終章 命をつなぐ子守唄

眩しい陽射しに目を細めた。

気づけば亮太は、再び「平和の礎」の前に立っていた。

黒い石碑は冷たく光り、無数の名前が整然と並んでいる。

クラスメイトたちは先生に促され、列を作って記念写真を撮っていた。

「ピース!」

「もっと寄れよ!」

笑い声が飛び交う。

それは元の世界の日常であり、数分前まで亮太がいたはずの場所だった。

なのに、胸の奥が痛いほど遠く感じた。

耳に残るのは笑い声ではなく、波の音。

心に残っているのは眩しい太陽ではなく、星の夜と子守唄。

たったひと晩の出来事なのに、もう元の自分には戻れなかった。

胸の奥に焼き付いたものが重すぎて、ただ一人、別の世界に取り残されたようだった。

亮太は石碑に近づいた。

刻まれた名前の群れを目で追い、自分の名字を探す。

だが、どこにもなかった。

当然だ。自分はあの時代の人間ではない。

それでもあの夜、確かに生き、姉弟と共に歌った。

(僕は……見届けたんだ。命が、未来へ託される瞬間を)

胸が熱くなり、視界がにじむ。

涙はこぼれず、喉の奥だけが焼けつくように痛んだ。

そのとき。

人混みの端に立つ、一人の老人の唇が、かすかに動いた。


星よ、どうか笑って 君の夢を守って

波は静かに揺れて 眠る子を抱いて


震えた声。祈りのような響き。

だがそれは、千鶴が弟に歌い、和雄が嗚咽まじりに受け継いだ旋律そのものだった。

亮太の全身に電流が走る。

気づけば口が勝手に動いていた。


明日こそは笑って 皆の手をつないで

争いの火を消して 歌が空に届くように


石碑の前で二人の声が重なった。

老人は一瞬、驚いたように目を見開き、それから深く微笑んだ。

その微笑みは、あの夜、涙の中で必死に歌を継いだ和雄の姿と重なった。

胸の奥に押し込めていたものが、堰を切ったように溢れてくる。

失われた命への悔しさ。

守れなかった痛み。

それでも歌が未来へ届いたという誇り。

涙が視界を覆い、石碑の文字が揺らめいた。

青空の下で、星の夜に託された歌は時を越え、今も確かに響き続けていた。

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星が笑う歌――命をつなぐ子守唄 @Hiyorin25

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