零感小夜さんと守護霊月白守 怪異無双

天音紫子&霧原影哉

怪異無双Ep.1 パワーストーンが割れる夜

 夜の湿った風が吹き抜けるたび、廃トンネルは笛のように鳴いた。

 壁には無数の落書きと手形。ところどころにヒビの入ったコンクリートの隙間からは、黒々とした蔦が垂れ下がっている。

 小夜は、その中央にぼんやり立っていた。


「ほら! 出るって有名なんだよここ! な、何か感じない? 背筋がゾワッとするでしょ!?」

 隣で肩をすくめているのは、オカルト好きの友人・由美だ。

 スマホのライトを握りしめ、必死に小夜の反応をうかがう。


「うーん……寒いけど、それは夜だからじゃない?」

 小夜は、無表情でそう答えた。

 その顔は、まるでコンビニに夜食を買いに来たような気楽さだ。


 由美は一瞬あっけに取られ、次の瞬間、背後で何かが軋む音に悲鳴を上げた。

「今、聞こえた!? ほら、小夜、あそこ……っ!!」


 由美が指差す先。

 トンネルの闇の奥で、無数の黒い手がもぞもぞと動いていた。

 闇から生えたのか、闇そのものが形を持ったのか分からない、どす黒い指先。

 その中心で、暗い顔の影がゆっくりと小夜と由美を見ている。


 ——『みつけた……』


 闇の中から聞こえる、不気味な低い声。

 だが、小夜は耳を軽くつまんで、由美に向き直った。

「ごめん、よく聞こえなかった。帰る?」


「ええぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!?」



---


 その夜、自室。

 帰宅した小夜は、窓際でお茶を淹れていた。


「ふう……。」


 部屋の中では、カタ……カタ……と壁が鳴り、黒い影が天井を這い回っていた。

『やっぱり、ついてきやがったな……』


 どこからともなく、深いため息混じりの声が響いた。


 黒い影の前に立つのは、長身の男だった。

 着物を着流しにし、煙草を指に挟んだ、文学的な風貌の男。

 それが小夜の守護霊、月白守(つきしろのかみ)だった。


『……なあ、小夜。お前、いいかげんにしろよ……。』


「んー?」

 小夜は湯呑を手に、振り向く。

「まだいたの?」


『“まだ”じゃねえ……お前の友達の怪異だろ、これ。連れて帰るなっつの!』


 床の隅に置かれた小箱には、由美用に用意された予備のパワーストーンのブレスレットが数本入っている。

 そのひとつが、カチリと音を立てて砕けた。


「おぉ……割れた。」


 小夜は感動したように覗き込み、割れたビーズをつまみ上げる。

「これ、守護梵字に四神獣に守護星座に誕生日石も入れてあるから、素人にしては完璧だと思ったんだけどなぁ。」


 そう言って、感心してるのは小夜だけだ。


 月白守はこめかみを押さえ、怪異の黒い影に向き直る。

『……ごちゃまぜが過ぎるんだよ!!! 効いてるのか効いてないのか分かんねぇんだよ!!!』


 怪異はとうとう形を成し、小夜に向かって這い寄ってきた。


 月白守は煙草を投げ捨て、ゆっくりと袖をまくった。

 その手が怪異の胸倉を掴み上げ、低く響く月白守の怒声が部屋を震わせた。


『邪魔するのはお前かァァァァ!!!』


 無数の黒い手がバチン、と空気を裂く音とともに弾け飛ぶ。


『ったく……いくつ割れば気が済むんだ? また全部割れるとこだったろうが……。』


 床の上に残るのは、砕けたパワーストーンの残骸だけで、怪異は痕跡も残さず消え去っていた。



---


 翌朝。小夜は、無傷のブレスレットをひとつ小箱から取り出し、由美に手渡した。


「ほい。これ、また割れたら言って。」


「……ありがと。あんた、全然怖がらないよね……。」


「んー? まぁ、怖いもん視えないし。」


 小夜は無表情のまま、おかっぱの髪を軽く直し、鞄を肩にかける。


 背後で、月白守がくしゃくしゃと頭を掻きながら、ため息をついた。


『……いやほんと、この子視えないんで。呼びかけても無駄なんで……。』

 ——それでも声だけは届く。それが俺とこの子の縁ってやつだ。

 ……出番あっても、気付いてもらえねぇのは勘弁してほしいけどな。



---


To Be Continued…

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