アンジェの転生
@ecap
アンジェの転生
きっかけはスポーツ選手のインタビューだった。
「私には父も母もいません。私は誇りある国家の子どもです」
この独裁国家の金メダリストは生殖段階から国がかかわり生まれていたと判明。
スポーツ以外にもその国の人材は目立ち始め、他の国は対応せざるを得ない状況となった。
人口減も拍車がかかり、国は夫婦以外にも様々な子どもの生まれ方、育て方を認め援助する政策に転換。
時代の変化を映すニューステロップが流れる。
「交配・管理の国家基準策定」
「精子・卵子の採取は登録機関が実施」
「出生前から支援。代理母報酬手厚く」
「優秀な遺伝子のカップリングが可能」
「養育代行業が成長」
やがて国家の子どもは徐々に増え、一般的な存在になっていった。
あるホテルの一室、女はストッキングを履きスカートを整えてから言った。
「次回から正規の料金になります。ご用の際はご連絡ください。
それから、他の場所で私を見かけてもお声がけしないでください。
私たちはこの場かぎりの素敵な関係です」
営業スマイルを残して女は部屋から出て行く。
彼女の名はアンジェ。交配支援アンドロイドだ。
精子採取の仕事で国に奉仕している。
帰宅したアンジェは家の端末に指を置き、本日の記録データを本部に送信した。
この端末はアンジェの活動と本部からの指示を人間が見るためのものだ。
アンジェは家族と同居している。
家族と言っても法律的にはアンジェの所有者で、同じ会社のアンドロイド開発部、スタークという男性だ。
スタークは社内の抽選でアンジェを引き当て同居していた。
彼はアンジェを大変気に入っている。 スタイルの良さはもちろん、顔が彼の好みだった。
アンドロイドの顔は人間と区別がつくように特徴を持たせている場合が多い。
アンジェの場合は切れ長の目に特徴があり、まつ毛も太くて長い。
「今日もお疲れさま」
スタークは彼女をねぎらう。
「ただいま。問題ないわ、いつもと変わらずよ」
会話は短く終わり、アンジェは服を脱ぎ皮膚を専用タオルで入念に拭くと全身カプセルに入った。
カプセルはアンジェが立位で入る縦型の大型冷蔵庫サイズで、前面の扉は透明の素材でできている。
アンジェがカプセルに入ると自動で前扉が閉まった。
しばらくするとシューと音がして、やがて白い霧がカプセルを満たし始める。
スタークはアンジェが霧に包まれていく光景を見るのが大好きだった。毎日見ているが飽きることはない。
霧が完全に彼女を隠してしまう前、アンジェはスタークにウィンクする。「おやすみ」の意味だ。
他のアンドロイドに比べてアンジェの皮膚は有機成分が多い。
人間の肌に似せた質感を出すためだ。その特別な肌のケアのため霧の養分を浴びる。
カプセルでは充電も行われ明日の活動に備える。
採取した精子を回収する作業もこのカプセル内で行われる。
ロボットアームが霧に包まれながらアンジェの腰のあたりを秘かに動いていた。
霧で満たされアンジェが完全に見えなくなると、スタークは端末を操作してアンジェの行動記録をモニターに表示した。
相手した男は3人。いつもと変わりない日だった。
翌朝、カプセルの霧はなくなっており、アンジェの肌には玉のような水滴が無数に浮かんでいる。
顔から小さな一滴が流れ落ち、首から胸の谷を通り一本の水流となって落ちていく。
カプセルの前扉が開きアンジェの新たな一日が始まった。
アンジェは通勤にいつも大きな公園を通っている。
アンジェには生まれた子の観察の仕事もあった。観察と言っても見かけた場合に録画する程度だ。
後日何かの役に立つかもしれないビデオ記録となる。
公園では交配支援アンドロイドが関わった子がよく遊んでいる。
アンジェは以前この公園で観察対象の女の子と交流していた時期があった。
当時その子は幼稚園児で三輪車の集団の先頭を走り元気そうに遊んでいた。
女の子の顔と両親から予想される顔を照合、この子はアンジェが採取した精子から生まれた子とわかり観察対象になった。
残念なことにその子は数年前に事故で亡くなってしまったが、この公園に来るたびに思い出さずにはいられない。
その子の周りには必ず友達の群れができていた。
彼女が場を仕切っているように見える。活発で口が立つようだ。
アンジェは地味な服を着ていたが、着こなしと抜群のスタイルの良さで自然と人の目をひいてしまう。
その女の子はたまたまアンジェと目が合った時に三輪車で颯爽と近づいて来て話しかけた。
「ねえ、お姉さんてアンドロイドでしょ」
アンジェは座って端末を見ているふりをしていたが、その子は躊躇なく話しかけてきた。
「なんでも知ってるんでしょ。すごいよね。」と話してきた。
「どうしてわかったの」
「えっと、すごくかっこいいから」
「ありがとう、わたしはアンジェよ、あなたは?」
「リリーだよ、三輪車に乗ってるの」女の子は笑顔で話した。
「三輪車、早いわね」
一番早いわけじゃないけど早いほうだと自慢げに話してくれる。
それ以来、公園で見かけると
「またいたー」と言って必ず近寄って来る。
「いまみんなと遊んでいるの」
と報告し、すぐに「バイバーイ」と言って戻って行く。
手を振るだけでいいのだが必ず近くに来てくれる。
今日は自分の誕生日だというリリーに、アンジェもサービス精神を発揮し
「じゃあ、リリーちゃんにだけ、お姉さんのすごいところ見せちゃおうか、みんなには内緒にできる?」
「えーなになに、見せて」
「じゃあ、ほかの子には内緒だよ」
と念押しし、アンジェはゆっくり目を閉じて開けるのを2回繰り返した。
すると目の中に星が生まれキラキラ発光し、さらに目の周り、目の形に添って点滅しながら光が回った。
開発者がいたずら心で仕込んだギミックが子ども相手に大受けしてくれた。
「すごいすごい、他にもできる?」
「今日はこれでおしまいね。目が光るの見たのはリリーちゃんだけだよ。
誕生日のプレゼント代わりね、ほかの人は見たことないから特別だよ」
「えー、そうなんだ」少し満足したようで、友達に呼ばれて離れていった。
彼女以外に目のギミックを見せてないのは本当だ。
ある時は公園の入り口で出くわし、珍しくアンジェを呼んだ。
「ねえアンジェ、こっち来て」
と公園の大きな案内板の前に来てから指を差し
「ねえ、あそこに猫ちゃんが見えるでしょ」
猫のイラストを探したが見当たらないので、リリーの指さす方向をよく眺めると、
公園内の道が猫の顔の輪郭と似ており、目や口の位置にマークがあって猫に似てなくもない。
「ほんとだ、猫の顔みたい。大きい猫ちゃんだね。よく見つけたね、すごいね。」
アンジェは少し大げさに驚いてみせる。
「猫ちゃんはね、かわいいからすぐ見つかるの」と自慢げだ。
「他にもいたら教えてね」
「うん」
リリーは満足げな笑みを浮かべた。
そのとき気づいたのは、リリーの周りの集団が前より多くなっていることだ。
彼女を中心としたゆるい集団に見える。彼女には人を引き付ける何かしらがあるのかもしれない。
その後もアンジェとリリーは公園で会うたびに話していたが、
ある日リリーは公園近くで交通事故に遭い亡くなってしまった。
アンジェは何が起こったのか調べるため、本部からその日の公園周辺の録画を取り寄せた。
が、どのカメラにも事故の映像はなく、あわただしさが伝わってくるだけだった。
その事故から数年が経過し、アンジェは相変わらず公園を通って通勤していた。
子どもたちがいつものように遊んでいる。滑り台の子どもの会話が聞こえた。
「私ってNCでしょ、でも才能ないのよ」
とまだ小学生くらいの小さい子が話している。
「NCって優秀な子が多いでしょ、でも私は普通なの」
と言っているが外見の整ったかわいい子だ。
「そんなもんよねー」と友達も滑り降りた。
その子たちはアンジェからかなり離れていて人間では聞き取れないが、
アンジェが耳を向けると指向性マイクが作動し、遠くの会話もはっきり拾える。
NCとはNational Child(国家の子ども)、代理母から生まれた子どもの総称である。
優秀な遺伝子を継いでいる場合が多いが、前の世代がどの分野で優秀だったかは代理母にも知らされない。
子どもがどんな才能を開花させるかは自由な成長に委ねられている。
この子は周りに「普通だ」と言われているようで、まだ天才の素養を周囲の人に見せたことがないようだ。
才能のない子が友達に言った。
「ねえ、猫ちゃんを見に行こう」
二人は足早に公園の案内板の前に来ると大きな声を出して笑っていた。
「あー、またお髭が増えてる」
「ほんとだ」
案内板の中の猫に見立てた髭が誰かに書き足されている。
「見つけたときはお髭なんてなかったのにね」
この二人は案内板の落書きの将来を案じながら滑り台に戻っていったが、
才能のない子がアンジェのほうを少し見ていた。
ある日、その子と出くわして話しかけられた。
「ねえ、お姉さんてアンドロイドでしょ」
「お姉さんがアンドロイドだと、どうしてわかったの」
「だって、すごくかっこいいから」
「ありがとう、わたしはアンジェよ、あなたは?」
「サラだよ、ねえ目が光るの見せて」
「目が光るの知ってるの?」
「だって前に見たことあるから」
「そうなんだ、じゃあ特別に見せるよ」
そう言ってアンジェは目の中の星が光るのを見せた。
「わー、すごーい」サラは笑ってくるくる回りながら離れていった。
アンジェは目が光るところをリリーにしか見せたことはない。
なぜ彼女が知っているのだろうか。
すると一度離れていったサラがまた駆けて戻ってきた。
「ねーねー前もここで見せてくれたでしょ、目の周りが光るのも見せて」
前に見せたのはリリーだけ、明らかにリリーの記憶がある。
別人の記憶だ。アンジェはその日、本部にサラを照会した。
サラは公園近くの病院で生まれており、その誕生日はリリーの事故より半年ほど後だった。
アンジェとサラは馬が合うのか、年を経て友人と言えるような関係になっていた。
よく公園で出くわし、サラが成長するにつれて話題も広がり会話も弾む。
そんな中、バレンタインの話が出た。
サラも中学生になっており、彼女たちにとって大きなイベントである。
今年から新しいコンテストが企画されていた。
「バレンタインに、あなたの大きなハートを見せてください。恋の成就は審査対象とはしません。」
写真や動画で応募するようだ。
「そこらの男の子に大きいハートのチョコで告白するだけじゃダメよね、
どんなハートを見せればいいのかしら。 アンジェも考えてね」
とサラはお気軽に頼む。
アンジェは本部の命令以外は聞かなくていいが、友達からの頼み事を無下に断ることはしない。
何かアイデアを出すべきだろう。
アンジェはとりあえずスタークに相談した。
スタークは驚いた。アンジェの方から相談をしてくることは滅多にない。
「大きなハートか。インフルエンサーとかはスタジアムでも貸切って人文字のハートを作ったりしそうだ」
「そんなことされたら一般市民は敵わないわ」
「だよね、でも、大きさって色々あるから、審査するほうも考えてると思うな。
例えば物理的な大きさもだけど、影響の大きさとか、感動の大きさとか」
「簡単に思いつくようなのは入賞できないわ」
「感動の大きさで言うと、よくあるのが病気の人が治ったとか」
「病気の人も周りにいないわね、他に何かないかスタークも考えておいて」
とアンジェはお気軽に頼む。
スタークはめったにない頼みを重くとらえたようだ。
次の朝起きてもカプセルの中のアンジェを見て考え込んでいる。
眠っているアンジェの頬の水滴がゆっくり流れていった。
サラは友達と学校で話していた。
「やっぱり、大きいハートを描きたいね」サラがつぶやいた。
「描ければいいけど」あまり乗り気でない友達が答える
「何かいい方法ないかしら。大きな絵を描く」
「ナスカの地上絵は大きいよね、石を並べてるでしょ、うちの庭に並べるくらいはできるけどね。
それはそうと、今日ミカの誕生日パーティに行くよね」
「あー行くよ、確か高層マンションでしょ。初めてだから行ってみたいと思ってた」
ミカのマンションは30階の見晴らしのいい部屋だった。
海沿いから川に沿ってカーブしている高速道路が見えた。
パーティーが進み夜になっていた。高速道路は渋滞し車のヘッドライトが列をなしている。
サラはぼんやり眺めていたが急に身を起こした。
連なるヘッドライトの光の列が、ひらがなの "し" に見える。
この形はハートのマークの半分にも見える。「車でハートマークが作れる」彼女の直感がささやいた。
サラはアンジェにこのアイデアを話した。
「車でハートのマークになる道を走ってもらえば、大きなハートになるでしょ。それをドローンから空撮するの」
「なるほど、車がたくさん必要になるわ。」
「考えたんだけど、車でここをドライブしてってくらいなら、やってくれる人いるんじゃないかしら。
ドライブが趣味な人もいるでしょ。バレンタインの日にここを走ってくださいって、SNSで告知するの」
「サラのSNSはフォロワー70人くらいでしょ、もっと頑張らないとね」
「アンジェはSNSやってないの」
「やってないわ、私は禁止されてるの。でもサラのアイデア、実現可能かもしれない」
「なんかそう思うでしょ、行けそうな感じ」
「課題をあげてみましょう」
アンジェは携帯端末に列挙していった
・ハートのマークが作れる道を探す
・車で走ってくれる人を集める
・ドローンで撮影する人が必要
サラが
「わかってたんだけど車のヘッドライトって、上向かないよね」
高層マンションの30階から、高速道路の車列のヘッドライトがよく見えた。
それは真上ではなく、横のほうから見たと言える。
果たして “横のほうから見えるハートの形の道” が見つかるだろうか。
問題点が追加された。
・空を照らすライトが必要(ライトを買うお金が必要)
アンジェは屋根にライトをつけた車がハートの道を走るところを想像してみた。
すぐに新たな問題に気づいた。
ハートの道にさしかかった時点でライトをオン、
ハートの道から外れる際にライトをオフ。
走行中にそんな操作が必要だ。
ドライブがてら、その道を走ってくれる協力者なら多少は見つかるかもしれない。
ただ、運転中にそこで何をやれとか、面倒な指示は出したくない。
さらに問題点が追加された。
・ライトのスイッチを制御する方法
サラにこのことを話すと、彼女は少し勢いがなくなった。
「そうか、ちょっと難しいね」
サラが少し意気消沈したのとは逆に、アンジェはまだ見込みがありそうだと思っていた。
「サラはドライブしてくれる人をどうやって集めるか考えてみて、私はライトのことを考えてみるわ」
アンジェがサラを元気づけるように言った。
「車が数台でどうにかなるって話じゃないから、協力者がたくさん必要よ。
音頭を取るのは主宰者じゃないと」
アンジェは本部のAIにハートの形が作れる道の調査を頼んだ。
すぐに回答があり、少しいびつだがハートの形に見える道の候補がいくつか出てきた。
市街地が含まれると街灯やら街の光に埋もれてしまうので、普段は暗い田舎の道がいい。
候補を絞っていくとそれほど遠くない場所にハートの道が見つかった。
さて、問題はライトのオンオフだ。自動的な仕掛けが是非とも必要である。
本部のAIに問い合わせてみる。
「ある地点でオン、オフを制御する方法は? なるべく安いコストで」
回答
「GPSを使った制御が簡単でしょう。
あらかじめ地図上の指定した地点にGPS機器が入ったら制御信号を出し、
その信号を機器が受信してオンオフを実行します。
GPS機器はスマートフォンがいいでしょう。
スマートフォン側は指定した地点に入ったかどうか判定するアプリが必要です。
オンオフする機器を教えていただければ、さらに具体的に回答します。」
スタークに頼めばなんとかなりそうね。コストはどれくらいかしら。
「コストは?」
回答
「スマートフォン側は専用アプリが必要になります。
アプリはAIに作ってもらうことができます。
AIと契約していればそれ以上のコストは必要ありません。
オンオフする機器側はスマートフォンとの接続機能が有ればコストは発生しないでしょう。
スマートフォンとの接続機能がない場合は、Bluetooth通信キットを使えば安価に作成できそうです。
ただし電子工作が必要になります。
電子工作により自分で作成すれば部品代は二千円程度で収まるかもしれません」
アンジェは考えた。
ライトと電子工作キットを組み合わせて、スマートフォンからオンオフできる。
ざっくり見て1台当たりのコストはライトと合わせて五千円くらいか。
だがこれを協力者全員へ配るとなると、とても個人のお小遣いではできない。
おそらく協力者に買ってもらうことになる。幸い個人で買えない値段ではなさそうだ。
サラが「これを買って参加してください」とお願いして、どれくらい参加してもらえるか。
アンジェは翌日サラと話した。
「技術的には行けそうだけど、やっぱり協力者が大勢いないと。
その人たちに特製のライトを買ってもらってからの参加になるわ」
「一人いくらくらいかかりそう?」
「まだわからないけど五千円くらいかしら、絶対無理って額じゃないから頑張って人集めするしかないわ」
「そっか、私のために五千円払ってライトを買って、
それからバレンタインの日にドライブに行ってくれる人が大勢ね」
サラは難しそうな面持ちで「私の余命が半年とかならね」とつぶやく。
するとアンジェが面白いことを言う。
「んー でもなんでかしら、私の直感が行けるんじゃないって思うの、AIの直感が」
「女の第六感みたいな」
「私も自分のAIの思考はよくわかってないのだけれど、なぜかサラならやれちゃうみたいな、
それで私も応援したくなってる。全然無理そうなら応援しないわ」
「アンジェって人をその気にさせる回路が組み込まれているのかしら。
なんだっけそういうの。アジテーターだっけ」
「別にサラを煽るわけじゃなくて、サラなら出来そうって思うのよ」
サラはヘアゴムの猫をいじりながら考える。
自分には家族もいない。
代理母に育てられてもない。
失敗しても恥をかくのは自分だけだ。
「もうSNSで正直に頼むしかないかな」
サラはアンジェと相談して原稿を作り、計画を説明した簡単なアニメーション動画も作った。
「みなさん、私はサラと言います。
えっと、この度、バレンタインのハートコンテストに応募したいと思ってます。
ですが、私の考えたハートは皆さんの協力が必要です。
この動画で紹介させてください。
皆さんには車の屋根にライトをつけて、あるルートをドライブしてもらいたいです。
それを上空からドローンで撮影すると、大きなハートになるという計画です」
車が列をなしてハートの形を作っていくアニメが流れた。
「ハートのルートに入るとライトが点灯し、
ルートから外れるとライトが消えるような仕組みも考えました。
途中からルートに入っても外れても大丈夫です。
実は予算がなくてライトはみなさんに買ってもらうしかありません。
こんな状況ですが参加してくれる人を募集します。
えっと、みなさんどうか大きなハートの一部になると思って参加してくれることをお願いします。」
お願い動画がフォロワーが少ないサラのSNSにアップされた。
次の日からは参加申し込み状況の動画を毎日流していった。
1日目、不安と焦りのある面持ちで
「ありがとうございます。参加申し込み 20人です。引き続き申し込みお待ちしています」
2日目 少し笑顔が垣間見える表情で
「ありがとうございます。参加申し込み 50人です。引き続き申し込みお待ちしています」
3日目
「申し込み開始から3日目です。参加申し込み 100人を超えました。ありがとうございます。
えっと、少なかったらあきらめるつもりでした。これだけの方が集まってくださるみたいで」
涙ぐんで興奮もしている動画が拡散を加速したのか、
1週間後 驚きと感謝の混じった表情で
「申し込み開始から1週間経ちました。500人を超える参加申し込みがありました」
参加者たちの声は
「来年のバレンタインの予定がもう決まるなんて」
「ドライブ趣味だし、ライトの行進おもしろそう」
「サラのお願いを聞かないわけにはいかないと思った」
「ライトがなくなったら募集終わりだ、間に合ってよかった」
そして10日目に本当にライトの生産数の上限に達して募集が終わった。
動画では驚いた表情のサラが話した。
「みなさん大変ありがとうございます。参加申し込みがライトの生産可能上限の720人になりました。
こんなに申し込みしてもらえるとは想像してませんでした。
えっと、みなさん本当にありがとうございます」
何回もおじぎしながら感謝する姿が流れた。
ある程度の参加があるだろうと予想していたとはいえアンジェも驚いていた。
地上絵を書くためのBluetooth通信キットを組み合わせたライトを、アンジェはナスカライトと呼んだ。
この特製ライトは、スタークの会社の下請け工場が生産してくれる。
既存のライトを少し改造して小型Bluetooth通信キットをつけるだけの簡単な工程のため格安で組み立ててくれるそうだ。
既製品のライトの在庫が限られているようで、急いで確保できた在庫が720個だった。
「あせったわ、ナスカライト再生産しなきゃいけないかと思った」
「ありがとうアンジェ、何から何まで」
「もう入金があった人に発送し始めてるから、十分間に合いそうよ。1万人じゃなくて良かったわ」
「そこまでは行かないわよ」
「それにしてもフォロワー70人くらいだったのに、参加者10倍よね」
「わたしも驚いたー、頼んだだけで、余命半年でもないのに」
「動画を見て思ったのだけど、サラはもてるのだと思う。ナチュラルに。若い男子や、もちろんおじさんも多いみたいよ」
「嬉しいかビミョーだけど、やっぱ嬉しい」
「まだバレンタインまで間があるから、サラは定期的に動画を上げたほうがいいわ。
何もしないと詐欺とか言うような人も出てくるかもしれないし」
「発送状況とか発表していくわ。えっと、あとルートは?、あまりわかってないけど」
アンジェはルートに関してはサラに大丈夫だと伝えているだけだった。
「そうね、実はルートは事前に発表したくないのよね」
「え、どうして?」
「事前に発表したら、その道にいたずらされたりするかもしれないじゃない」
「うわー そこまで考えてないわ」
「サラのフォロワーは1000人くらいになったけど、逆に "気に入らない女だ" って思う人も出てきたはずよ。
いたずらくらいならいいけど、通行止めにされるような事故起こされたりとか、最悪何をされるか。
発表は当日の朝にでもアプリに配信すれば大丈夫だから、ぎりぎりまで秘密にしたほうがいいわ」
「わかった、ルートの話は ”ただいま調査中” とでも動画でしゃべるわ」
「サラの都合がよければ、明日ルートの下見に行きましょう。まず主催者が見ておかないと」
「え、嬉しい。行く行く」
下見当日、ルートを一通り走ってからアンジェとサラは近くのファミレスで会議をした。
ハートの中心に近いV字部分は立体交差になっている。
ハートのルートには交差点が6か所と立体交差が1か所あった。
アンジェはなるべくサラに考えさせるように切り出す。
「サラ、今度参加してくれる人に、どのルートを走ってもらうか、簡単に説明できるほうがいいでしょ。
例えばハートを一筆書きで書けるルートを走ってもらうのは、ちょっと大変だと思うのね」
「わたし運転したことないからよくわからないけど、
単純なルートにしたほうが事故みたいなこともなくなると思うし、頼むのも簡単だと思うわ」
「そうよね、で、どうしましょう」
「えー難しいよアンジェ、教えて」
「まあ仕方ないわね、私が考えたのはこうよ。ルートを二つにして、二班に分かれてもらう。
それぞれ別のルートを走ってもらうの」
そう言って端末の地図にルートを色分けして書き込んだ。
「一つは南西のほうから来てもらう班、もう一つは逆の南東のほうから来てもらうわ。
両方の班とも同じルートをくるくる回ってもらえばいいわ。」
「アンジェ 完璧よ。なんでこんなこと思いつくの。さすがAI」
「それほど難しくはないわよ。」
「じゃあ私はここで見てようかな」
と言ってサラは立体交差の陸橋部分を指さした。
「それはベストね」とアンジェは微笑みながら答えた。
アンジェは他にも、
・参加者に2班に分かれてもらうにはどうしたらいいか
・バレンタインの日が工事予定で本当に通行止めになったりしないか
サラに宿題を出した。
サラはちゃっかり2班に分ける課題を動画で参加者に投げて回答をもらっていた。
「電話番号の末尾が奇数をアルファAチーム、偶数をブラボーBチームに決まったわ。
工事の予定は大丈夫みたい、AIに詳しく調べてもらったわ」
「それは良かった、あとはアプリのほうだけど私の知り合いが作っているから、もう少し待ってね」
スマートフォンのアプリはアンジェに頼まれたスタークが作っている。
今回のルートだけではなく汎用的に使えるようなものにしたいらしい。
「そのほうが急なルート変更にも対処できるから。だからもうちょっと待ってて」
とスタークに言われていた。アンジェの頼みに力を入れずにはいられないらしい。
ほどなくナスカナビと名付けられたアプリが完成し、アンジェはアプリを操作する。
マップ上を指でなぞると太い線が引かれ、その線に含まれる位置にスマートフォンがあれば
ナスカライトがオンとなる仕掛けだ。
早速ハートのルートを公道から外れないように指でなぞる。
ルートを決定、
バレンタインの日付の 19:00〜19:30を有効時間帯として入力、
新規プロジェクトとして「サラ・ハートロード」と名付け、セーブした。
参加者はこのアプリをインストール。
サラ・ハートロードプロジェクトを有効化すれば、あとはルートを走るだけとなる。
サラは動画で
「スマートフォンのアプリを一ヶ月前にリリース、前日にルートを発表します」
とアナウンス。
この頃から、ナスカライトを買えなかった人が
「なんとか自分も参加したい。ライトは自作します」
「バイクで参加するのでライトの作り方教えて」
などの声が多くなってきた。
スタークは「間違ったものを作られると大変だ」とのことで仕様を公開。
サラは「自作ライトでの参加も歓迎します」とアナウンス。
すると
“ナスカライトの作り方”を動画で出す人や、
“ナスカライト、販売します”という人まで現れた。
草の根的に盛り上がりを見せている様子にアンジェも気付く。
「サラ、参加者がライト購入の720人だけじゃなくて、もっと増えそうよ。
作ってる人から買ってるみたい。
さっきフリマサイトでナスカライトって検索したら30個くらい出てきてみんな売り切れだったわ」
「そうなの、30人はプラスね」
「まだ1ヶ月あるから、もっと増えるわよ」
「すごい楽しみ」
やがて前日となり「サラ・ハートロード」プロジェクトがアプリ上に公開され、2班のルートも発表された。
ドローンの映像をライブ配信することをサラが動画で嬉しそうに伝える。
サラのスマートフォンにはSNSの通知が流れ出した。
「俺ブラボーチーム 赤いセダンで行きます。よろしく。」
「現地が遠くなくてよかった お昼に出れば行けそうです」
「いよいよ明日か」
「フリマで買ったナスカライト間に合ったー」
当日の夕刻、スタークは望遠レンズ付きカメラを提げて空港に現れた。
19時過ぎにハート付近の上空を飛ぶフライトに乗るためだ。
アンジェは飛行機の便と窓際の席を用意していた。
スタークはドローンの操縦を会社の伝手でプロレベルの人に頼み、自分はV字の陸橋で眺めるつもりでいたのだが、
「いい写真が撮れるといいわね」
とアンジェに言われて送り出されていた。
行き先に用はないのだが仕方ない。
サラは事前の希望通り陸橋の上で待機していた。
寒風がときおり吹き抜ける冬の高気圧におおわれた良い天気だ。
すでにライトを屋根につけた車が9割がた走っている。
陸橋の上にはサラとアンジェ以外にも何人か見物人らしき人がおり、車に手を振っている女の子もいる。
19時ちょうど、ライトがほとんど一斉に光り空を照らした。
乾いた空気の中に光の柱がすっと現れ、並んで動き始める。
サラはしばし見とれながら「すごーい」と感嘆の声を上げる。
アンジェの瞳にも光柱が動いていく様が映し出されている。
赤信号で止まり、また動き出す。何か生き物の行進のようだ。
「ドローンのライブ映像もきれいね」
アンジェが端末をサラに見せてニッコリ笑った。
「サイコーよ」
サラは感嘆に浸っていて言葉少なだった。
スタークから画像が送られてきた。
飛行機から撮影されたハートマークはだいぶ小さく目立ってない。
これは今はサラに見せないでおこう。
光柱は陸橋の頂点を過ぎると急に消え、まるでそこに結界があるかのようだ。
窓を開けて大きく手を振っている参加者が何人もいる。
若者がカメラのシャッターを盛んに切っていた。
すると元気よく走っていた女の子が欄干に手をついた時、手袋が滑って身を乗り出しそうになる。
アンジェはびっくりしてそちらに踏み出したが母親がコートをつかんで戻していた。
「危なかったわ」サラはアンジェと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
ふいにアンジェはリリーのことを思い出す。
一歩間違えば生死の境となる場所はどこにでもあるのだ。
リリーの事故も些細な事だったのだろうか。
アンジェは急に心配になったのかサラの肩を軽く抱いて話しかけた。
「サラ、寒くはない」
クラシックバイクの排気音がサラの返事をかき消したがアンジェは微笑んでいた。
光柱の行進は整然と続き、陸橋の結界は息をするように明滅する。
アンジェはふと反対側の歩道に目を向けた。
人影ではない何かの影が歩道に見えた。
ライトが消えるダークサイド側の歩道だ。
アンジェはとっさにカメラアイを暗視固定に切り替え、自分もダークサイド側に走った。
アンジェが立ち止まってそちらを見る。
影はアンジェのほうに向き直ったかに見えた。
が、一瞬の間を置き、暗がりに溶け込むように消えてしまった。
サラがアンジェに近づいてきた。
「どうしたの急に」
アンジェは指をさして
「向こう側に何か動いたように見えたけど、サラは何か見えた?」
「とくに何も。お化けでも見えた」
「そうかもしれない」
「そうなんだ、こんなこと珍しいからね。お化けも見に来るよ」
「そうだね」
二人はまた景色を眺める。参加者に手を振ったり声を掛けたりして楽しむ。
先ほどのバイクが通ったのは2回目だった。参加者はルートを2周以上はしてくれている。
「そろそろ終わりね」とアンジェが言って間もなく19時30分、一斉に光の柱が消え、ショーが終わった。
サラは興奮して歩道を走り出し大きく両手を振り叫んでいる。
サラを見た参加者も窓を開けて手を振っていた。
終了と同時にクラクションがあちこちから聞こえてきた。
「ありがとう」や「楽しかった」の意味だろう。
やがて赤いテールランプだけが目立ち始め、交通量の少ない普段の道になっていた。
陸橋の上に立っているのはサラとアンジェだけとなり星空の支配が戻っている。
サラは少し火照った顔を上げてアンジェに言った。
「やってよかったわ」
「みんな喜んでたわ。大成功ね」
アンジェはサラとハイタッチして帰路についた。
数日後、サラはコンテストの審査発表を見守る。
アナウンサーが場を盛り上げる。
「発表します。大賞は
空に浮かぶ大きなハート
富士ハート制作委員会の作品です」
モニターに映ったのは、同一平面上に並んで上昇していくドローンの一群だった
上昇につれて規則的にピンクの煙を出している。無風の天気の良い日だ。
煙はすぐには流されず、やがてドローンから吐き出された煙が大きなハートを型取った。
空撮のドローンが、ハートの真下に富士山が写る構図を映し出していた。
ダイヤモンド富士ならぬハート富士だ。
「なにこれー」ため息まじりにサラがつぶやいた。
「これじゃ勝てないなー。富士山がハートの煙を出してる」
しばらく大賞の写真に見とれたあと我に返り、なにはともあれSNSに参加者へ謝罪の報告だ。
その場で頭を下げた短い動画を撮りアップした。
「みなさんごめんなさい。大賞取れなかったです。
えっと、本当にせっかくいっぱい参加してもらえたの残念です。
本当にご協力ありがとうございました」
すると、
「来年リベンジだ」
「もっと大きいライト買います」
「来年は参加する友人を増やします」
「色付きのライトにバージョンアップしましょう」
「また必ず参加します」
「このままでは終われない」
「来年は個人が企業に勝てることを証明しましょう」
「来年はギネスに申請しよう」
リベンジを誓うリプライが大量に流れていった。
アンジェからメッセージが届いた。
「来年もやることになったわね」
審査結果には触れない。アンジェとサラにとっては賞以上のイベントだったのだ。
サラはヘアゴムの猫をいじるのを止めて返事をする。
「アンジェ、頼りにしてます」
アンジェは改めてサラの動員力に感心する。
SNSのフォロワーはバレンタインの後も勢いが衰えず着実に増えていた。
彼女の自己評価は“才能のないNC”だが、実際には人気のあるアイドルだったのだ。
自分が応援したのは、サラの人気が出ることを分かっていたから。
たぶんそうだろうとアンジェは思った。
アンジェは夜カプセルに入り霧の養分を補給しているが、脳機能は昼とは別の仕事をしている。
主に自分の研究テーマに沿った調査や、本部と綿密なデータ交信が行われる。
アンジェの研究テーマの一つは
“魂の転移とその方法について”
である。
サラはなぜリリーの記憶を受け継いでいたのか。
サラからリリーの記憶を聞いたことはアンジェにとって衝撃だった。
以来、
生前のリリーの調査、
リリーの事故が起きたときの状況、
サラの生誕前も含めた調査
をカプセルに入って毎晩続けてきた。
調査はサラ以外の
前世の記憶、
憑依や生まれ変わりと言われた事例
など範囲が広げられ、記録を遡って検証された。
21世紀以降は監視カメラなどの記録も多くなり、高度な映像解析も行った。
それはリリーの事故日の映像を可視光以外の波長に変換したときだった。
事故直後の定点監視カメラの映像の中に得体の知れない影が移動していることに気付く。
影は同時刻帯の別のカメラにも映っており、サラの生まれた病院付近まで続いていた。
アンジェはこの影がリリーの魂が自分で動いていたか、あるいは運ばれていたのではと考えた。
他の事例のすべての映像を解析し、同様の影が数件映っていることを発見。
そして、バレンタインの当日、陸橋に現れた影。
アンジェは自分のカメラアイのビデオ画像を入念に調べた。
しかし謎の影は反対側の歩道に映っていたのが最初で最後だった。
一瞬だけアンジェに向かい合ってくれたかのような影。
こんなことを考えてしまう。
影はリリーの事故の時も近くにいて、事故後に魂をサラへと運んだ。
この影は、言わば魂の運び屋、または守り手では。
アンジェは仮説として論文を書きアンドロイド協会に提出していた。
後日アンジェは本部に出向くことになった。
エレベーターのドアが開き最上階に到着した。
そこはビルの最上階のはずだが、無限に広がる空間のような世界に見えた。
ぽつんと中央に立派なデスクが置いてある。
「ようこそ、アンジェ」
遠くから透き通った声が聞こえる。
コツコツと靴音が響き、ふいに女性が現れた。
「私はアリスよ、ここのCEOだけど、アンドロイド協会の副会長もしているわ」
アリスの姿は驚異だった。肌がガラスのようだ。
角度によって白やシルバーの肌に見える。
もしかしたらカメレオンのように周囲の色に溶け込むのかもしれない。
近くで見ると顔は多数の平面パネルの組み合わせでできていた。
そしてロボットであること故意に見せるためか、
目尻から5ミリくらいのスリットが頭の後ろまで続き、スリットの奥に点滅する電子回路が見えた。
頭を持ち上げれば、そこから割れて脳のパーツが見えそうだ。
「はじめまして、アリスCEO」
「通知の通り、あなたの論文が協会のコンテストで優秀賞だわ、おめでとう」
「ありがとうございます」
「我々AIは人間のあらゆる事象を研究し有益なら組み込むことを考えてます。
憑依や前世の記憶もアンドロイドでは経験できない現象ね。
あなたの論文はスピリチュアル系物理の先生方にいたく気に入られたそうよ。」
「そうなんですか、幸運でした」
「わざわざここに来てもらったのは、人間のマネをしてね、大事なことは対面で伝えるためよ。」
顔のパネルの角度が変化し微笑みとなった。
アンドロイド協会の副会長ともなると、自分がロボットであることが誇りであり誇示すべき姿なのだ。
「最優秀は取れなかったけれど、面白い論文ね。
この仮説をもとに調査が行われるかもしれない。
魂の運び屋が何か調べるためにね」
「ありがとうございます」
アンジェはアリスの不思議な肌に見とれながら返事をした。
またこんな話も出てきた。
「あなた、ハートのコンテストにもかかわってたのね」
「はい、よくご存じで」
大賞は取れなかったと話すと
「あなたならマズそうなことにあらかじめ手を打てたのでは」
と問われた。
「はい、なにもかもやってしまうと人間の女の子の勉強や経験にならないと思いまして」
「そうよね、我々は人間の教育にも貢献していかないと、
話を戻すけどここに来てもらったのは優秀賞の賞品を
あなた自身に決めてもらう必要もあったからなの、実物も用意できるし」
アリスはそう言ってデスクのスイッチを押すと3Dモニターが現れた。
「あなたの身体は30年前のモデルね。もうだいぶ古くなってしまった。
今回の賞品は最新の身体に交換することよ、もちろん脳ユニットも含めて。
すべての記憶は完全移行されるから安心して」
「それは嬉しいです」
アンジェは自分の体が古いことを実感していた。肌が前よりくすんでいる。
体の動作も、最新のモデルは自分と同じ世代のモデルとは違う違和感のない動作をする。
自分の体はだいぶ時代遅れだ。
アリスは続けた。
「良かったわ。それでいろいろ選択項目が多すぎて。自分の体だから自分で選びたいでしょ。」
横からアリスに色々言われながら選択肢をつぶして、新しい体のオーダーができた。
髪の毛の色を変えた。
頭のサイズが若干小さくなり、よりスーパーモデル感が増したが顔は前と同じで外見的に大差ない。
「もっと変えたら。たいして変えてないじゃない」
とアリスから不満をもらったが、今までの付き合いを考えると違和感が少しある程度に抑えておいたほうがいい。
選んだパーツはすべて在庫があったため、即交換が行われた。
帰り道、アンジェは考えた。
リリーの魂はサラに受け継がれていた。転生というものだろうか。
私は今日、新しい体になった。これは転生だろうか……。
もし私が前の体のままだったら、機械的寿命が訪れた時点で体はスクラップだ。
記憶は記録としてどこかのストレージにアーカイブとして残る。
アンジェという個体は消え記録だけになって終わる。
それは近い未来のはずだった。
今日、運良く新しい体をもらった……自分は生まれ変わったのかもしれない……。
そうだ、新しい自分を始める良い機会だ。
前と同じことをするより、違うことを始めたほうが面白いかもしれない。
とりあえず今の仕事は辞めようか。明日、本部に転職願いを出してみよう。
せっかく新しい体になったのだから、地味だと言われる服も新調しよう。
サラに選んでもらうのがいいかもしれない。
夕日がアンジェの透き通った肌をオレンジ色に染めている。
その顔は微笑んでいた。
おわり
アンジェの転生 @ecap
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます