第一章 極彩色 ③
こじんまりとした多目的教室には既に先客が居た。
「おお! もしかして新入部員? やった、よろしく!」
一人は、土岐と俺が教室に入った瞬間に明るい笑顔を向けてくれた男子だった。多目的教室の入って左手にその男子は居る。高校生男子の平均身長くらいで、柔らかく屈託のない笑顔と、頭に巻いた星空を模した模様のバンダナが印象的だった。彼の右横――教室の中央にはそれなりに値段が張りそうな望遠鏡があり、右手に布があるところから望遠鏡を磨いているところだったことが見受けられる。
「…………」
もう一人は、来客に対して何の反応も示さない女子だった。教室に入って右手にいる女子は、ノートパソコンに黙々と向き合っているため横顔しか見えない。黒く艶やかな長髪と、黒縁メガネ――そして口元に見えるホクロが印象的だった。メガネの奥に見える無表情さは触れるもの全てを拒絶しそうなレベルで冷ややかだ。そんな彼女は食い入るようにノートパソコンの画面をみて、時折激しくキーボードを叩く。土岐と俺の存在など全く気づいていない様だった。
「紹介するね。こちら、後光波風(ごこうなみかぜ)君。私たちと同じ一年生で、新入部員だよっ!」
「待て待て待て待て、まだ入るなんて言ってないだろうが」
「秘密、公言しちゃって良いの?」
「一つの弱みでどれだけゆする気なんだお前は」
「ゆすれるだけゆするね。波風君の初恋の相手は?」
「誰が言うか!」
「秘密、公言」
「……保育園の先生」
「うっっわ。ありきたりすぎて引く」
「冷静になるな!」
「土岐さん、ありがとう。面白い人材だね」
どうでも良いやりとりを見て高らかに笑ったのは、星空のバンダナを巻いた男子だった。
尚も「アッハッハ」と笑いながらゆっくり近づいてきて、握手を求めてくる。
「僕の名前は多磨国星海(たまくにほしうみ)。趣味は天体観測、好きなものはラーメン。気楽に星海って呼んで欲しいな」
屈託のない笑顔が真正面から向けられる。警戒心が全く要らないと即座に思える相手は生まれてこの方初めてかもしれない。第一印象からして好感度が半端じゃなく高くなるのは彼――星海の魅力といえよう。
「誰かさんとは天と地ほどの差があるな」
「あれー御託が聞こえるー」
「相変わらず言葉が強いなおい」
不平不満を口にする誰かさんはさて置いて――
俺は、自分でも驚くほど躊躇なく星海の右手を握っていた。
「後光波風だ。よろしく頼む」
「あれ、結局新入部員ってことで良いの? 僕的には嬉しいけど、波風が無理しているなら一度立ち止まって考えた方が良いよ」
握手をしながら純粋に心配してくれる様子が心に沁みる。
星海の隣で「何でそんな嬉しそうなのさ、何なのさっ」と煽ってくる誰かさんとの応対に辟易していた俺としては、オアシス的な存在になっていた。初対面から数分程度しか経っていないのにこの安心感は本当に凄いなと感心する。
「星海は、あれか、星が好きなのか」
「そりゃそうさ。天文部に在籍する理由ランキング世界第一位だよ」
「――それは違うわ」
いきなり冷たい声が鳴り響いたと思って右手を向くと、メガネをかけている女子が体を捻りこちらをじっと睨んでいる。
「陽気な考えね。十年前ならわかるけど、今はそんなこと言っている場合じゃないでしょう」
「いやー、土岐さんみたく『願い事』を叶えるためだったり――要(かなめ)さんみたくデータベースを運用して収入得たり――そんなのもありっちゃありだと思うけど、やっぱり天文部たるもの星眺めてなんぼだと思うよ」
「うふふ。星を眺める? 時間の無駄よ、パソコンの画面眺めていた方が余程有意義だわ」
「んー、ちょっとちょっと要ちゃんー、それは聞き捨てならないなー」
二人の間に無理矢理入り、腕を組みながら、土岐が語気を若干荒げる。
「星の下で願う以上に大事な時間はないでしょうに。『願い事』、実際に叶うんだよ? これ以上ないくらいに有意義な時間だよ」
「あのねえ凛花。『願い事』を叶えるために時間を無下にするくらいなら、情報収集して利益をあげたほうが、『願い事』は叶うわよ」
「お金を使って叶う『願い事』ならの話でしょ? 私、そんな低俗な『願い事』、叶えたいわけじゃないから」
「だったらとっととあんたの『願い事』を教えなさいって言っているでしょうが。そしたら私もすぐに協力できるのに」
「やだ。要ちゃんに迷惑かけたくない」
「へぇ。貴女はいつもそうね。私は凛花のためなら時間を惜しまないのに」
「そういうところが嬉しいんだけど申し訳なくなるの!」
女子二人は険悪なムードを醸しつつ、やり取りを続けている。
ただ、なんだろう。
会話の内容自体は冷静に聞いていると微笑ましいものではないだろうか。
「なあ星海、この二人、もしかして仲良いのか」
「僕が介入する間が無いくらい仲良いね」
「「そんな訳あるか!」」
ハモるくらい仲が良かった。
ただ、まあ、表面的にはいがみあっているような感じなのだろう。
「……ちなみに、他の部員は?」
「いないよっ」「いないねえ」「いないわ」
三人ほぼ同時に返事をしてくれる。
この様子を見る限り仲良さげではあるものの――三人が三人とも、天文部に在籍する理由が違うように見えた。
なんてこった。
こんなバラバラな部活に、今から俺は入部しなければならないのか。
「今からでも断りたい……」
「秘密、公言」
「あー、もう、わかったよ! 入れば良いんだろう、入れば!」
三人に向き合いながら、半ばやけになって叫んだ。
その反応を見て――
一人はメガネを人差し指で整えて――
一人は柔らかい笑顔を向けて――
一人は、嬉しそうにこう言った。
「新生天文部、早速活動しようっ!」
*
天文部の活動と言われた時に思いつくものは一つしかなく、土岐が求めている内容もその内容に合致した。
――天体観測。
土岐が発言した当日の夜は流石に全員都合が合わなかったため、四人全員の都合が合う日を探った結果――同じ週の金曜日の夜がベストという結論に至った。
こうして、今、俺を含めた四名は近所の丘の頂上に居る。
「おーすごいね! 今日は一段と綺麗に星が見える!」
星海が望遠鏡を設置しながら楽しそうに叫ぶ。
「データからの予測だともう少ししたら流れ星が見えるそうよ」
要さんは折り畳み式の椅子に座りながら、折り畳み式の机にパソコンを置いて画面を眺めている。
「もう少しってどれくらいー?」
そして土岐は、じっと、空を眺めている。
一心不乱という表現が最も適しているだろう。
星海のような楽しさはなく、要さんのような打算的な感情もなく――夜空の星々がいつ動くかにしか興味が無い様だった。
「なあ」
この中で一番話しかけやすい星海に近づく。
「土岐はどんな願いを叶えたいんだ」
「それが、僕にも教えてくれないんだよねえ」
「要さんには教えているのか」
「あの口ぶりからして、要さんにも教えていないと思う。要さんがもし知っていたら、何もかもかなぐり捨てて土岐さんの『願い事』を叶えようとするはずだし」
「なるほど……。ちなみに想像で良いんだが、土岐の『願い事』、何だと思う」
「うーん……甘いものを食べることが好きみたいだから、『食食食』とか?」
「…………ありがとう」
「どういたしまして」
土岐が甘いものを好きという情報を得られたのは良かったが、『願い事』に関しては恐らく当たっていないだろう。そもそも『食食食』は既に叶えられている『願い事』の筈だ。十年前に後発で叶えられた『願い事』の中の一つだった。そんなものを願ったところで意味が無い。
――そういえば――これまで叶えたことが無い『願い事』って何なんだろうか。
考えたことすら無かった。
そんなものを調べる方法がそもそもあるのかすわからない。『願い事』の実態調査を国が行なっている話は有名ではあるが、あれも開示された情報しか回収できない時点で整合性は薄い。
でも、もしかしたらこの辺に糸口があるのかもしれない。
ただ、今すぐにはその行動に移せない。
やはりここは、仲がより良いらしい要さんに話を聞きに行くとしよう。
そう思い要さんを見ると、パソコンの画面を見つつ時折土岐の方を見ている様子が見受けられる。あれは土岐の願いを知っているが故の行動なのかそうで無いのかが判別つかない。
その判別をつけるには、まだあまりにも交流をとっていなさすぎる。
同級生の女子に積極的に交流をしていくなどこれまでの人生になかった展開でどうして良いものか全くわからない。
けれども、土岐に直接聞いてもはぐらかされる。
それならば今は、無理をしてでも搦手を選ぶしかない。
「……星海。要さんが興味持ちそうな話題って何だ」
「え、は、何! 一目惚れでもしたの!」
「狼狽えすぎだろうが! そういうんじゃなく、ただ土岐の『願い事』を知りたいだけだ」
「土岐さんに一目惚れでもしたの!」
「はぁ! そういうんじゃない、断じてない!」
「え、反応が違うんだけど」
「断じて無い! 好意だの何だの、そんなの判別できるほど絡んでいない」
「いやー、誰かを好きになるのに絡みなんて要らないんじゃ無いかな。一目惚れっていう表現が残念ながらこの世にある訳だし」
「そんなこと……」
どうだって良かった。
俺は、とにかく、自分の保身のために土岐の『願い事』を知りたいんだ。
――ふと思い浮かんでしまったのは、十年前。
――必死の形相で俺に叫ぶ両親の姿。
「とにかく、教えて欲しい。頼む」
二度と見たくない過去を、必死に抑え込む。
なりふり構わってなどいられない。
そんな様子を見て、星海は真剣な眼差しを向けてくれる。
「何があったか知らないけどさ、本当に知らないんだ。力になれなくてごめんね」
「……そうか」
知らないならば仕方がない。
やはり直接本人から聞き出すしか術はないのだろうかと思っていた矢先、星海が「ただし」と口を開いた。
「土岐さんと仲が良いのは僕よりも要さんだ。彼女に聞いた方が話は早いかもしれないよ」
「それは、難しくないか」
件の女子は夜空を見向きもせずにPC画面と睨めっこをしている。先程までは土岐の顔も見ていたが、PC画面に何か動きがあったのか何なのか――じっと眺めてはタイピングをし、その後また画面を眺めてという行為を繰り返している。
「試しに話しかけてみなよ。案外気さくだよ」
「そうは見えないが」
「良いから良いから」
星海が屈託の無い笑顔を浮かべながら両手で土岐に誘導してくる。
チラリと目を向けると、星空に視線をほぼ向ける事なく一心不乱に液晶画面を見ている土岐の姿があった。この場であまりにも異質すぎる姿に若干引いてしまうものの、星海がそういうならば仕方が無い――恐る恐る要さんに近づいてみた。
「……少し良いか」
――と、声をかけただけで精一杯だった。
要さんは、俺の問いかけなど意に介さず――小声でこんなことを呟いていた。
「うふふふふふふふふ、来たわね、今日の流れ星の量で行けばかなりの『願い事』が募るはずだわ、その情報が、来る、来る、来るのよ、そうしたらどんどん稼げるわ、うふふふふ、あら、笑いが止められないの、止まらないの、うふふふふふふふふふ」
想像していた方向性の斜め上かつ数十倍でヤバいやつだった。
内容を聞く限り、金に執着しているように思える。
流れ星を――「金儲けに使っている――?」
「今何か言った?」
件の彼女――要さんは、あからさまな苛立ちを俺に向けてきた。
この時点で図星ということがわかる。
「今何しているんだよ」
「貴方に説明する義理は微塵も無いわよね」
信じられないくらいの冷たい反応だった。まあでも確かに、金儲け目的と断じた上で発言をしてしまった手前どうしようも無いのだろう。元来の性質からすればここで潔く立ち去るところだが、土岐の『願い事』を知りたいという好奇心からすると立ち退くわけにはいかない。意を決し、あえて要さんの左隣に座った。
「パーソナルスペースって知っている? 全身全霊で気色悪いから離れて欲しいわ」
「言葉の鋭さが尋常じゃないな。だが、このまま引き下がるわけにはいかない」
「何がしたいのよ」
「要さんが取り扱っている情報とは何なのかが知りたい。そしてあわよくば、土岐の『願い事』の詳細が知りたい」
「会話が下手くそすぎるでしょう。一つ目と二つ目の関係性がまるで無いじゃないの」
ため息をつきつつタイピングを続ける要さんは、俺に対してではなくPCの液晶画面を見据えていた。こちらからの問いかけなど意に介していない様子をこれでもかと言わんばかりに見せつけてくる。そもそもこれが初めての会話ということもあり、二の句が尋常じゃないほどに継ぐことが難しい。
チラリと視線を動かすと――目を閉じて両手を握ったまま胸のあたりに掲げる――土岐の姿がそこにはあった。
微動だにせず、顔を夜空に向けている。
星など一切見ず、一心不乱に何かを願い続けている。
流れ星に『願い事』を叶えてもらうときに、直接見ている必要はない。
ただ、流れ星が出現している間に『願い事』を三度頭の中で唱えていれば、『願い事』は叶うのが世の中の摂理――
でもそれは昔の話だ。
今はもう、ほとんどの『願い事』が叶えられてしまっている。
藁をもすがる思いだとしても、願い続けるのは愚行の極みと言って良い。
そして、何よりも――痛々しかった。
彼女は毎夜、同じ行動を繰り返しているのだろう。
そんな姿を想像するだけで――何かができるかもしれない俺にとっては、何とかしてやりたいと思わざるを得なかった。
「要さんは土岐と仲が良いんだろう? 仲が良い土岐が、ずっと何かに囚われているのは嫌だろう」
「貴方に何がわかるの」
「まだ、わからない。天文部の三人と関係性が浅くて、土岐に何もしてやれないからだ」
「特に凛花に近づきたいってこと? だったらやめときなさいな。そんな生半可な気持ちで土岐に近づいてほしくなんか無いから――」
「――叶えてやりたいんだよ。俺ならそれが、できるかもしれないから」
「…………へぇ。貴方程度がねぇ」
ここまで来て、ようやく、要さんは俺の方をむいてくれた。
タイピングも止めて、言葉を紡いでくれる。
「私はね、パソコンとネットを使って、『願い事』の情報を管理しているの」
「いきなり何の話だ」
「いいから黙って聞きなさい」
液晶画面を見せてくる。
そこには――
「『願い事』の一覧と、願った回数のカウントがこのページにはまとめられているわ」
要さんがゆっくりとスクロールしてくれる中には、世界で初めて叶えられたとされる『金金金』以外にも様々な『願い事』が記されている。
『知る知る知る』一億五千三百二十三万五十八回――
『大金大金大金』二億一万五千八十九回――
『健康健康健康』二億三千七万百八十一回――
『星星星』三億百七十二万九千三百五十二回――
それ以外にも大量の『願い事』と願った回数が記されている。
気になる項目がある中で眺めていたところ、要さんが話し始めた
「私にとって『願い事』は『お金儲けの手段』に過ぎないの。このページを運用して、『願い事』をした人たちがカウントを踏んでいって、広告収入を得る」
「『願い事』の実情調査は国が行っているはずだろう」
「民間が調査するデータを重宝する人たちも居るのよ。だから、ビジネスになり得るの」
「そこまでビジネスに繋げるならば、情報の隙間を縫って『願い事』を叶えれば良いだろう。そうだ、この情報網があれば、これまで叶えられていない『願い事』が割り出せるんじゃ――」
「私も最初はそう思っていただけどね。残念ながら人間は、本当に叶えられていない『願い事』にはあまり手を出そうとしないものよ」
「……何だそれ」
「例えば、『金金金』が世界で初めて叶った『願い事』というのは周知の事実でしょう? しかもわざわざ世間に報告してしまったから、世界中のバッシングも受けて今では何をしているかもわからない。そんな風になるくらいなら、既に叶えられている『願い事』に手を伸ばしてみる方が気持ちが楽なのよ。絶対に叶えられないなんてわかっているのにね」
「じゃあ何故、要さんはこんなことを始めようと思ったんだ」
「ビジネスに繋げるためよ」
「要さんなら、もっと効率の良い稼ぎ方を思いつけるんじゃ無いのか? こんな、藁をも縋るような人たちに対してじゃなく――」
先ほどまで饒舌だった要さんの発言がぴたりと止まった。
瞬間――土岐を、一瞬だけ見た。
動揺が隠しきれなかったのだろう。
これ以上何も聞かなくても、実情はわかった。
「要さんも、土岐の『願い事』を知らないんだな。それでも何かしなければと思った結果が、この事業だったと言うわけか」
「……うふふ。皮肉よね。藁をも縋りたいのは、誰よりも私なのかもしれない」
要さんは何も言わずに再び液晶画面に視線を移し、タイピングを始めた。
これ以上要さんに何かを言う資格は――俺には無いだろう。
もうこれで、土岐から聞き出すしか方法は無くなった。
けれども、土岐には一度断られている。
何度も聞いたら答えてくれる――と言うような、単純な話ではなさそうだ。
「なあ、土岐」
彼女の右横に立ち、声をかけてみる。
土岐は依然として夜空に願い続けている。
「…………」
一切合切、反応を示さない。
俺なんかの存在など、まるで意に介していないようだった。
「おいおいおいおい。そんなに無反応決め込まれると流石に悲しいぞ」
「…………」
「何をそんなに願うことがあるんだよ」
「…………」
「才色兼備の土岐なら、流れ星に願いを叶えてもらわなくても自力で何とかなるんじゃ無いのか」
ここまで言ったところで――彼女は勢いよくこちらを向いた。その目はあり得ないほど見開いている。それにも関わらず、口だけ笑っている。思わずギョッとしてしまうような表情が眼前に飛び込んでくる。ゴクリと息を呑んだ後、土岐から「そんなことないよ」という一言が聞こえた。
「いくら頑張っても叶わない『願い事』って、あるんだよ。だから私は、藁にもすがる思いで流れ星に願いを届けるの」
「叶えてもらったからって、良いことが何も無いかもしれないぞ」
「それは叶えてもらわないとわからないよ」
土岐は見開いた目をゆっくり狭めて、ちゃんとした笑顔を向けてくる。
「それとも何? 波風君は『願い事』を叶えてもらったことがあるの? だからそんなことが言えるの?」
「それは……」
「私の『願い事』を知りたいなら……流れ星のタイミングを予想できたカラクリを教えて欲しいよ……」
何も言えなかった。
何かを言おうとしたけれど、言葉が続かない。
交換条件にしては、リスクがデカすぎる。
そこまでして土岐の『願い事』を知りたいかと聞かれれば、今は答えが出なかった。
ただ、土岐のことはもっと知りたい。
無心に『願い事』を唱え続ける――そんな、俺にはもう興味がなく、それでいて羨ましいその行動を真剣に行う彼女のことが、気になって仕方がなかった。
彼女の『願い事』を知れば――その『願い事』を叶えることができれば――昔から自分の中に蔓延るどうしようもない引っ掛かりが取れるかもしれない。
何かしてやりたい。
そんなことを思った俺は、ふと、こんな発言をしていた。
「明日、暇か? 休日だし、甘いものでも食べに行こう」
後悔後先立たず。
自分でも何故そんな発言をしてしまったのかわからない。
だがしかし、一度発信した言葉はそう易々と取り消すことは叶わない。
今この瞬間も同様で、ばっとこちらを振り向いた土岐は、「暇。行こう」と真顔で呟いた。
後方から、「やるじゃんか」という楽しげな声と、「何様なのかしら?」という怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
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