最終章 ウテナ ②

 そうして、翌日。

 快晴の空の下、学校に行くことが憂鬱でしかなかった。

 自ら提案したことで既にやってしまったとはいえ、やはり躊躇いが生まれてしまう。

 ため息をつきながら玄関の外に出ると、いつぞやと同様に星海が待ってくれていた。

「何で土岐じゃねえんだよ」

「折角朝早くに待っているのにその言い分は無いんじゃないかな!」

「この流れだったら普通に土岐だろ……土岐と一緒に登校してえんだよ……」

「学校挟んで逆方面だからまあ無理だろうね!」

 朝っぱらから星海の叫び声が耳に響く。

 悪態をつきながらも、気を遣ってくれていることには感謝しかなかった。

 どう考えても、今日、俺は色んな人から色んなことを言われる。

 その前に星海と話せるのは、有り難さしか無かった。

「波風があんな提案をするなんて、正直意外だったよ。我関せずかつあまり自分のことを曝け出したくない性質だと思っていたから」

「天文部に入ったおかげで変われたのかもしれないな」

「良い方向に変わったよね」

「それがわかるのはこの後次第だ」

「間違いないね」

 星海は爽やかな笑顔を向けながら、こう発言する。

「まあ、もし悪い方向に動いたとしても、僕ら天文部メンバーはずっと波風の味方だけどね」

「ありがとう」

 こういう小恥ずかしいことを朝っぱらから平気で言ってのけるのが星海という男の素晴らしさであり、ありがたい面でもあるだろう。

 星海とくだらない話をして、学校にたどり着く。

 ゴクリと思わず息を呑んでしまう。

 その様子を見て悟ってくれた星海が、背中に手を置いてくれる。

「行こう」

「おうよ」

 正門をくぐり抜け、校舎に入ろうとした――その瞬間だった。

「ね、ねえ、後光君」

 突如、女子から話しかけられる。

振り向くとクラスメートで見知った顔だった。

話した事も数回あったかもしれない、そんな知人という括りの女生徒だ。

 女生徒は恐る恐る、こう話しかけてきた。

「要さんの動画配信に出ていたのって、後光君だよね……?」

「……ああ」

「やっぱり! 聞いたことある声だなって思ったの!」

「…………『やっぱり』なんだな」

 どうにもバレてしまうものなのか。

 もうこればかりは仕方がない、腹を括ろう。

「え、え、え」

 興奮した女生徒が尚も話しかけてくる。その様子を見て話の内容を聞いて、徐々に人だかりが出来始める。

「じゃあ、『星星星』の『願い事』を十年前に叶えたって、本当なの?」

「本当だ」

「そ、そうなんだ! 後光君は――『願い事』を自由自在に操れる人なんだ!」

 その叫びからはもう収集がつかなくなった。

 野次馬とやらが俺の周りに集まってくる。

「いつから『願い事』を自由自在にできるようになったの?」

「『願い事』が叶った瞬間、どんなことを思ったの?」

「どんなことを『星星星』でしてきたの?」

「要さんとは仲良しなの?」

 脈絡も何もない質問攻めが留まるところを知らない。

 周囲に人が固まりすぎて身動きすら自由に取れなくなってしまっている。

どうしたものかと思っていたら、突如、ぐいっと腕が引っ張られた。柔らかい手ではあるものの、その力はしっかりしたものだ。この力強さは運動神経が無いと出せないものだろう。

野次馬の群れを掻い潜り、喧騒の外に出て、ようやく救世主の顔を見ることができた。

「土岐、ありがとうな」

「こちらこそなんだけどねっ!」

「中途半端なツンデレ感が凄まじいな」

「うるさいなー、さっきの場所に連れて行った方が良いのかなー?」

「ナマ言ってすみませんでした!」

 土岐はゼェハァと息を荒げていたが、深呼吸を一度して、平常時の息遣いに戻していた。

「こうなっちゃうよねえ、やっぱりー」

「要さんの予想通りだったな」

「これからどうする? 天文部の部室に避難でもする?」

「いや、その前に職員室に寄っておきたい。担任の先生には事情を伝えないと」

「そうだね、行こうっ」

 そう言いながら土岐は、俺の腕を掴んでいた手を一瞬離したかと思うと、俺の右手を握り始めた。

「……土岐さんよ」

「な、何か言いたいことでもあるの?」

「もう野次馬の群れからは脱したぞ」

「だーめ。何が起こるかわからないから、このままで行くのっ」

「俺的には無茶苦茶嬉しいんだが、職員室で先生に報告する際には離しても良いか」

「渋々、しょうがないね」

「その代わり、お願いだ。職員室までは繋がせてくれ」

「もちろんっ!」

 より一層力強く、土岐は手を握りしめてくれる。絶対離さない強い意志を感じ取ることができて、嬉しくなるしかなかった。熱と手汗が若干気になるが、お互い様ということであとで話そうと思う。諸々の流れの相談は星海にしたいと思うが、チラリと後ろを見るとこれまたガッツポーズをしていた。喧騒に巻き込まれていなかった姿を見れただけでも何よりだ。

「星海君、ほんと、良い奴って感じだよねー」

「本当、そう思う」

「早く報われてほしいね。特に要ちゃん関連」

「星海はヘタレだからな……いつになるやら……」

「そうだねー、ヘタレでしかないねー」

「なんか僕に対して失礼なこと言ってないかな!」

 遠くから何か聞こえたような気がしたが、土岐と顔を見合わせて笑って無視した。

 そうこうしている間に下駄箱に到着し、上履きに履き替えて、二階にある職員室へと向かう。もうずっと手を握りあっている。側から見たらバカップルでしか無いだろうが、何も言わずに俺たち二人はただただその状態を保ち続けている。ちなみにまだ付き合っていない。まだ。この二文字が重要だ。

 とうとう職員室の前にたどり着いてしまう、何も言わずに手を離した。

 同時だった。

「同時だったね……エヘヘ……」

 隣で土岐がモジモジしだす。

悶えそうになるのを必死で抑えて、真顔のまま「失礼します」と言い、職員室の扉を開けた。

 担任の先生だけがこちらを向いていた。

「後光! お前、とんでも無いことしでかしたな!」

「返す言葉もありません」

「とりあえず、こっち来て詳細を話せ。対策を練るのはそこからだ」

「ありがとうございます」

 担任の先生も観てくれたのかという嬉しさと恥ずかしさと申し訳なさがせめぎ合っている。

 そんな中でも隣に土岐と要さんがいてくれるから、何とか話をまとめられそうだった。

「要さんも居る!」

「当たり前でしょう。貴方よりも身を曝け出したんだから、説明責任は発生するわ」

「すまん、助かる。ありがとう」

「こちらこそ」

「……ちなみに先生という立場関係無しの疑問なんだが、土岐が何で一緒にいるんだ? あの動画に出演もしてなかったし、そもそも後光と仲良かったのか?」

「まあ、そうですね、同じ部活仲間というか何というか……」

「先生が引くくらい仲良いです」

 言い切ったのは土岐だった。

 先程までまとめようとしていた内容が一瞬にして離散してしまう。

 担任の先生が「そういうの、先生好きだぞ」という発言をする。おかげさまで冷静になれた。感謝の意は心中に留めて、話をし始める。

「まず大前提なのですが、昨日の動画配信は全て観られましたか?」

「観たぞ。流石に先生が担任しているクラスと同じ学年で、かなり稼いでいる配信者がいるとなっては観ざるを得ないからな。四月からずっと追いかけている」

「ありがとうございます」

 仕事熱心な先生で本当に良かった。

 だったら話は早い。

 動画内の話は、概要だけ伝えよう。

「まず、俺が『星星星』の『願い事』を叶えたことを全世界に発信しました。モザイクをかけて、個人情報特定対策は万全です」

「万全ですって言うなら、何で声も加工しなかったんだ。そのせいでクラスメートなら気付く可能性が出てしまうだろうが」

「それは、要さんの提案です」

 ――昨日の夜。

 要さんの動画チャンネルでライブ配信を提案した時に、逆に提案を仕返された内容だった。

「空以外の画面モザイクは大前提ね。その上で、個人的には声の加工は無しでいきたいの」

「何故だ」

「個人情報はね、晒せば晒すほど注目度をあげやすいのよ。声だけなら、それほど素性をバラさずに発信できる筈だわ」

「しかしだな……」

「貴方はこの発信をできる限り多くの人に触れてもらって、凛花のお父さんの無念を晴らしたいんでしょう。私も同じ。もうこれしか無いと思っているわ。だからこそ、お願いしたいの」

「……わかった、やるよ! やるしか無いもんな」

「ありがとう。私もその分、オープンにするわ。これまで顔出しNGだったけど、公開する」

「それこそ身バレに直通するだろう!」

「凛花の『願い事』が叶うためなら何だってするわ。寧ろ、顔バレすることによってチャンネル登録者数が減るかもしれないのが問題ね」

「それはないよ!」と星海が叫ぶ。「寧ろ増えるよ! 僕が保証する!」

「うふ、うふふ……星海君、あ、ありがとう……」

「……付き合った報告も加えるか?」

「「絶対に駄目!」」

 こうして、俺は声を――要さんは全てをオープンにして――夜空の下、全世界に生配信をすることになった。

 過ぎ去ってしまったことをつらつらと述べたところで仕方がない。

 回想にしても、先生に伝えるにしても、単純明快な結果とお願いを話すことにしよう――

「あの配信で、俺が『星星星』の願いを叶えた人材であることを発信しました。加えて、『金金金』よりも早く『願い事』を叶えたことと――『金金金』の『願い事』を初期化したことを言い切りました」

「そこだ、後光。そこが引っ掛かるんだ」

 先生は俺の話をここぞとばかりに止めた。

 ごもっともなご指摘でしかない。

「『星星星』で『願い事』を初期化できるロジックがそもそもわからないが、それよりも何よりも、何故『金金金』の『願い事』を初期化したと発信する必要があったんだ? お前は動画内で『俺が世界で一番最初に『願い事』を叶えた人物になりたかった』と言っていたが、後光はそんな柄じゃ無いだろう」

「何でそんなことが言い切れるんですか?」

「担任だぞ。言い切れなくてどうする」

 意外と、しっかり見てくれている先生だった。

 まさか俺がどんな人物なのかちゃんと把握してくれていたとは。

 嬉しくなりながら、言葉をまとめる。

「それは、土岐のためです」

「どういうことだ」

「これ以上は言えません。とにかく、『金金金』を初期化したという情報を全世界に伝われば、土岐の『願い事』は叶うんです!」

 足りない俺の頭でもわかることだ。

 当然のことながら、俺は『金金金』の『願い事』を初期化できる術など持ち合わせていない。

 それこそこの『星熟』度合いは、要さん曰く、三十年後に到達できる領域だ。

 けれども、世間は、信じる方向に進むしかない。

 何故ならば、誰も『金金金』の願いを叶えた人物の現状を知らないし――誰が『金金金』を持ち合わせているのかは、要さんの『知る知る知る』でしかわかりようがないからだ。

 『星星星』を十年前に叶えておいて良かった。

 嘘の中にも真実が紛れ込んでいるおかげで、堂々と話すことができたんだ。

 『金金金』が土岐さんのお父さんの元に無いとわかれば、全世界の人間が一斉に『金金金』を願い始める。

 誰も叶うはずがないが、世界中の人間は――過去のバッシングを思い返して――誰かが叶えたとしても暴露しないとわかりきっている。

 だからこそ、このすり替えが成立した。

 こうして『金金金』の所在は、過去の人間から離れて――一人歩きする。

 土岐さんの統計サイトを見ても、昨日だけで何万回も願っている人々が居る。

 ――俺が『星星星』を叶えていたからこそ、押し通せた発信だった。

 生配信の中で流れ星の発生タイミングを予知できなかったら、ここまでの騒ぎにはなっていなかった――

「なるほどな。事情は大体わかった。教室に行っていいぞ」

「え、良いんですか?」

 てっきり今日は保健室登校になるのではと思っていた反面、呆気に取られるしかなかった。

「何の気無しに何の目的も無しに発信をしているならば教室に向かわせようとは思わなかった。だが、今の話を聞く限り、しっかり考えた上での行動だというのはハッキリしている。だったら、誰に何を言われようとも乗り越えられるだろう。乗り越えてほしいとも思う限りだし、成長につながる経験を得られるのであれば、先生としても止める気は毛頭無い」

「先生……!」

 ここまで考えてくれる先生が他にいるだろうか、いや居ない。

 一文の中で反語が成立するほど強調したい事実だった。

「ありがとうございます!」

 三人が三人とも同じ気持ちで発言し、先生からの「頑張れよ」という励ましを受けて、職員室を飛び出した。

 廊下を歩きながら、ふと思ったことを口に出してしまう。

「……大人って凄いんだな」

「大人っていうか、あの先生が凄いわね。流石の私も尊敬せざるを得なかったわ」

「他の大人を知らないから何ともいえないな……。要さんは大人と接することあるのか?」

「動画配信をある程度軌道に乗せるなら、コラボも一つの武器になるのよ。有名投稿者といえど、ちゃんとしている人もいれば、ちゃんとしていない人もそれぞれ結構居るわね」

「世知辛いな……」

「本当にね……」

「二人とも、仲良いんだね」

 突如被さってきた一言には鋭さが兼ね備わっていた。

 贔屓目でなければ、少し拗ねているようなそんな口ぶりだった。

「仲は良いが、土岐が思っているような仲ではないぞ」

「私が思っているような仲ってどんな仲?」

「それはだな、直接言わなくても良いというか何というか……要さんからも何か言ってやってくれ」

「私と後光は仲が悪いわ」

「その方向でハッキリ断定されるのは嫌な気分になる!」

「……昨日まで波風君のこと苗字ですら読んだことなかったのに、呼び捨ても加わっている……やっぱり仲良いじゃん……」

「安心して、断じて無いから。私のタイプとちょうど真逆」

「そんな副詞の使い方あるか!」

 拗ねまくる土岐の頭を要さんが抱きしめながらゆっくり撫でている。微笑ましいなという思いと羨ましいなという思いがちょうど半々くらいの感情が湧き出ながら――その状況を見透かしている要さんにドヤ顔で見られながら――ひとまず一件落着して良かったと思った。

 まあでもそれは、この後の教室の様子を踏まえなければならないのと同時に、土岐に一つの質問をしなければならない。

「なあ、土岐」

 予鈴まではまだ時間がある。

 要さんに抱きしめられながら、「何―?」と上目遣いでこちらを見てくる。

 気持ちが持ってかれそうになるのを必死で堪えながら、「言いたく無いなら答えなくて良いんだが」と前振りをしっかりして、質問をする。

「テレビとインターネット、家で観れたか?」

 土岐は一瞬固まった。

 要さんは心配そうに土岐を見ている。

「すまん、軽率だった。昨日の今日だもんな。そんなすぐに状況、変わらないよな。悪かった、今の質問は忘れて――」

「昨日お父さんに言ったの。『私の友達が、お父さんのために頑張ってくれたの』って」

 要さんから離れて少しだけ俺に近づいてくれる。

 その表情は――満面の笑みだった。

「『だったら観なくちゃいけないな』って言ってくれて、家族全員で動画のアーカイブ、観たの!」

「……それは、本当に、良かった」

 感慨深かった。

 お父さんの変化もそうだが、何よりも――土岐の微笑みが心底湧き上がっているものということが目に見えてわかったから。

「何とかなって、良かった」

 それしか言いようがない。

 この先俺がどうなったところで、どうでも良いと思う。

「絶対に滞りなく終わらせるから安心しなさい」

 要さんが無表情のままこちらに向けて行ってくる。要さんの優しさとしか言えない言葉だった。心底、気にかけてくれているのだろう。俺は一言、「ありがとう」とだけ言って歩み続ける。

 向かうべくは、教室だ。

 校舎に入った瞬間に声をかけられてしまった時点で、行く末は決まっている。

 後悔は無かった。

 俺程度の将来形成を犠牲にすることで、土岐が救われるなら安いものだろう。

 ――三人で、一緒に、教室に入った。

 時刻は予鈴五分前、ほぼ全員が教室に居て、ほぼ全員がこちらを見てくる・

 好奇心の塊しかない視線が突き刺さってきた。

 刹那の感覚で教室中の空気が止まっている。

 すぐに質問が飛び交ってくるのだろう。

 全てを受け入れよう――

 そう思った、これこそ刹那の感覚だった。

「私がお願いしたの!」

 土岐が、口を開いた。

 俺に向けられていた視線が、全て、土岐に向かう。

「波風の『星星星』を偶然知っちゃって、もっと押し出した方が良いってお願いしたの! 要ちゃんにも私がお願いしたの! 全部、私が、スタートなの。だから何か質問があるなら、まず私を通して!」

 端的で全身全霊な発信だった。

 教室中の空気がざわつき始める。

 クラスメートとしては恐らく、教室の端の方で黙々と過ごしている俺ならば追求しやすいと思っていたのだろう。

 そこで何故か飛び出してきたのが土岐だ。

 クラスの女神的存在を間に挟んで何でも言える人物など居るはずもない。

 だからこそ、自然と、こうなる――

「あ、そ、そうなんだ」

「じゃあ、良かった」

「土岐さんと後光君の関係性の方が気になってきたんだけど」

「何故に名前呼び捨て?」

「もしかして付き合っている?」

「あーもう動画のことなんてどうでも良くなってきた!」

「もう何も言えないやおめでとう」

「大人しく引き下がるね」

「そうはならないだろうが!」

 最後の大声は俺でしか無かった。

先程まで意気揚々と庇ってくれていた女生徒が「そうならないの?」と服の袖を指で握りながら言ってくるが、もう無視するしか無かった。

そういう関係になるにしろならないにしろ、やらなければならないことがあるからだ。


 *


 予鈴がなる直前に、天文部のSNSメッセージグループを作り、メッセージを送った。

『今日の昼、屋上で昼飯を食わないか?』

 即座に三人から了承のメッセージが来て、昼休みに入った今、こうして屋上に四人で居る。

「今日の夜、快晴みたいだ! 望遠鏡を持って星を見に行こう!」

「星海君が行くなら私も行かせてもらうわ。生配信の準備をしないと」

「要さん、流れ星の発生タイミング、連携させてくれ。生配信をより良いものにしよう」

「わ、私も、流れ星、見ても良いかなっ」

「「「勿論!」」」

 土岐にこう言われて、この二文字が出ない人間などこの世にいないだろう。それくらい、三名の発言はタイミングが揃いに揃っていた。

 ――同日、夜。

 星海の言う通り、天気は快晴――天体観測日和。

 午後八時に、望遠鏡を星海が――パソコンを要さんが――担いできてくれた。

 残る二人は、手ぶらでしかない。四人全員、顔を見合わせて笑う。この平和な時間がいつまでも続けば良いのにと、心底願いたい。

「だったらさ」「流れ星に願えば良いと思うわ」

 星海と要さんから何も言わずにアドバイスをもらってしまった。

 何やかんや深い仲になったからこそ、全てお見通しなんだろう。

「そんな小さいことも、願って良いのかな」

 土岐が、ボソッと呟く。

 ――確かに小さいことだ。

 ――『願い事』を流れ星に叶えてもらう世界でこんなことをお願いするのは、愚かな所業なのかもしれない。

 けれども、こうも思う。

 何かを願う行為なんて、そんなに大それたことではない。

 寧ろ、願った後、どう行動するかが重要なのだろう。

「小さいことでも大きいことでも願って良いのは間違いない」

「願うだけじゃ駄目ってこと?」

「土岐の言う通りだと、俺は思うよ」

「……波風がそう言うなら、正しいね!」

 その言葉を皮切りに、『星星星』を発動して――流れ星の発生タイミングを予知する。

「三十秒後に、流れ星が見えるぞ」

 俺も、星海も、要さんも、土岐も――夜空を見上げた。

 夜空のみを眺めている。

 ――最初に丘の上に来たときはこんな光景が訪れるなど思いも寄らなかった。

 ――それでも、こうして四人横並びで上空に視線を向けている。

 右から、要さん、土岐、俺、星海という順番だ。

 何がどうなってこのような並びになったのかは、神のみぞ知るというところだろう。

 どんな並びだとしても、流れ星はやってくる。

 俺の過去が、活躍してくれる。

「あ――」

 一文字だけ呟いたのには理由がある。

 予知通り、流れ星が一筋、流れてくれた。

 それだけで終わりで良かったのは、土岐に出会って天文部に入る前の段階でしかない。

 俺と星海と要さんが、じっと発言を待つ。

 流れ星でもどうにもならないことはこの世の中に大量に蔓延っている。

 そんな中で何かをしようと思っているならば、全力で助けになりたいと思う。

 助けになりたい人物は、彼女しかいない。

 過去に色々なことがあった女性。

 過去と今と未来が等価値であるなら、今も未来も辛くなってしまう。

 だからこそ俺は彼女に無念を晴らしてもらって、流れ星を見て欲しかった。

 流れ星が始まって終わってからも、彼女は呆然としている。

 その真意は、今の俺にはわからない。

 この先どうなるかもわからない。

 けれども、この事実だけは消え去らない。

 彼女は満面の笑みを向けてこう言ってくれた。

 その一言以外に、何も要らなかった――


「綺麗だね、流れ星っ」

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流れ星が必ず願いを叶えてくれる世界で、願えない俺から、願い続ける君へ 常世田健人 @urikado

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