第3話「疑念の回廊」


 迷宮の闇を抜けると、メロスの眼前に広がったのは――無数の鏡に囲まれた回廊だった。

 床も壁も天井も、すべてが鏡面で覆われている。

 一歩踏み出せば、何百もの自分が同時に動き、反射する。


「……これは……」


 鏡に映った自分の一人が、口を開いた。

「本当に信じているのか?」


 ざわり、と背筋をなぞる悪寒。

 別の鏡には信一が映っていた。

 彼は冷たい眼差しで言う。


「俺はもう、お前を信じちゃいない」


「やめろ……」

 メロスは首を振る。


 鏡の信一は、背を向けて歩き去っていく。

「結局、間に合わない。だから俺は先にお前を見限った」


 次の瞬間、四方八方の鏡に声が広がった。

 群衆の嘲笑、王の冷笑、そして自分自身の声。


「友情など幻だ!」

「裏切られるのが定めだ!」

「走っても無駄だ!」


 声が幾重にも重なり、耳を裂く。

 頭が揺さぶられ、膝が崩れそうになる。


「……やめろ……やめろ……!」

 額に冷や汗がにじむ。


 だが、その喧騒の奥底から――微かな声が蘇った。

〈必ず来い! 俺は信じてる!〉


「……信一……」


 胸に灯ったその声を抱き締めるように、メロスは深く息を吸った。

「俺は……信じる! 幻影が何を言おうと!」


 彼は拳を握りしめ、前へと駆け出した。

 その瞬間、足音が鏡に反響し、響き渡る。


 走る――ただそれだけで、鏡はひび割れを始めた。

 バリン、バリンと砕ける音が連鎖し、無数の自分と幻影が光の粒子となって消えていく。


「俺は走る! 信じて走る! それが友情だ!」


 崩壊した鏡の奥に、一筋の光が差していた。

 メロスはそこへ向かって、再び走り出した。

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