第9話「処刑台の刻限」


 王都の広場は、押し寄せた群衆で埋め尽くされていた。

 太鼓が低く鳴り響き、正午が近いことを告げる。


「どうせ来るものか」

「友情なんて、ありゃしない」

「もうすぐ終わるぞ」


 人々は口々に笑った。

 だがその笑みの奥には、恐れと期待が混じっていた。


 処刑台の上。

 縄で縛られた信一は、斧を構える処刑人の影を背に受けながら、じっと迷宮の扉の方を見つめていた。


(……メロス。お前は必ず来る。俺はそれを信じている……)


 だが胸の奥では、不安が渦巻いていた。

「もし、裏切られたら」――王や群衆の言葉が頭をかすめる。

 体は震えた。

 それでも唇を固く結び、彼は心に言い聞かせる。


(俺は信じる。最後の瞬間まで)


 鐘が十一回鳴り終わった。

 次で十二。正午だ。


 処刑人が斧を振りかぶる。

 王が声を張り上げる。

「見よ! 異邦の者は戻らなかった! 友情など幻である!」


 群衆の嘲笑が広場を覆った。

 だが、その中に祈るように手を合わせる老人の姿もあった。

「どうか……間に合ってくれ……」


 その頃、メロスは迷宮を抜け、荒れ果てた街道を全力で走っていた。

 脚は血にまみれ、肺は焼けるように痛む。

 意識が霞み、視界の端が白く滲む。


「……信一……!」

 喉が裂けそうな叫びが、砂埃の中へ消える。


 鐘の音が遠くから響いてくる。

 ごおぉん……。


「……間に合え……!」


 城門が見えた。

 全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 だがメロスは、最後の一歩を踏み出した。


 広場。

 十二の鐘が鳴り響き、処刑人の斧が振り下ろされる――その瞬間。


「待てぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」


 絶叫が空を裂いた。

 群衆が一斉に振り返る。


 泥と血にまみれ、今にも倒れそうな姿で、それでも走り抜けてきた男。

 篠崎メロスだった。


 信一の目から涙が溢れた。

「……メロス……!」


 処刑人の腕が止まり、広場に凍りついたような沈黙が落ちた。

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