Chapter6

The Intrusion : Willow Creek

 マウンテンは一階の書斎で、両手首を縛られ座り込む子供を見下ろしていた。ダニエルが攫ってきた、ウサギの連れだ。


 ダニエルによって口にねじ込まれていた布が取られると、子供が乱れた長い髪を揺らしながら咳き込んだ。ダニエルが子供の髪を掴み、顔を上げさせる。榛色ヘーゼルの大きな瞳が周囲を確認するように動いた。


「ウサギは今どこにいる」

「知らない」


 子供がそう答えた瞬間、ダニエルが子供の頬を殴った。絨毯の上に倒れ込んだ子供の胸倉を、殴ったのとは逆の手が乱暴に掴み上げる。


「女子供でも容赦しない。質問に答えろ!」

「知らない! 言わない!」

「このガキ!」


 再び、ダニエルの拳が飛んだ。子供がまた拒否の声を上げたため、何度も拳が振るわれる。それを、ソファにいるランドルが黙って見ている。


 マウンテンはデスクに肘をつきながら、傍にいるパメラ、ボグと共にその光景を見ていた。ダニエルは容赦しないと脅したが、一応手加減はさせている。まだこの子供には、ウサギに対する盾という価値があるからだ。そうでなければ早々に失神しているだろう。


 しかし、いくら殴られても子供が口を割る様子がない。それどころか、泣き出しもしない。


 業を煮やしたのか、ダニエルが子供を離して銃を抜いた。仰向けに倒れた子供の顔へ銃口を突きつける。子供の殴られた頬は腫れ、口端には血が滲んでいるが、榛色ヘーゼルの瞳にはまるで揺らぎがなかった。


「死にたいのか!」

「殺すなら殺せばいいじゃない!」

「なんだって?」

「あたしを殺したら、あたしが妖精さんになって、ウサギさんを連れてくるから! そしたら、ウサギさんがあんたたちを殺すんだから!」


 そう言い放った子供が、ふいに悲しげに眉根を寄せた。


「あ、でも、そうしたら……、妖精さんになったあたしのところに、ウサギさん……きてくれるかなぁ……」


 はらはらと涙を零し始めた子供に、ダニエルが困惑したように動きを止めている。

 マウンテンは虚空を見ているような子供の瞳を見ながら、二つのことを確信していた。


 ひとつは、この子供は死を怖れていないということ。死を怖れぬ部下を数多く従えている身ゆえに、その心構えは目を見れば分かる。

 もうひとつは、どうにも子供だということだ。

 

 パメラが傍から離れた。同情的な表情で子供に近づき、しゃがみこんで子供の頭を撫でる。すると、子供が不思議そうにパメラを見上げ、濡れた頬でふにゃりと笑った。


「……もういい、ダニエル。これ以上尋問しても無駄だ。吊れ」


 視線で指示を仰いできたダニエルに、マウンテンは浅く頷いてやった。



◇◇◇



 深夜のウィロークリーク・ビレッジに、グレンはウサギと共に来ていた。この地域は保守的で、プライバシー意識の強い富裕層が住民だ。監視カメラが多く、コミュニティ内道路の多くには住民専用のゲートもあるらしい。夜間は施錠されている可能性が高く、見知らぬ車が近寄ればすぐに通報されてしまうとのことだった。


 グレンたちは地区の外側までスタンリーの部下に車で送ってもらい、そこから険しい森の中を歩いてマウンテンの邸宅へとやってきていた。その甲斐はあった。広大な庭に面した森には高い壁が存在しなかったのだ。


 あれからハーレーとスタンリーが何やら段取りについて話し、グレンはスタンリーが用意してくれた幾つかの小型爆破装置をもらった。その間にハーレーは一旦アジトに戻ったようで、昨夜見たウサギマスクを被った出で立ちで現れた。灰色グレーのウサギ頭に、黒スーツ、黒のレースアップブーツ。こだわりなのかネクタイだけが灰銀色シルバーグレーだ。


 目前にしている邸宅の広大な庭と森が繋がっていることは、スタンリーからの情報だった。彼は以前から周辺にスパイを送り込んでいたのだ。定期的に庭師の一員として入り込ませ、周辺の様子やマウンテンの動きを見張っているのだという。


 まだ若い犯罪組織モッブボスながら、なかなかやるな、というのがグレンの素直な感想だった。爆発物などの備品調達能力も高い。この街の様々な場所とうまく繋がっているのだろう。なるほど、ハーレー——ウサギが彼を重宝するわけである。


 爆発物については、ほどほどにしろと言われた。警察に踏み込まれれば厄介なことになると。「あんただってマズいだろ」というスタンリーの見解は間違ってはいないが、正しくはない。


 グレンはウサギから少し離れ、サイレントモードにしていた携帯電話スマートフォンを見た。なぜだか指揮官パトリックからの着信が何度も入っている。しかしグレンはその理由に思考を傾けることなく、パトリックへ電話をかけた。電話帳を繰る必要がなくてちょうどよい。


 ツーコールで出たパトリックへ、グレンは一方的に告げる。


「今からマウンテンの邸宅へ侵入する」


 すぐに電話を切り、電源を切った。止められるのが分かっているからだ。


 グレンはウサギと共に、森の中から監視カメラを探した。耳に届くのは夏虫の音だけだ。庭をリフォーム中なのか、工具や資材を積んだトラックが数台停められている。一時的に身を隠すにはちょうどよい。これもスタンリーからの情報通りだ。


 死角となるルートを取り、警備の者が巡回する明るい庭の樹々の陰を渡り歩き、グレンたちは使用人が使う裏口へと辿り着いた。どうやらここの警備は警備会社ではなく、マウンテンが直接雇用した者たちが担っているようだ。揃った制服姿ではなく服装はそれぞれで、いかにも元軍人やギャングらしき風体をしている。


 裏口を選んだ理由は、正面玄関の方が警備が厳重だからだ。スタンリーが持っていた情報からも、ここからなら比較的見つかるまでの時間を稼げるだろうということだった。


 監視カメラを見つける速度は圧倒的にウサギが早かった。ルート選択にも長けており、認めたくはないが泥棒としての不法侵入能力は確かに高いようだ。


 ウサギは隙のない動きで、裏口の向かい側に半身を付けている。

 グレンは表情のないウサギの顔をチラと見た。


「言っておくが、お前と慣れ合う気はないぞ」

「フン、言われなくとも。私は私のやり方でミアを探す」


 裏口の鍵をいとも簡単にピンで開けたウサギが、音もなく中へと入っていく。グレンもそれに続いた。




 ランドリーとキッチンを素早く抜ける。照明が消えている部屋は、監視カメラに映ったとしても使用人と誤認してくれる可能性が高い。セキュリティルームでカメラチェックをしているのは人間だ。使用人エリアだという感覚が警備側にはあるはずで、それゆえのエラーを期待する。


 グレンは爆発物をキッチンのコンロ下へ設置した。ガス管近くなら、確実に火事を起こせるからだ。庭のトラックにも、すでに仕掛けてある。


 グレンはウサギと共に乗り込みはしたが、それは別の場所から侵入した場合に鉢合わせ、誤射することを避けるためだった。爆発物を使うのは、敵に気付かれた場合に気を逸らすためでもあり、近隣住民に火災と騒動を知らせるためでもある。深夜であろうと、気付かれれば警察に通報されるだろう。消防、救急も駆けつけるだろう。それでいい。


 ウサギは叩けばほこりの出る身ゆえ、花澄を助けたら事を荒立てずに立ち去りたいのだと思う。だがグレンの考えは違う。むしろことを荒立て、マウンテンもろともウサギも押さえたい。そうすれば、花澄をウサギと物理的に引き剥がすことができる。花澄とゆっくり話し合うのは、それからだ。


 キッチンの二つある出入口のうち、廊下の方を窺うと、向かいに金属製の扉があった。通常のドアノブではなくレバーハンドルで、明らかに他の木製の扉とは異なっている。おそらくセキュリティルームだろう。まずはここを制圧し、カメラ映像で花澄を捜すのが得策だ。


 そう思っていると、ウサギに片手で“インターホンを押せ”と指示された。ずいと目の前に出されたのは、コーヒーカップを二つ乗せたトレーだ。キッチンから取ってきたのだろう。ご丁寧にインスタントコーヒーが淹れられており、不覚にも芳ばしい香りに鼻をくすぐられた。


 ウサギの意図を理解したグレンは、返事をせずにトレーを受け取った。使用人のふりをするのは、長い耳のある怪しいウサギ男より明らかに自分の方が適しているからだ。


 俯き気味に、グレンは監視カメラに映っていることを意識しながら扉前に立った。扉横のインターホンを押すと、少し経ってから扉が開く。


「コーヒーか、有難いぜ。新人か?」


 そう言って受け取とうとする男にトレーを渡し、奥にもう一人座っていることを確認する。扉をチラ見したグレンは強引に室内に押し入り、後ろ手で扉を閉めた。


 驚いた顔をした男の顔に淹れたてのコーヒーをかけ、悲鳴を上げて後退した男と入れ替わりで殴りかかってきた男を殴り倒す。トレーと共にコーヒーカップが割れる音が室内に響くが、グレンは構わなかった。セキュリティルームというのは雑音が入ると監視の意味を為さない場合が起こりうるため、防音と遮音設計がされているものなのだ。入った時に確認した厚みのある扉はゴムパッキン付き。加えて、窓もない。気密性の高い部屋であることは一目瞭然だった。


「貴様ァ! どこの手の者だ!」

「三文字の組織だな」


 コーヒーで濡れた顔を押さえながら向かってきた男に答えながら、グレンは組む前に腹に深い一発を入れて沈めた。そういえばFBIやDHSなども三文字だったな、と思う。


 扉を少し開けてやると、ウサギがすぐに入ってきた。


「やるな」


 感心したような呟きが聞こえたが、グレンは構わず壁面の監視カメラ映像に視線を走らせた。これで、どこにカメラが設置されているかも大体分かる。


「息があるのか?」


 ウサギに問われ、グレンは「ああ」と答えて振り返った。

 消音装置サプレッサーを取り付けた銃を手にしたウサギが、意識を失っている男の頭部を撃った。そしてもう一人の襟首を持って揺さぶり、覚醒させる。呻き声を上げ、男が目を開けた。見下ろすようにして、ウサギが銃口を彼に向ける。


「一度しか聞かないからしっかり答えろ。ああなりたくなかったらな」


 男の視線が隣に向かい、目を見張ったのが分かった。


「娘を攫っただろう。どこにいる」

「……ハッ、知ってても教えてやらねぇよ!」


 男が反抗的な態度を取った次の瞬間には、こもった短い発射音が鳴っていた。ウサギが男を撃ち、とどめを刺したのだ。


 グレンはウサギのやったこと――男の時間稼ぎに付き合う時間はない——に異論はなかった。ただ驚いたのは、ウサギの判断の早さだ。


 今、ウサギは顎に手を当ててカメラ映像に顔を向けている。あのマスク越しにどのように見えているのは分からない。


「……!」


 グレンは映像に思わぬ人物を見つけ、身を乗り出した。灯りを持ちながら地下のワインセラーらしき場所を歩いている男には見覚えがある。前屈みの姿勢、細い体つき。あの埠頭で見た爆弾魔ボマーデリック・ランドルではないか。


 よくよく縁があることを苦々しく思いながらも、花澄の居所を知っているかもしれない期待を寄せる。彼は邸宅で起こっていることを知らされないような、下っ端ではないはずだからだ。


「僕は地下を探す」


 グレンは拳を強く握り締め、ウサギに先んじてセキュリティルームを出た。



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