六本木の街と比叡山の山道が、一瞬にして妖刀と鬼の気配でひっくり返る、そんな歪んだ舞台を生き生きと描枯れております。
主人公が泣き喚きながら走る場面は、もはや現代の女子高生ではなく、時空の裂け目を走り抜ける狂気の旅人のよう。
アナログとデジタル、日常と超常の境界線が絶えず揺れていて、読んでいるこちらの感覚も翻弄されます。
平楽寺でのカヤトの戦闘シーンでは、織田軍と伊賀衆の攻防、忍び刀と妖刀の存在感、そして奈落に落ちる身体感覚の描写が、まるで映画のワンシーンを見ているように鮮明に浮かびます。
その後の妖刀「鬼導丸」との不可思議な関係性、佐平の反応、そして「トンチ」の問いかけは、物語に軽妙なユーモアを添えつつ、世界のルールを巧妙にねじ曲げています。
文章は歪んだポップ感覚と戦国サスペンスを同居させ、ユーモアと恐怖の間を自在に揺れます。
登場人物の心理描写も、感情の奔流が言葉の奔流となってページを駆け抜けて、時折くすぐるようなブラックな笑いもございます。
現代の街角で泣き叫ぶ女子高生と、戦国の忍び刀が同居する奇妙さは、読む者を強烈に惹きつけるものがあります。
物語の世界観の振れ幅の大きさ、人物描写の鮮烈さ、妖刀を軸にした時空のねじれは、単なる歴史ファンタジーや現代劇では味わえない独特の中毒性と言えるのではないでしょうか。
これはまさに「日常のノイズと異界の旋律が混ざり合った、切れ味鋭い唄」のような物語です。