


 昔はそんな風には考えなかった。

 眠るのは一瞬の逃避にしかならない。起きれば、厳しい現実が待っている。


 眠りを、ただ、休息だと思えるようになったのは、この屋敷に来てから数年経った頃だ。


 頑固なエラに、アダルブレヒトの献身が勝ったのである。


 アヒムの目を閉じさせて、その頭を撫でて、それから、エラは、覚えている母の歌を歌った。

 母には遠く及ばない、へたくそな歌だ。けれどアダルブレヒトも、ビルも、この歌を好きだと言ってくれている。


 ――アヒムはその歌を聞きながら、そっと、眠りについた。

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