第7話 「義務投票ゲーム」
メタブームは過ぎ去り二〇三五年、日本の選挙制度はまたまた革命的な転換を迎えていた。若者の投票率は過去最低の8.7%を記録し、政治への無関心は社会問題として深刻化していた。そんな中、総務省が打ち出した起死回生の次の手が「義務投票ゲーム」である。
選挙をスマートフォンアプリ化し、誰もがゲーム感覚で投票できる仕組みだった。投票所に足を運ぶ必要はない。アプリを起動し、3Dアバターを操作して「政治家ガチャ」を回せば投票が完了する。画面には派手なエフェクトが散り、議員候補たちがアニメキャラのように登場し、必殺技を披露する。
「新税カット・スラッシュ!」と叫びながら剣で空を切る候補者。「子育てサポート・フィールド!」と魔法陣を描く女性議員。「老人ホーム・シールド!」でバリアを展開する年配候補。政策説明は30秒以内、残り時間はすべて派手な演出に充てられていた。
当選すると特別ムービーが流れ、投票者にはゲーム内ポイントが付与される。ポイントはコンビニの商品券や人気ゲームの課金アイテムと交換できた。レア度は★1から★5まで設定され、★5の議員に投票して当選すれば大量ポイントがもらえる仕組みだった。
若者たちは熱狂した。SNSは選挙ガチャの結果報告で埋め尽くされ、翌年の投票率は過去最高の97.2%を記録した。政府は「デジタル民主主義の勝利」と誇らしげに発表し、海外メディアも「日本の革新的選挙制度」として注目を集めた。
大学生の隼人も、夢中になった一人だった。政治学専攻でありながら、授業中も友人とアプリの話ばかりしていた。
「昨日の選挙ガチャで★5の美人議員出た!超レア!」
「マジで羨ましい!俺は★3の地味なおっさんしか当たらなかったよ」
「でもそのおっさん、確定演出が面白いよね。『年金改革・メガトンパンチ!』だっけ?」
まるでソシャゲのキャラクターのように議員を語り、政策そのものへの関心は完全に薄れていった。隼人にとって重要なのは、ポイントを貯めてゲーム課金アイテムと交換することだった。政治なんてどうでもよかった。
一方、政治家たちは必死だった。従来の選挙運動は完全に時代遅れとなり、いかに派手で印象的なアニメーション演出を用意できるかが勝敗を分ける時代となった。政策立案よりもキャラクターデザインと必殺技の演出にほとんどの予算と時間が費やされた。
あるベテラン議員、田中康夫は事務所で頭を抱えていた。かつて地域医療の充実に尽力し、多くの住民から支持されていた彼も、今では★2の「地味キャラ」として分類されていた。
「先生、アニメ制作会社から企画書が届いています」秘書が苦々しい顔で報告した。「『田中康夫、覚醒モード』だそうです。医療政策を『ヒーリング・マジック』として表現し、白衣を着て杖を振り回す演出だとか…」
田中は深くため息をついた。「30年間、真面目に政治をやってきたのに、最後は魔法使いか」
だが選挙に勝つためには従うしかなかった。政策よりも演出、内容よりも見た目。新しい民主主義のルールだった。
隼人の父、正雄は県庁で働く公務員だった。政治に詳しく、選挙のたびに政策を詳細に調べて投票する真面目な男だった。ある夜、ニュースを観ながら息子に嘆いた。
「政策はほとんど語られず、演出だけで政治家が決まっている…これが民主主義なのか?国民は政治をゲームだと思っているのか?」
だが隼人は笑って答えた。「いいじゃん、お父さん。みんな楽しんで投票してるんだから。投票率だって史上最高でしょ?これぞ理想の民主主義だよ」
正雄は黙り込んだ。かつて血と汗で勝ち取った選挙権が、ガチャの演出に変わった現実に言葉を失った。民主主義への参加が娯楽になることの恐ろしさを、息子は理解していなかった。
数か月後、新政権が誕生した。★5レアの美女議員が総理大臣に選ばれ、内閣はすべて★4以上の「人気キャラ」で構成された。支持率は過去最高の95%。なぜなら国民全員が「ガチャで選んだ推し」を応援していたからだ。
だが実際の政策運営は惨憺たるものだった。見た目重視で選ばれた議員たちに政治経験はなく、官僚たちは右往左往するばかり。公共事業は「演出効果が高い」という理由だけで決定され、予算は無駄遣いの連続だった。教育改革は「学習ブースト・フィールド!」という派手なキャッチコピーだけで、具体的な中身は存在しなかった。
医療制度は「ヒーリング・システム改革」と銘打たれたが、病院の統廃合計画は混乱し、地方の医療過疎は深刻化した。経済政策も「マネー・サモン・マジック」という意味不明な名称で、実際には何も変わらなかった。
しかし街の人々は満足していた。政策の失敗など気にしていない。
「昨日の総理の必殺技演出、最高だったな!」
「あの光のエフェクト、CGが進歩したよね」
「次の選挋でどんなアニメが見られるか楽しみ!」
政策の中身よりも、演出が話題の中心だった。ニュース番組でさえ、政治家の新しいアニメーション技を紹介するバラエティ番組と化していた。
隼人は次の選挙でもスマホを片手に盛り上がった。友人たちと集まり、リアルタイムでガチャを回す。推し議員が当選すると、画面いっぱいに花火が打ち上がり、BGMが盛大に鳴り響く。
仲間とハイタッチを交わし、エナジードリンクを片手に叫んだ。
「これが民主主義だ!最高の政治参加だ!」
その声は夜空に響いたが、政策について語る者は誰一人いなかった。画面の向こうでは、また新しい★5レア議員が「究極必殺技」を披露していた。
父の正雄は窓から息子たちの姿を見下ろしながら、静かに呟いた。「彼らは投票しているつもりでいる。でも実際は、ただゲームをプレイしているだけなんだ」
翌朝の新聞には大きな見出しが踊っていた。「投票ゲーム大成功!民主主義への参加率過去最高!」だが小さな記事で、地方自治体の財政破綻や医療制度の崩壊が報じられていた。誰も読んではいなかったが。
「政治は娯楽になった」
「民主主義はゲームになった」
「国民は遊んでいるつもりで踊らされている」
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