『俺達のグレートなキャンプ111 美味しい焼きそばを作る為に伝説のキャベツを入手せよ』
海山純平
第111話 美味しい焼きそばを作る為に伝説のキャベツを入手せよ
俺達のグレートなキャンプ111 美味しい焼きそばを作る為に伝説のキャベツを入手せよ
朝の陽光がキャンプ場を照らし、テントから這い出してきた石川の髪は寝癖でツンツンに跳ね上がっていた。彼は両手を腰に当て、胸を張って朝の空気を大きく吸い込む。
「ふぉおおおおお!今日もグレートなキャンプ日和だぜ!」
石川の大声に、隣のテントから千葉がヨロヨロと出てくる。寝ぼけ眼をこすりながら、彼は石川の異様なテンションに困惑した表情を浮かべる。
「石川、朝からそのテンションはちょっと...普通の人なら救急車呼ぶレベルだよ」
「何言ってるんだ千葉!キャンプは朝が勝負なんだよ!」
石川はバン!と千葉の肩を叩く。千葉はよろめきながらも、石川の笑顔につられて苦笑いを浮かべる。
そこへ富山がテントから顔を出す。彼女の髪もボサボサで、まだ完全に目が覚めていない様子だ。欠伸をしながら、彼女は不安げに呟く。
「また何か変なこと考えてるでしょ、石川...その顔見ると毎回不安になるのよ」
「ハハハ!さすが富山、俺のことをよく分かってるじゃないか!今日はこれまでで最高にグレートなキャンプになるぞ!」
石川は得意げに胸を張る。富山は頭を抱え込み、深いため息をつく。
「やっぱり...今度は何よ?まさか今度は宇宙人と交信するとか言い出すんじゃないでしょうね」
石川は両手を高々と上げ、キャンプ場に響き渡るような大声で宣言する。
「今日の俺達のグレートなキャンプのテーマは...『美味しい焼きそばを作る為に伝説のキャベツを入手せよ』だ!」
千葉は目をキラキラと輝かせながら手を叩く。
「おお!焼きそば!いいですね!でも...伝説のキャベツって?」
富山は眉間にしわを寄せ、疑念に満ちた表情で石川を見詰める。
「ちょっと待って...普通にスーパーでキャベツ買えばいいじゃない。298円で売ってるでしょ」
「甘い!甘すぎるぞ富山!」
石川は人差し指を振りながら、演劇調に語り始める。手には謎の小冊子を持っている。
「普通のキャベツじゃダメなんだ!俺たちが求めているのは...『葉賀農園の極上キャベツ・レジェンド』!」
「でたぁ...なんかすごく具体的な名前が出てきた...」
富山は頭を抱えて小さくうめく。千葉は興味深そうに身を乗り出す。
「それってどんなキャベツなんですか?」
石川は神妙な顔つきになり、まるで宝の地図を見せるように小冊子を広げる。
「この山の麓にある葉賀農園で作られている幻のキャベツだ!ソースとの相性は宇宙一!一口食べれば天国に昇れるという究極のキャベツなのだ!」
千葉の目はさらに輝きを増す。
「すごい!そんなキャベツがあるんですか!ぜひ食べてみたい!」
富山は冷静に指摘する。
「でも、それって農園の商品でしょ?勝手に取るわけにはいかないし...」
「もちろん!だから直談判だ!」
石川は拳を握りしめ、闘志を燃やす。
「農家の人にお願いして、キャベツを分けてもらうんだ!」
富山は不安そうに呟く。
「普通に買えばいいんじゃない...?」
「それじゃあグレートじゃない!冒険が必要なんだよ!」
準備を整えた三人は、石川の手作り地図を頼りに山道を歩き始める。道中、石川は上機嫌で解説を続ける。
「葉賀農園の葉賀さんは、この地方では知られた頑固一徹の農家だ!簡単にはキャベツを分けてくれないらしいぞ!」
千葉は心配そうに尋ねる。
「大丈夫なんですか?」
「心配無用!俺たちの熱意を見せれば必ず分かってもらえる!」
富山は疲れた表情で呟く。
「なんで毎回こんなに大変なのよ...」
一時間ほど歩いた後、ようやく葉賀農園が見えてきた。広大なキャベツ畑が山の斜面に広がっている。
「うおおおお!あれがレジェンドキャベツ畑だ!」
石川は興奮して指を差す。確かに立派なキャベツが整然と植えられている。
「すごいですね!本当に美味しそう!」
千葉も感動している。富山はキャベツ畑を見て、少し感心したような表情を見せる。
「確かに...立派なキャベツ畑ね」
農園の入り口には「葉賀農園」と書かれた看板があり、その下に「関係者以外立ち入り禁止」の文字が見える。
石川は臆することなく、農園の建物に向かって歩いていく。
「よし!行くぞ!」
農園の事務所らしき建物の前で、石川は深呼吸をしてからドアをノックする。
「こんにちはー!」
ドアが開くと、日焼けした厳格そうな初老の男性が現れる。これが葉賀農園の主、葉賀氏だ。彼の眼光は鋭く、三人を値踏みするように見詰める。
「何の用だ?」
葉賀氏の声は低く、威圧感がある。千葉は少し後ずさりし、富山は緊張した表情を浮かべる。
しかし石川は臆することなく、深々と頭を下げる。
「葉賀さん!僕たち、あなたの作る伝説のキャベツを分けていただきたくてやってきました!」
葉賀氏は眉をひそめる。
「伝説?何のことだ」
「レジェンドキャベツです!ソースとの相性抜群の極上キャベツ!」
葉賀氏の表情が少し和らぐが、まだ警戒心は解かない。
「ほう...それで、君たちは何者だ?」
石川は胸を張って自己紹介する。
「僕たちはキャンパーです!最高の焼きそばを作るために、最高のキャベツを求めてここまでやってきたんです!」
千葉も慌てて頭を下げる。
「お忙しい中、すみません!でも、どうしてもあなたのキャベツで焼きそばを作りたいんです!」
富山は困惑しながらも、一応頭を下げる。
「あの...ご迷惑をおかけして申し訳ありません...」
葉賀氏はしばらく三人を見詰めた後、口の端を少し上げる。
「面白い連中だな...だが、うちのキャベツは簡単には分けられん」
石川は食い下がる。
「お金はお支払いします!」
「金の問題じゃない」
葉賀氏は腕を組み、厳しい表情を作る。
「うちのキャベツは、汗水流して作り上げた魂の結晶だ。そんじょそこらの人間に簡単に渡すわけにはいかん」
千葉は不安そうに石川を見る。富山は「やっぱり無理よ」という表情を浮かべる。
しかし石川は諦めない。
「では、どうすればキャベツを分けていただけるんですか?」
葉賀氏はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「試練を乗り越えられるなら、考えてやってもいい」
「試練!?」
三人は同時に驚く。葉賀氏は続ける。
「三つの試練だ。全てクリアできたら、最高のキャベツを一玉分けてやろう」
石川の目が燃え上がる。
「やります!どんな試練でも受けて立ちます!」
富山は慌てて石川の袖を引っ張る。
「ちょっと待ちなさいよ!どんな試練かも聞かずに...」
葉賀氏は満足そうに頷く。
「よし!まず第一の試練は...畑仕事だ!」
そう言うと、葉賀氏は三人を広大なキャベツ畑に案内する。
「この畑の雑草を全て取り除け。日が暮れるまでにだ」
三人は畑の広さを見渡して愕然とする。東京ドーム半分はありそうな広大な畑が目の前に広がっている。
「え...全部ですか?」
千葉が恐る恐る尋ねる。
「全部だ。一本の雑草も残してはならん」
富山は頭を抱える。
「無理よ...こんなの人間にできることじゃない...」
しかし石川は既に袖をまくっている。
「よし!やってやろうじゃないか!千葉、富山、行くぞ!」
「え!?僕たちもやるんですか!?」
千葉は慌てるが、石川に押し切られる形で畑に入っていく。富山は深いため息をついてから、仕方なく後に続く。
葉賀氏は腕を組んで、三人の様子を見守る。
「頑張れよ、若者たち」
畑仕事が始まった。最初はやる気に満ちていた石川だったが、30分も経つと汗だくになってしまう。
「うっ...思った以上にキツい...」
炎天下での農作業は想像以上に過酷だった。石川の額からは大粒の汗が滴り落ち、シャツは汗でびっしょりと濡れている。
千葉も息を切らしながら雑草を抜いている。
「はぁ...はぁ...こんなに大変だとは...」
彼の手のひらにはすでに豆ができ始めている。軍手をしていても、慣れない農作業で手が痛い。
富山は最初から疲れた表情で作業している。
「なんで私がこんなことを...」
彼女の髪は汗で額に張り付き、普段の上品な雰囲気とはかけ離れた姿になっている。
一時間が経過した頃、石川の足に筋肉痛が襲ってきた。
「うぐっ!足が...足がけいれんしそうだ...」
石川はよろめきながらも、必死に雑草を抜き続ける。その顔は真っ赤に日焼けし、汗と泥で汚れている。
千葉の背中にも激痛が走る。
「いたた...腰が...これが農家さんの毎日なんですか...」
彼は腰を押さえながら、農業の大変さを痛感している。手のひらの豆は破れ、軽く血が滲んでいる。
富山はもはや無言で作業を続けている。彼女の服は泥だらけで、普段の清楚な印象は完全に失われている。
「もう...限界...」
三人の体力は既に限界に達していた。それでも、石川は諦めずに声を張り上げる。
「負けるな!キャベツのためだ!」
その時、突然空が暗くなった。雲が太陽を隠し、山特有の天候の急変が起こる。
「やばい...雨が降りそうだ」
葉賀氏が空を見上げながら呟く。
案の定、ポツポツと雨粒が落ち始めた。そして瞬く間に本降りになる。
「うわあああ!雨だ!」
千葉は慌てて頭を押さえる。雨に打たれながらの農作業はさらに過酷になった。
石川は雨に打たれながらも作業を続ける。
「雨なんかに負けるか!これも試練の一部だ!」
彼の体は雨と汗でずぶ濡れになり、泥だらけの姿はまるで泥レスラーのようだ。
富山は雨に打たれながら、半ば諦めモードで呟く。
「もう...どうにでもなれ...」
彼女の髪は雨でべったりと頭に張り付き、化粧も完全に流れ落ちている。
それでも三人は諦めなかった。互いに励まし合いながら、雨の中で畑仕事を続ける。
「石川!頑張って!」
千葉が雨に打たれながら声をかける。
「富山も負けるな!」
石川も富山を励ます。
夕方近くになって、ようやく雨が上がった。三人はもはやボロ雑巾のような状態だったが、奇跡的に畑の雑草をほぼ取り除くことに成功していた。
葉賀氏が畑を見回って、満足そうに頷く。
「うむ...よくやった。第一の試練はクリアだ」
三人はその場に崩れ落ちる。
「やった...やったぞ...」
石川は息も絶え絶えに呟く。全身泥だらけで、もはや原形をとどめていない。
千葉は地面に仰向けになって空を見上げる。
「生きてる...まだ生きてる...」
富山は立ち上がる気力もなく、座り込んだまま深いため息をつく。
「次の試練って何よ...もう体力残ってないんだけど...」
葉賀氏は容赦なく続ける。
「第二の試練は...キャベツ瞑想だ」
「キャベツ瞑想!?」
三人は驚愕する。
「我が農園の最高級キャベツを頭に乗せ、30分間瞑想するのだ。キャベツと心を通わせるのだ」
葉賀氏は真剣な表情でそう説明する。
石川は疲れ切った体を何とか起こす。
「キャベツと...心を通わせる...?」
「そうだ。キャベツの気持ちが分からなければ、本当に美味しい料理は作れん」
葉賀氏はそう言うと、立派なキャベツを三つ持ってくる。
「これを頭に乗せて瞑想しろ。落としたら最初からやり直しだ」
千葉は恐る恐るキャベツを受け取る。
「重い...結構重いですね、これ」
富山は呆れ返る。
「キャベツを頭に乗せて瞑想って...正気の沙汰じゃないわよ」
しかし石川は真剣にキャベツを頭に乗せる。
「やってやる!キャベツよ、俺と心を通わせろ!」
三人は農園の中央で、キャベツを頭に乗せて座禅を組む。傍から見ると完全にシュールな光景だ。
最初の10分間は何とか持ちこたえた三人だったが、疲労困憊の体にキャベツの重量は相当な負担だった。
石川の首が徐々に傾いてくる。
「くっ...重い...でも負けるもんか...」
汗と集中力で顔を歪ませながら、必死にバランスを保とうとする。
千葉は目を閉じて精神統一を試みるが、キャベツが滑りそうになる。
「うわっ!落ちる!」
慌ててキャベツを支えそうになるが、それは反則だ。
「手を使ってはダメだ!」
葉賀氏が厳しく注意する。
富山はもはや諦めの境地に達している。
「これって...本当にキャンプなの?もはや修行よね...」
20分が経過した頃、千葉のキャベツがついに落下した。
「あー!落ちた!」
「やり直しだ!」
葉賀氏の冷酷な宣告に、千葉は絶望する。
「そんな...また最初から...」
しかし石川と富山は何とか持ちこたえ、30分間の瞑想を完了した。
「やった!何とか持ちこたえたぞ!」
石川はキャベツを慎重に降ろす。富山も安堵のため息をつく。
千葉は二回目の挑戦で、今度は何とか成功した。
「第二の試練もクリアだ」
葉賀氏が認めると、三人は再び地面に崩れ落ちる。
「もう...限界...」
富山が弱々しく呟く。
「最後の試練は何ですか...?」
千葉が恐る恐る尋ねる。
葉賀氏は山の奥を指差す。
「あの山の頂上にある湧き水を汲んでこい。その清らかな水で育ったからこそ、うちのキャベツは最高なのだ」
三人は山を見上げて愕然とする。結構な高さの山だ。
「登山...ですか...」
石川も流石に躊躇する。
「そうだ。その水でキャベツを洗って食べろ。そうすれば真の味が分かる」
富山は完全に諦めモードだ。
「もう...やりたい人だけやって...私はここで待ってる...」
しかし石川は立ち上がる。
「いや!ここまで来たら最後まで やり遂げる!行こう、皆!」
千葉も覚悟を決める。
「やるしかないですね...」
富山は渋々立ち上がる。
「もう...なんで私がこんなことを...」
山登りが始まった。すでに疲労困憊の三人にとって、登山は地獄そのものだった。
石川は息を切らしながら先頭を歩く。
「はぁ...はぁ...キャベツのため...焼きそばのため...」
彼の足はもうガクガクと震えている。一歩一歩が重く、時々よろめきそうになる。
千葉は石川の後を必死についていく。
「も...もう...無理...」
彼の顔は真っ青で、今にも倒れそうだ。汗は滝のように流れ、呼吸も浅く速い。
富山は最後尾で、もはや半分意識を失いかけている。
「なんで...私が...山登り...」
彼女の足取りはフラフラで、時々木にもたれかかって休憩している。
30分ほど登った頃、石川の足に激しい筋肉のけいれんが起こった。
「うぐあああ!足が!足がつった!」
石川はその場で悶絶する。ふくらはぎが石のように固まり、激痛が走る。
千葉も限界だった。
「石川!大丈夫ですか!僕も...僕も限界です...」
彼は木にもたれかかり、肩で息をしている。
富山は完全に動けなくなった。
「もう...だめ...置いていって...」
三人とも遭難者のような状態だったが、それでも諦めなかった。
互いに支え合いながら、ゆっくりと山を登り続ける。
途中、野生動物の気配に怯えたり、急な斜面で滑り落ちそうになったりと、様々な困難に見舞われた。
石川は斜面で足を滑らせ、危うく谷底に落ちそうになる。
「うわああああ!」
千葉が必死に石川の手を掴んで助ける。
「石川!しっかりして!」
富山は険しい岩場で足を挫きそうになる。
「痛い!足首が...」
それでも三人は支え合い、励まし合いながら登り続けた。
ついに山頂に到達したのは夕方だった。三人はもはや立っているのがやっとの状態だ。
「やった...ついに...頂上だ...」
石川は息も絶え絶えに呟く。
山頂には確かに清らかな湧き水があった。透明で美しい水が岩の隙間からこんこんと湧き出ている。
「これが...伝説の水...」
千葉はその水を見て感動する。
三人は湧き水を汲み、一口飲んでみる。
「うまい...本当に清らかで美味しい水だ」
石川が感動の声を上げる。疲労困憊の体に、清涼な水が染み渡る。
富山も水を飲んで、少し元気を取り戻す。
「確かに...美味しい水ね...」
水を汲み終えた三人は、今度は山を下らなければならない。下山も登山と同じくらい大変だったが、何とか農園まで戻ってきた。
時刻は夜になっていた。三人は完全にボロボロの状態で葉賀氏の前に立つ。
「水を...汲んできました...」
石川が震え声で報告する。
葉賀氏は三人の姿を見て、満足そうに頷く。
「よくやった。君たちの根性、確かに受け取った」
そう言うと、葉賀氏は立派なキャベツを三人の前に置く。
「これが我が農園の最高級キャベツ『レジェンド』だ。ソースとの相性は抜群。きっと最高の焼きそばが作れる」
三人はキャベツを見て、涙を流す。
「やった...ついに手に入れた...」
石川は感動で声を詰まらせる。
「本当に...本当に美味しそうなキャベツですね...」
千葉も感無量だ。
富山でさえ、このキャベツを見ると感動している。
「確かに...普通のキャベツとは違うわね...」
葉賀氏は微笑みながら説明する。
「このキャベツは、山の清水と愛情をたっぷり受けて育った。葉は分厚く、甘みが強く、ソースの旨味を最大限に引き出してくれる。焼きそばには最高の相棒だ」
三人は恐る恐るキャベツを受け取る。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる三人に、葉賀氏は満足そうに微笑む。
「君たちなら、きっと最高の焼きそばが作れる。頑張れ」
キャンプ場に戻った三人は、早速調理の準備を始める。しかし、一日中の過酷な試練で体はボロボロだった。
「やっと...やっと調理できる...」
石川は感動で震え声になっている。手には傷だらけの軍手、顔は日焼けと泥で真っ黒だ。
千葉もキャベツを大切そうに抱えている。
「このキャベツで作る焼きそば...絶対美味しいですよね」
富山は疲労困憊だが、それでも調理に参加する。
「ここまで来たら...最後まで付き合うわよ...」
まずはキャベツを洗う。山頂から汲んできた清らかな水で丁寧に洗うと、キャベツがより一層美しく見える。
「うおお...この緑色の美しさ!」
石川が感動する。確かに普通のキャベツとは違う。葉がしっかりしていて、色も鮮やかだ。
キャベツを切り始めると、その瞬間に甘い香りが立ち上る。
「うわあ...いい匂い!」
千葉が驚く。普通のキャベツでは感じられない、何とも言えない甘い香りがする。
富山も驚く。
「本当に...普通のキャベツとは全然違うのね」
いよいよ調理開始だ。石川はコンロに火をつけ、フライパンを熱する。
「よし!いよいよ伝説の焼きそば作りの始まりだ!」
彼の目は完全に燃えている。一日中の苦労が、この瞬間のためだったのだ。
フライパンに油を敷き、まずは豚肉を炒める。そこにキャベツを投入する。
ジュゥウウウウ!
キャベツがフライパンに触れた瞬間、今まで聞いたことのない美しい音が響く。
「おお!この音!」
石川が感動する。
キャベツを炒めていると、さらに甘い香りが立ち上る。その香りは三人を魅了した。
「うわあ...なんて甘い香り...」
千葉が陶酔したような表情を浮かべる。
富山も思わず鼻をひくひくさせる。
「確かに...普通のキャベツじゃこんな香りしないわよね...」
続いて麺を投入し、いよいよソースの出番だ。
「よし!キャベツのためにソースをぶっかけるぞ!」
石川は気合十分でソースボトルを握りしめる。まるで必殺技を放つかのような気迫だ。
富山は冷ややかに呟く。
「キャンプですることじゃないわよ、これ...まるで料理番組の収録みたい」
しかし石川は富山の言葉など聞こえていない。彼はソースボトルを高々と掲げ、まるで聖剣を振りかざす勇者のような表情を浮かべている。
「伝説のキャベツよ!俺のソースを受けてくれ!うおおおおおお!」
石川は雄叫びを上げながら、ソースを豪快にかける。ドバドバと大量のソースがフライパンに注がれる。
「ちょっと石川!かけすぎよ!」
富山が慌てて止めようとするが、時すでに遅し。フライパンの中は真っ黒なソースで埋め尽くされている。
千葉は心配そうに見守る。
「大丈夫ですか...?ソースが多すぎるような...」
「心配無用!これくらいが丁度いいんだ!」
石川は自信満々で焼きそばをかき混ぜる。すると、不思議なことが起こった。
大量のソースが、キャベツの甘みと絶妙に調和し始めたのだ。普通なら塩辛すぎるはずのソースが、キャベツの自然な甘さによってマイルドになっている。
「あれ...?なんかいい感じの香りが...」
富山が驚く。確かに、嫌な匂いではない。むしろ食欲をそそる香りが漂っている。
千葉も鼻をひくひくさせる。
「本当だ...これは美味しそうな匂いですね」
石川は得意げに胸を張る。
「だろう?これが伝説のキャベツの力だ!」
焼きそばが完成した。三人は息を呑んでその仕上がりを見詰める。
フライパンの中には、艶々と光る焼きそばがあった。キャベツは程よく炒められ、透明感のある美しい緑色を保っている。ソースは全体に行き渡り、麺一本一本がコーティングされている。
「うわあ...見た目からして違う...」
千葉が感動の声を上げる。
富山も思わず見とれる。
「確かに...普通の焼きそばとは全然違うわね...」
石川は震える手で箸を取る。
「いよいよ...実食だ...」
三人は同時に箸を伸ばし、一口分の焼きそばを取る。そして、息を合わせるように口に運んだ。
その瞬間――
「うまああああああああい!!!」
三人は同時に絶叫した。
石川の目は完全に白目を剥いている。
「こ、これは...なんという旨味...キャベツの甘みがソースの塩気と完璧に調和して...」
彼の体はガクガクと震え、感動で立っていられない。膝をついて地面に手をつく。
千葉は箸を持つ手が震えている。
「シャキシャキの食感!でも柔らかくて甘くて...ソースが絡んで...あああああ、なんて幸せな味なんだ!」
彼の目からは感動の涙がポロポロと流れ落ちている。
富山は口を押さえて驚愕している。
「嘘でしょ...こんなに美味しいなんて...キャベツがこんなに甘いなんて信じられない...」
彼女の頬は上気し、完全に料理に魅了されている。
石川は二口目を食べて、さらに感動する。
「キャベツの甘みが口の中でとろける...そして麺との絡み具合が絶妙だ...これはもう芸術作品だ!」
彼は感動のあまり、天を仰いで大げさに手を広げる。
千葉は夢中になって食べ続ける。
「止まらない...箸が止まらない...このシャキシャキ食感とソースの旨味が...もう最高です!」
彼の食べるペースはどんどん加速していく。
富山も負けじと食べ続ける。
「悔しいけど...これは本当に美味しいわね...石川の変な企画だと思ってたけど...」
三人は無言で焼きそばを食べ続ける。フライパンいっぱいに作った焼きそばが、あっという間に減っていく。
「あああ...この至福の時間がずっと続けばいいのに...」
石川は陶酔したような表情で呟く。
千葉は食べながらも感動で震えている。
「こんな美味しい焼きそば、生まれて初めてです...」
富山は普段のクールな態度を完全に忘れ、夢中になって食べている。
「もっと...もっと食べたい...」
ついに焼きそばを食べ終わった三人は、しばらく言葉を失っていた。
石川は地面に大の字に倒れ込む。
「はあ...はあ...昇天しそうだった...本当に天国の味だった...」
彼の顔は完全に幸せそうで、まるで悟りを開いた僧侶のような表情だ。
千葉も同じように倒れ込む。
「僕...僕、今まで焼きそばを食べてたと思ってましたけど...あれは焼きそばじゃなかったんですね...これが本当の焼きそばだ...」
富山は座り込んだまま、放心状態になっている。
「信じられない...まさかキャベツでこんなに味が変わるなんて...」
三人は満足感と疲労で、しばらくその場で休憩していた。
「今日一日...本当に大変だったけど...」
石川がゆっくりと起き上がる。
「でも、最高の焼きそばが食べられて良かった」
千葉も同意してうなずく。
「はい!あの過酷な試練も、この美味しさを味わうためだったんですね」
富山は複雑な表情を浮かべる。
「まあ...結果オーライってことかしら...でも次回はもう少し普通のキャンプがいいわね」
石川は立ち上がって、夜空を見上げる。
「いや!次回はもっとグレートなキャンプを企画するぞ!」
富山は慌てて立ち上がる。
「ちょっと待って!もうこりごりよ!」
千葉は笑いながら間に入る。
「まあまあ、今日はゆっくり休みましょう」
その時、隣のサイトから拍手の音が聞こえてきた。見ると、他のキャンパーたちが三人の様子を見守っていたのだ。
「すごい情熱的な料理でしたね!」
中年の男性キャンパーが声をかけてくる。
「香りがこちらまで漂ってきて、とても美味しそうでした」
若いカップルのキャンパーも笑顔で話しかけてくる。
石川は照れながらも、得意げに胸を張る。
「ありがとうございます!これが俺達の『グレートなキャンプ』なんです!」
千葉も嬉しそうに説明する。
「今日は特別なキャベツを使った焼きそばを作ったんです!」
富山は恥ずかしそうに俯く。
「皆さんお騒がせして...すみませんでした」
しかし、他のキャンパーたちは好意的だった。
「いえいえ、楽しそうで良かったですよ」
「キャンプはこうでなくちゃ!」
石川は調子に乗って宣言する。
「次回の俺達のグレートなキャンプもお楽しみに!今度は伝説のタマネギを求めて...」
「石川!」
富山が慌てて石川の口を塞ぐ。
「もう余計なことは言わない!」
周りのキャンパーたちは大笑いしている。
「面白い仲間ですね」
「また今度お会いしましょう」
夜も更けて、三人はようやくテントに戻った。
石川はテントの中で、まだ興奮が収まらない様子だ。
「いやあ、今日は本当に充実した一日だった!」
千葉も満足そうに横になる。
「疲れたけど、すごく楽しかったです」
富山は疲れ切った様子でシュラフに潜り込む。
「もう...今日だけで十分よ...」
しかし彼女の表情は、どこか満足そうでもあった。
「でも...確かに美味しかったわね...あのキャベツ」
石川は既に次回のプランを考えている。
「次は伝説のタマネギだ!きっとカレーに最高だぞ!」
富山は枕を石川に投げつける。
「寝なさい!」
千葉は二人の様子を見て笑っている。
「皆さん、お疲れさまでした。おやすみなさい」
三人の笑い声がテントから漏れている。
翌朝、石川は相変わらず元気いっぱいで目を覚ました。
「おはよう!今日もいい天気だ!」
千葉も爽やかに起きる。
「おはようございます!昨日の焼きそば、まだ味を覚えてます」
富山は寝ぼけ眼で起き上がる。
「おはよう...昨日は夢だったのかしら...」
しかし、フライパンに残った焼きそばのソースの跡を見て現実を思い出す。
「やっぱり現実だったのね...」
朝食を食べながら、三人は昨日のことを振り返る。
「葉賀さん、優しい人でしたね」
千葉が思い出して言う。
「ああ、厳しそうに見えて、実はいい人だった」
石川も同意する。
富山は複雑な表情だ。
「まあ...結果的に良い経験だったけど...もう二度とあんな試練は嫌よ」
「でも富山、君も最後は楽しんでただろう?」
石川がニヤリと笑う。
富山は頬を赤らめる。
「そ、そんなことないわよ!」
千葉は二人の様子を見て微笑む。
「でも、本当に仲良しですよね、お二人とも」
キャンプ場を出発する時、葉賀農園の前を通りかかった。葉賀氏が畑仕事をしているのが見える。
三人は車を止めて、挨拶に向かう。
「葉賀さん!」
石川が声をかけると、葉賀氏は笑顔で振り返る。
「おお、昨日の若者たちか。どうだった?キャベツの味は?」
「最高でした!」
三人は同時に答える。
葉賀氏は満足そうに頷く。
「それは良かった。また機会があったら寄ってくれ」
「はい!必ず伺います!」
石川が元気よく答える。
千葉もお辞儀をする。
「本当にありがとうございました!」
富山も素直に感謝する。
「貴重な体験をさせていただいて...ありがとうございました」
葉賀氏は温かい笑顔で見送ってくれた。
「気をつけて帰れよ」
車に乗り込んだ三人は、山道を下りながら昨日のことを話し続ける。
「本当にすごい一日だったね」
千葉が感慨深く言う。
「ああ、忘れられない思い出になったな」
石川も同感だ。
富山は窓の外を見ながら呟く。
「まあ...たまにはこういうのも悪くないかもね」
石川は運転しながら、既に次回のプランを練っている。
「次回は伝説のタマネギ探しだ!きっともっとグレートな冒険になるぞ!」
千葉は期待に胸を膨らませる。
「楽しみです!どんな試練が待ってるんでしょうね」
富山は深いため息をつく。
「もう...懲りないのね、この人たちは...」
しかし彼女の口元には、小さな笑みが浮かんでいた。
車は山道を下り、次の冒険への期待を乗せて走り続けていく。
「俺達のグレートなキャンプは続くぞ!」
石川の宣言が山にこだまして、物語は幕を閉じる。
こうして、伝説のキャベツを求めた過酷な冒険は終わったが、三人の友情はさらに深まり、次なるグレートなキャンプへの期待が高まるのだった。
富山は心の中で呟く。
(まったく...でも確かに、普通のキャンプじゃ味わえない達成感があったわね...次回はどんな無茶を言い出すのかしら...)
そんな彼女の表情は、不安と期待が入り混じった複雑なものだった。
千葉は後部座席で、昨日のことを日記に書いている。
(今日は人生で一番過酷で、一番美味しくて、一番楽しいキャンプだった。石川さんのおかげで、また素晴らしい体験ができた。次回も絶対参加しよう!)
石川はハンドルを握りながら、満足そうに微笑んでいる。
(やっぱりキャンプは最高だ。仲間と一緒に困難を乗り越えて、最高の料理を味わう。これぞグレートなキャンプの醍醐味だ!次回はどんな伝説を探しに行こうかな...)
三人を乗せた車は、夕日に向かって走り続けた。
「俺達のグレートなキャンプ111」は、こうして伝説となったのである。
【完】
『俺達のグレートなキャンプ111 美味しい焼きそばを作る為に伝説のキャベツを入手せよ』 海山純平 @umiyama117
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます