記憶の運び屋
紡月 巳希
第十四章
影の追跡者
「君の母親が残した手がかりを元に、協会の隠された施設を探し出す。そこには、過去に奪われた芸術家の記憶が保存されている。君は、その記憶を修復し、この街に真実の色彩を取り戻すんだ。」
カイトの言葉を、私はただじっと聞いていた。作戦を前に、私の心は高揚と不安の間で揺れていた。母が研究者であり、この戦いの先駆者だったという事実。そして、その母の遺した手がかりが、私たちの最初の作戦の鍵となる。
カイトはカウンターから身を乗り出し、薄暗い喫茶店の照明の下、地図の空白地帯を指差した。
「この場所は、数十年前に開発計画が頓挫し、今は廃墟となっている工業地帯だ。地図上にはただの空き地として記録されているが、実はその地下に、協会の記憶保管施設がある。」
「どうして、そんなことがわかるんですか?」
「私の記憶の網は、この街の過去と現在に張り巡らされている。だが、協会が意図的に消し去った情報は、私も完全には辿ることができない。君の母親は、協会の記憶操作の手口を解析し、その空白地帯に隠された真実の情報を、この地図に暗号として残していたんだ。」
カイトは地図の空白地帯に描かれた、一見すると何の変哲もない模様を指差す。それは、かつて私が母の絵画で見た、幾何学的な紋様に酷似していた。私の胸の奥が、熱く脈動する。
「この紋様は、君の記憶を鍵として、木箱が持つ力で解読できる。その情報が、施設へと続く道を示してくれるだろう。」
しかし、その時、喫茶店の扉が開く音が聞こえた。来店を告げるチャイムの音に、私たちは一瞬、緊張する。こんな時間に来る客はほとんどいない。カイトは私に目配せし、素早く地図を隠すと、いつものように冷静な表情で客を迎えた。
入ってきたのは、見慣れない若い男だった。身なりは清潔だが、どこか不安定な雰囲気を纏っている。彼はカウンターの椅子に座ると、何も言わずにただじっと、私とカイトを交互に見つめた。彼の目は、まるで私たちの記憶を読み取ろうとしているかのように、鋭く、そして冷たかった。
「ご注文は?」カイトが静かに尋ねる。
「…記憶の、運び屋を、探しているんだ。」
男の声は、かすかに震えていた。だが、その言葉は私たちを深く揺さぶった。彼は、私たちがこの場で交わした言葉を、どこかで聞いていたのだろうか。それとも…
カイトは、無表情のまま男に答える。「ここでは、そのようなサービスは扱っていません。」
「嘘だ…。」男はそう呟くと、突然、激しい苦痛に顔を歪ませた。「俺は、俺の記憶を…探しているんだ…!誰かに、奪われたんだ…!お前たちが、運び屋なんだろう…!?」
男は、自分の頭を抱え、苦悶の声を上げ始めた。彼の瞳は、恐怖と混乱で揺れている。彼の様子を見て、私は直感的に理解した。この男は、私と同じだ。協会の記憶操作の被害者なのだ。しかし、カイトは、この事態を冷静に見ていた。
「どうやら、君も私たちのことを知っているようだね。」
カイトは、カウンターからそっと身を乗り出す。男は、カイトの問いかけに答えようとしない。ただ、苦痛に喘ぎながら、私たちを睨みつけていた。
その時、男の背後の影が、わずかに揺れた。壁に映る彼の影は、まるで意志を持っているかのように、うねるように変形し、そして、そこからもう一つの影が、まるで生き物のように分離していった。
その分離した影は、私たちにゆっくりと近づいてくる。私は、その影の輪郭を見て、背筋が凍るような感覚に襲われた。その姿は、あの地下施設で私たちを追ってきた、協会の幹部…シャドウと酷似していた。
「まさか…こんなに早く…!」カイトが、短く呟いた。
シャドウは、男の影を媒体として、この喫茶店に現れたのだ。彼の能力は、想像以上に恐ろしいものだった。
「記憶の運び屋…そして、真実の鍵。ようやく、見つけたよ…。」
シャドウの声は、男の口から発せられているにも関わらず、冷たく、不気味な響きを持っていた。彼は、私たちの作戦を、すでに知っているのだろうか。いや、それよりも、私を「真実の鍵」と呼んだ。私の存在が、彼らにとってどれだけ危険なものなのかを、改めて思い知らされた。
カイトは、男を盾にしているシャドウを警戒しながら、私に静かに言った。「アオイさん、準備を。」
私は、腕の中にある木箱を、強く握りしめた。
記憶の運び屋 紡月 巳希 @miki_novel
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