塵芥に帰す
@Suzu_suzume
上
……はじめから、届かないと教えてくれたなら手を伸ばさずにいられたのに。
弱さを吐き出すしても、惨めで情けなくてみっともない自分は消えなかった。
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ガツン、ガツンと岩を叩く音が響く。
それは僕にとっての目覚めの合図だった。
(……今日は7地区開拓か)
意識が浮かび上がるにつれ大きくなる音に嫌気がさした。
カーテンを開けるとやはり隣の7地区が新しく開拓されているようで、雑な柵の中で作業員たちが必死に下へ空間を作り出していた。
先日僕が住む8地区の開拓も近いと思うとさらに気分が落ち込んできた。
開拓という制度も気に食わない。
大して広くもないこの世界が人で溢れる前に下へ下へと居住区を伸ばす制度。
1から順番にめぐり、永遠と広がり続ける。
…何よりも開拓中の『仕事』がほんっとうに気に食わないのだ。
溜息をつきながらコンロの前でグツグツと音を立てるスープを睨みつけた。
朝にはじゃがいものスープとキノコのソテー。
定番の品に感想も何も浮かばない。
適当に食べながら先日読んだ本のことをぼうっと考えた。
………僕が生まれる50年程前までは今のように土に覆われたところではないところに住んでいた。
正確に言うと今僕らが住んでいるのは土の中で、昔は土の上で暮らしていたらしいのだ。
土の上にはラピスラズリのような色の空があって、オパールのような雲が浮かんでいるらしい。
何ともファンタジーな本だと思ったがこれが現実ならどれほど素敵だろうとも思った。
見飽きた土の空も、壁を這うツタもない世界はどれほど美しんだろうと。
想像するだけで楽しいその世界に思いを馳せている間に、バタバタと足音がした。
と思えば勢いよくガチャりと家のドアがひらく。
「ただいま!兄さん!」
「おかえり…って、また土埃だらけで……どうせ父さんのとこだろ?」
屈託なく笑う弟は正解!と言うと手に持ったツルハシを壁に立てかけた。
「まったく、別にお前も僕もまだ子供なんだから開拓を手伝わなくてもいいんだ」
「違うよ!僕がやりたいからやってんだ。
それにでっかい岩を崩れないように割るのは得意なんだから」
そう自慢げに話す弟だけれど、僕はその細腕が日に日に筋肉をつけていく様子にいつもなんだかやりきれない思いを抱えていた。
「……そう。
朝から疲れたろう?
今からご飯作るからちょっと待ってな」
そう言って自分の朝食を片付けて、同じきのこのソテーを作る。
これが僕の日常で、僕らの普通だった。
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「…5日後、7地区の開拓が終わる。
そろそろ準備を進めよう」
重々しく口を開いた父から発せられたのは覚悟してきた内容だった。
…僕らの住む地区の開拓が始まる。
つまり、もうすぐ出ていかなくちゃいけない。
開拓中の土地に住む人々は一旦中央地区に移動して『仕事』をしなくちゃいけない。
…僕はこの『仕事』は2度目だ。
弟が生まれる前の4歳の頃に1度開拓があった。
その時の記憶がふっと思い出され吐き気がした。
「…準備しろよ」
「はーい!……兄さん?大丈夫?」
何も知らない弟は純粋に引越しかなにかだと思っているのか、
無垢な瞳が濁るのを想像して、笑顔も貼り付けられなくなっていた。
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