主人公席にさよなら

三柿晴天

主人公席にさよなら

 学校の教室。並んだ机の配置には色々な意味が付与されるものである。

 例えば一番前のど真ん中。これは授業中に寝たり、隣とおしゃべりするような問題児に割り当てられたりするので、懲罰席とか呼ばれたりする。一方、目の悪い子が座るときはただの席である。目の悪さをネタにするのは何となくばつが悪いのだろう。子供の世界も気を遣うものなのだ。悪いやつには容赦しないが、悪くないやつには優しいものなのだ。

 さて、誰が座るかは関係ない席もある。窓側の一番後ろ、漫画で主人公がよく座っていることから主人公席と呼ばれる席。窓の外で運動している先輩を眺めたら女主人公だし、窓の外に広がる空を眺めたら男主人公だ。

 僕は空を眺めながら、今日までの主人公振りを思い返す。無遅刻無欠席だけが心を支えてくれる青春。

 今日は席替えの日。主人公最後の日。これが漫画なら史上最大のイベント。仲の良い二人がバラバラになったり、運命の二人が物語をスタートさせることだろう。だが僕にとっては終わりの日だ。主人公席にさよならして、クラスの背景に戻っていくのだ。

 そんな郷愁を背負ったまま、名前を呼ばれてクジを引くと、次も主人公席だった。

 僕、主人公じゃん。

 上機嫌で、来た席にそのまま戻ろうとする。と、一人だけ席がバラバラになった仲の良い女子グループが、異界送りになった女子を励ましていた。青春ってやつだろう。

 僕は席に座ろうとして……自分の周りがその女子グループで埋め尽くされていることに気づいた。

 こんなにグループが集まってるのに、一人だけ次元の狭間に落ちるなんて。周りの女子率の高さに気まずさもあって、僕は立ち上がった。そして、お見送り会の主役の前に割り込む。

「主人公席に座るべきは誰か? 君さ」

「え、なに、怖い」

 冷静なツッコミにも動じず、僕は主人公チケットを彼女に握らせ、彼女のクジを引き受けた。

「バーベキューで端に寄せられたコゲ肉を黙々と食べてる……それが僕なんだよ。さよならアンヌ」

「リリカですけど」

 彼女の座るはずだった席に向かうと、そこは一番前のど真ん中だった。

 背後から嬉しそうな声が上がる。

「おいおいマジか!」 

 次の瞬間、教室は今日一番の盛り上がりを見せた。

「懲罰席だ!」「懲罰席!」「授業中に寝たり外ばっか見てるから天罰下ったな!」

 僕は罵詈雑言などそよ風ほどにも感じていない様子を装いながら、主人公席の癖で左を向いた。隣は女子で、嫌そうにチッと口を鳴らした。

 そのまま首が折れそうなほど回し続けて主人公席の方を見やれば、僕のことは害獣認定されているようで、僕と同じ背景女子達が新たなる主人公を庇うようにこちらを睨み付けた。

 見なかったことにしよう。

 次の授業は国語なので、とりあえず教科書を出して予習することにした。何も考えずに開いたので、丁度先週やった夏目漱石のこころが現れる。

 その冒頭の一文が今の状況を見透かしたように思えて、開いたばかりの教科書をそっと閉じた。

 恥の多い人生を送っています。かしこ。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主人公席にさよなら 三柿晴天 @isimiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ