第四章 第六感 ③
「…………」
「…………」
コンビニ近くのファミレスにて、無言の状態が続く。
ドリンクバーとポテトを頼んで、ドリンクもポテトもテーブルの上にある。
先程土岐を見つけた旨とファミレスの位置情報を星海と要さんメッセージグループに投稿した。読んだらすぐに飛んでくるとは思うが、位置的にかなり離れているところだからあと二十分ほどは到着しないだろう。
だから、まだまだ二人で話すことができる。
話すべきことは山ほどある。
話したいことも山ほどある。
それでも言葉がうまく出てこないのは、喧嘩別れしてしまっていることが尾を引いているのだろう。
それでも何かを話さないといけない。
無い頭をひねって、言葉を紡ぐ。
「げ、元気だったか」
酷いセリフだなと自分でも思った。
同じように思ったのだろう――土岐は一気に頬を緩めた。
「改めて聞かれると、そうだねー、元気とは言えないねー」
「俺達が土岐の家に立ち寄ってしまったこと、申し訳なかった」
「うーん、驚いたけど、まあそうなるよねー。何も考えずに休んだ私が馬鹿だっただけで波風君のせいじゃ無いから気にしないでよ」
「でも、そのせいで、要さんは土岐の『願い事』を知ってしまった」
「……そうだねー」
「俺がこれまで何もしてこなかったことが、仇となった」
「…………何が言いたいの?」
土岐が真顔で視線を向けてくる。
その圧を直接受けて、一気に背筋が凍る。
十年間、俺が何もしてこなかった間、土岐はひたすら願い続けていた。
その重圧が計り知れない。
逃げ出してしまいたい気持ちを押さえつけ、発言する。
「土岐って、凄いやつだと思うんだ」
「いきなり何」
「良いから聞いてくれ」
不信感を露わにした表情を目の前にする中でも、臆することなく続ける。
「俺が何もしてこなかった期間、土岐は『願い事』を叶えようと必死になっていた。土岐のことだ、『願い事』は流れ星にしか叶えられないようなものなんだろう。しかも、恐らく、自分のためではなく、家族のために」
「もしかして私、鎌をかけられているー?」
「そうかもしれないな」
家族のための『願い事』という確証はまるで無い。
しかし、俺はずっと引っかかっていたんだ。
才色兼備で何だってできる土岐が、自分のための『願い事』を流れ星に託すだろうか。
自分で叶えられる自分のための『願い事』なら、土岐は自分で何とかする。
だからこその発言だったのだが、ニンマリ微笑む土岐を見ると、どうやら当たりの様だった。
「家族のために『願い事』を叶えたいのであれば、もう一つ、不思議な点が浮上するんだ」
「どんな点?」
「大豪邸に住んでいる点」
間違いなく、裕福なんだ。
お金に困っているという感じではない。
要さんの『知る知る知る』によって、家族が一人いることも確定している。
「『土岐 社長』みたいな検索ワードで調べてみたりもしたが、残念ながら何か情報が出てくることはなかった」
あと確定出来ていない要素でいうと――
「例えば、父親か母親のどちらかが不在だったり――土岐が実の娘ではなくて血の繋がった子どもが居ない事情があったり――」
「デリカシー無いね、波風君」
ポテトを齧りながら、土岐は呟く。
「本当にそういう事情だったらどうするのさ」
「俺に出来ることは一つしかないだろう」
「何?」
「土岐の隣で、一緒に願うよ」
一気に目を見開いた。
ポテトを齧っていた動きが止まる。
土岐の意表を突けたようで何よりだ。
「馬鹿じゃないの。『願い事』叶えちゃっている波風君が願ったところで意味ないじゃん」
「ああ、そうだな」
「しかも私の隣って、何か下心を感じる」
「そこは別に良いだろ」
「意味無いことを何でやろうと思うのさ。波風君は要ちゃんと同じでそういうの嫌いそうじゃんかー」
「意味が全くなかったらやりたくは無い」
「じゃあ何で」
「土岐が願い続けている間、流れ星が出ていない期間を少しでも伝えられて――少しでも夜空を見上げる時間を作り出せるなら、それで良いと思うんだ」
「……私のためってこと?」
今更何を言っているんだ。
それ以外に何があるというんだ。
――要さんは、過去も今も未来も等価値だと言っていた。
言われてみれば、確かにそうだ。
『星星星』の『願い事』を叶えたからこそ――流れ星の発生タイミングを予知できるからこそ――この発言に説得力を持たせることができるんだ。
土岐のために、『願い事』を叶えたのかも知れない。
言葉にしたら陳腐さしか出せないため何も言えずにいると、先程の問いかけに対しての了承と受け取ってくれたのだろう――土岐は頬を若干朱らめ始めた。
「それこそ時間の無駄だよ。これまで何もしてこなかったから、これからが大事なんでしょう? 波風君は波風君のために時間を使ってよ。……叶うはずのない『願い事』のために、時間を無駄にしてほしくない」
「別のことをしていてもそうじゃなくても、土岐は願い続けるんだろう。だったら、土岐の隣にいることを選ぶ」
「だから何で!」
「何もしてこなかった俺が、初めてやりたいと思ったことなんだ」
「何それ、答えになってないよ……」
――元々この行動の根底にあったのは、両親が泣き叫ぶ、幼少期のトラウマだった。
土岐とプラネタリウムを見ながら、その記憶を思い返しながら、助けたいと思った。
今はどうだろうか。
――うん、そうだな。
――あの時ほど、両親が泣き叫ぶ姿は思い浮かばない。
その代わりに、土岐を真っ直ぐ見ることができる。
土岐は、涙目になっている。
一人で抱えて一人で解決しようにも限界はある。
何人集まっても叶えられない『願い事』なのかも知れない。
それでも、誰かが土岐の傍に居れば、夜空を眺める瞬間を作り出せるかもしれない。
「土岐は十年間、夜空を眺めることなく願い続けていたんだ。少しくらい星を見れるようにできるなら、何だってやりたいって思うのが人間の性だろう」
「人間っていうか、波風君単体でしょうー」
「要さんだって星海だって同じ気持ちだと思うけどな」
「……そうなのかな」
「そうだよ。皆、土岐のことが好きなんだ」
何でもできるやつが、自分のやりたいことをかなぐり捨てている。
しかもそれは、家族のため。
この状況下で手を差し伸べたくないなんてこと、ある筈が無い。
「どうせ今日も夜空を眺めるんだろ?」
「うん」
「また四人で、丘の上に行こう」
「うん、うん」
「それで、流れ星が出現しない時に、夜空を眺めてくれ」
「……いいのかな、そんなことをお願いしても」
「それが、俺の、今の『願い事』だ」
土岐は俯いている。
どういう表情をしているかわからないが、ポケットからハンカチを取り出して渡してみた。
土岐は受け取り、顔に押し当てている。
十年間という過去。
その間ずっと苦しかったのならば、少しでも取り除きたい。
単純に十年間一緒にいれば良いということでもないだろう。
土岐が許す限りなら、いくらでも傍に立ち続けられそうだ。
「三十年くらい一緒にいようぜ」
「その誘い方、大分気持ち悪いね」
「気持ち悪いってことはないだろう!」
「下心しか感じない」
「純粋な気持ちしか無いんだが!」
「純粋な下心しか持ち合わせていないんだね」
「捉え方がそっち方面にしかいかない!」
「アハハッ」
ようやく笑ってくれた。
土岐の笑顔を見るのはいつぶりだろうと回想する時間すらもったいない。
涙の跡で両目を赤く染めつつも、その笑顔はずっと守りたいものでしかなかった。
ちなみに後で合流した要さんが土岐の涙の跡を見て、俺の首根っこを秒で掴んできたのが最後のハイライトだ。
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