最終章 ウテナ ①

 要さんに首根っこを掴まれ、土岐と星海が仲裁に入ってくれた同日夜――

 天文部の四人は、丘の上に立っていた。

 星海は望遠鏡を、要さんはパソコンを持ち込んでいるのは変わらない。

 ただ、流石の二人も、土岐と俺が横並びになっている様子を気にしてくれている。

 この数分後、流れ星が頭上に発生する。

 『星星星』で予知が出ていたため、土岐は絶対に逃さんと必死に両目を瞑っている。

 ただ、そのあとは――十分以上発生しない。

 だからこそ、今は土岐の隣で、流れ星を待つしかない。

 その後、夜空を見てもらえる。

 ――思えば数奇な運命だったなと思う。

 利用価値が無いと思っていた『星星星』がこんなに役立つとは思ってもみなかった。

 俺は流れ星に何を願っても、絶対に叶わない。

 でも、既に『願い事』を叶えていたんだな。

 それだけわかればもう十分だ。

「絶対に叶わないとしても――」

 ――ちょっと待て。

 このフレーズ、何か覚えがあるぞ。

 絶対に、叶わない。

 これは俺のことだけじゃない。

 土岐の『願い事』も、そうだった。

 土岐ほどの人間なら流れ星に『願い事』を叶えてもらわなくても自力で叶えられるというのが大前提だ。

 そんな土岐でも、流れ星に縋らないといけない。

すがったところ――十年かかっても――絶対に叶わない。

流れ星に『願い事』を叶えてもらえないのは、二パターンしかない。

「要さん!」

「い、いきなり何よ」

「驚かせてしまってごめん、一個だけ質問して良いか」

「いやいや、何言っているの。貴方は凛花の隣に居て『星星星』をしっかり活用しなさいよ。それがゆくゆくは『星熟』に繋がるかもしれないんだから」

「繋げなくても良いかもしれないんだ」

「はぁ? 貴方、何を言っているの?」

「いいから! 質問させてくれ!」

 いきなり要さんの近くに行き、意味不明な発言をしてしまって戸惑われてしまうのは仕方がないだろう。

 ひとしきり困惑した表情を見せた後、「ハァ」と大きなため息をつき、真っ直ぐこちらをみてくる。

「もう慣れたわよ。星が流れる前に、さっさと聞きなさい」

「ありがとう!」

 頭に浮かんだ内容をしっかりまとめて、言葉を紡ぐ。

「流れ星に『願い事』を叶えてもらえないケースって、この二点で合っているよな。一点目が既に一つ『願い事』を叶えているケース。もう一つが、他の人が既に叶えてしまっている『願い事』を叶えたいケース」

「やるじゃない」

要さんが微笑みを向けてきた。

毒舌嘲笑満漢全席しか浴びせられていなかった俺は、流石に狼狽えてしまった。

その様子を見て「うふふ」と更に微笑んだ後、言葉を紡ぐ。

「そうね。あとは流れ星発生期間に対する文字数が多いケースもあるけれど――貴方が今考えているであろう事柄には全く関係しないから省いて良いわ」

「本当、要さんはとんでもないな」

「私も今聞かれてわかったから。自力でたどり着いた貴方の方がとんでもないわ」

「そんなことないが、とにかくありがとう!」

「……こちらこそ、ありがとう」

 何に対しての感謝なのかは問いかけなかった。

「波風! 何か僕に手伝えることはあるかい!」

 星海が望遠鏡から目を離して声をかけてくれる。

 この優しさにどれだけ救われたことか。

 星海が最初から気にかけてくれていなかった、今、この場に立てていない。

「もし良ければ、見守っていてくれ」

「わかった!」

 言わずもがな、要さんもパソコンから目を離してくれている。

 二人の期待を背負って、土岐の横に改めて立つ。

 見上げると、流れ星が一筋、見えた。

 この流れ星が誰かの『願い事』を叶えているのかもしれない。

 だが、俺の想像が正しければ――土岐の『願い事』は絶対に叶わない。

けれども、そんなことはどうでも良かった。

改めて見た流れ星は、とにかく綺麗だった。

 夜空を見せるだけじゃ駄目だ。

 この流れ星も、土岐に見てもらいたい。

「土岐」

 声をかける。

 彼女は必死に瞑っていた両まなこを開けて、俺を見る。

「エヘヘ。やっぱり叶わないや。次もお願――」

「叶えなくて良い」

「へ?」

 ぽかんとしている。それはそうだろう。先程まで『三十年隣に居て、『願い事』を叶えるのを手伝ってやるよ』的な発言をしていた男からいきなり真逆のことを言われたんだ。誰だってこうなる。俺だってぽかんとなる気しか無い。何を言ってるんだこのやべえ奴はと思うことしか出来ないだろう。

 にべもなく、唐突に行くしか無いんだ。

 何故ならば――「土岐の『願い事』が、わかったから」

「な、何で、そんな」

「もしよかったら答えてくれるか。イエスかノーかだけで良い!」

「ちょ、ちょっと」

「違ったら考え直す。何回でもだ。でも正直これしかないと、俺は思う!」

「ちょっと待って!」

 土岐は大声を出して制してきた。ゼェハァという息遣いが聞こえてくる。土岐が落ち着くのを待つ。落ち着いたから、土岐は、話を続けた。

「最後にわがまま言わせて。結論から聞かせて。説明は聞きたくないし、どうせするなら私がしたい」

「ああ、お安い御用だ」

「じゃあ、聞かせて。私の『願い事』」

 答えは最初から用意されていた。

 ここまで待たせてしまったことが申し訳ない。

 俺だけでは絶対に辿り着けなかった。

 星海と要さん――そして土岐としっかりぶつかれたからこそ――わかった答えだ。

もうこの際だ。

有無を言わさず、はっきり言おう。

 土岐を真正面に見据えながら――こう言った。


「『金金金』。これが、土岐が叶えたい『願い事』だ」


 土岐は唇を噛み締めた。

 星海の「嘘でしょ」という声と、要さんの「よくやったわ」という声も聞こえる。

 ひとしきり待って、土岐は説明をし始めなかった。

 それゆえ、少しだけ続きを話そうと思う。

「詳細に言うと、土岐自身がお金を欲しがっているという話ではない。加えて、家族の誰かがお金を欲しがっているわけではない。大豪邸に既に住んでいる訳だからな」

「全部お見通しなんだね」

 それ以上言葉を紡がなかった。

 もう少し言って欲しいと思ってくれているのだろう。

 だったら、その期待に答えないといけない。

「叶えたのは土岐の両親のどちらかだ。そして土岐は――『金金金』を両親が叶えたという事実を、自分が肩代わりしたいと思っている」

「大正解っ! すごーい」

 土岐は、乾いた笑みを貼り付けながら、ペチペチと無機質な拍手をする。

 十年の積み重ねが生んだ徒労が、ようやく土岐から目に見える形で出てきているのだろう。

 だからこそ、土岐は話そうとするものの、言葉がうまく出せない。

 徒労の方が先に出てきてしまっているから。

 土岐を待ちながら――天文部で最初に丘の上に来た時に聞いた要さんの言葉を思い出す。

――「『金金金』が世界で初めて叶った『願い事』っていうのは周知の事実でしょう? しかもわざわざ世間に報告してしまったから、世界中のバッシングも受けて今では何をしているかもわからない」

このバッシングを受けた人物が、土岐の家族なんだ。

だからこそ要さんは、土岐の家族を『知る知る知る』で見るという行動のみで、土岐の『願い事』を推察するに至ってしまった。この流れと、絶対に叶わない『願い事』というフレーズが繋がらなかったら、俺が辿り着くことはなかったと思う。

けれどもここで、いくつかの疑問が生じる。

――何故豪邸に住んでいるにも関わらずこの事実を天文部含む学校の生徒全員が知らないのか。

――ご両親は、今もバッシングを受けているのか。

この疑問を解決することによって、もしかしたら土岐の『願い事』を叶えられるかもしれなくなる――

「お父さんがね、色んな人から、色んなことを言われたの」

 落ち着きを取り戻した土岐が、ぽつりぽつりと呟き始める。

「引っ越しをしなきゃいけなくなったり、苗字をお母さんの方にしなきゃいけなくなったり、本当に大変だったの。大変だったけど、お父さんは頑張り続けたの。『金金金』の『願い事』で得たお金ってね、五千円だったんだよ。私がおもちゃをねだって、商品名を願うと文字数が多いから、その金額分だけイメージしながら流れ星に願ってくれたの。そしたら世界で初めて『願い事』を叶えた人物になってしまって、その『願い事』が『金金金』っていうこともバレて、色々言われたの」

 土岐は涙を流し始めている。

 ハンカチは、ファミレスで渡している。

 そのハンカチを両目に当てて、必死の形相で述べる。

「何でこんなに言われなきゃいけないのかわからなかった。私は泣き続けるしかなかった。でもお父さんとお母さんは逆に奮起して、会社を立ち上げて、その会社を大きくして、本当の大金持ちになることが出来たの。十年経ったから誰もお父さんのことを覚えてないし、何か言われることも無い。……でも! お父さんは、今も、テレビとインターネットを観れないの! 観たら全部、思い出しちゃうから!」

 土岐はとうとう泣き崩れそうになってしまう。

 膝が地面につく前に両肩を支える。

 地べたにつかなくてよかったと思うと同時に、より一層土岐は泣き叫び始める。

「何でお父さんがそんな目に遭わなきゃいけないの! お父さんは私の『願い事』を叶えようとしてくれただけなのに! 何も悪いことをしていないのに、全力で頑張って見返したのに、お父さんはずっと、『願い事』に囚われている! だから私が肩代わりするの。私自身の『願い事』なんてないもの。私はお父さんにテレビもインターネットも見てもらいたい! 何も悪いことをしていないって、思って欲しい!」

 どこまでも父親のためだった。

 絶対に叶わないとわかりながらも、土岐は願い続けるしかなかった。

 父親の無念を晴らすためならば何でもしようと思っていたのだろう。

 凄まじく健気で、応援したい。

 でも、だからといって――「土岐が犠牲を払う必要はないだろうが」

 先程要さんに確認した事柄を思い返して、土岐の『願い事』は正真正銘絶対叶わない『願い事』でしかないことがわかる。

 お父さんのために何かししなければならない気持ちもわかる。

 俺は土岐のお父さんを知らない。当時のバッシングの嵐も、どれだけ努力を積み重ねてあの大豪邸に住むことになったのかも知らない。

 一方で、土岐を知っている。

 夜空が大好きな土岐が、その楽しみを捨ててお父さんのために願い続けている姿を知っている。

 そんな不条理、存在して良いはずがない。

「仕方ないじゃん、これしか出来ないんだから」

「そんなことはない」

「嘘だよっ!」

「確かに、土岐のお父さんが叶えた『願い事』をなくすことは出来ないし、同様に土岐が『願い事』を肩代わりすることも出来ない」

「今更言われなくても――!」

「だが、土岐のお父さんの無念を晴らしたいという『願い事』なら、叶えることができる」

「……嘘だよ」

「本当だ」

「どうやって!」

「土岐だけなら無理だ。でも、天文部の四人が揃えば、何とかなる」

 ――そうだろ?

 無言で振り向き、星海と要さんを見た。

 俺がここまで言ったことにより、要さんは既にあたりがついているのだろう。ものすごい勢いでタイピングしている。星海はおそらく内容を理解していないだろうが、ガッツポーズを俺にしてくれていた。それだけでもう十分だ。

 要さんの準備が終わるまで、もう少しかかるだろう。

 だったら全部、言ってしまっても良い筈だ。

「作戦はこうだ――」

 この一言から、全てが始まり――

 全てが、終わった。

 本来なら事細かに語るべきなのかもしれないが、土岐の『願い事』が判明した段階で今日のピークは終わっていると俺は思う。

 それ故に、何があったかは、翌日に回すとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る