吾輩は招き狐である

緑川メイ

第1話 吾輩は招き狐である。

とある寂れた商店街の端にはよく言えばアンティークな、悪く言えばガラクタとしか思えないような物品を置いてある店があった。

この店には看板がなければ、暖簾もない。ガラスショーケースさえなければ店だということも分からない有り様だった。

特徴的なものといえば、店の前にある青色のペンキが剥がれかかったベンチとその上にひっそりとただずんでいる、左手をあげている招き猫ならぬ招き狐が置いてある。


それが我輩である。吾輩は唯一無二の招き狐なのである。名前もたくさんある。隣の隣にあるコロッケ屋さんのおばちゃんにはコンちゃんと名付けられ、向かいにある時計屋のサトウのおっちゃんにはただのキツネ、帰り道ここを通る学生たちには・・・・・


うーんと何だったか・・・取り敢えずたくさんの名前が吾輩にはある。


それで何の話をしていたのか・・・・そう!この店の話だ。このお店の名前はない。何を売っているのか、そもそもどういう内容のお店なのか吾輩にも分からない。それもそのはず、このお店にはお客さんが来ないのだ。元々人通りが少ない上に、たまにやってくる観光客の中で本当に稀にショーケースに入っているものを買いたいという変人もいるが、いかんせん店主が日中にはいない。


この店の店主は日中、店には顔を出さず、夜中の午後1時から2時の間にしか来ない。それも毎日ではなく、ぽつらぽつらと月によっては長い期間、店に足を運ばないことだってある。全く!本当に商売をする気があるのかと問いたくなるほど腹立たしい!


夜のそよ風が招き狐の頬を撫でるように吹く。結局、今日も誰も来ないのかと思い招き狐は落胆した。しかし、コツンコツンと革靴の音がどんどん近づく。招き狐は実際には動かないが、耳をピン!と立てた。勘違いではないこちらに向かってくる足音だった。


ドサ!


二十代後半くらいの男性が招き狐の隣に腰掛けた。どうやら男性は酒臭く、酔っ払っているようだった。時々「ううぇ・・・」などのうめき声が聞こえてくるかと思えばいきなり一人語りを始めた。


今夜はどうやら退屈しなさそうだ。招き狐は嬉しく思った。

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