34品目 甘々「パンケーキ」

「いよぉし! 今日も元気にポチッと『ビビンバ』を――!」

「押しません」


 このところさと子の中で『ビビンバ』ブームが来ていたのだが、いい加減ご飯系メニューは飽きてきた。趣向を変えて、数少ない甘い系メニューを頼んでみることにする。


「へー。こんなのあったんだ」


 受け取ったトレーをしげしげと眺めるさと子。注文したのは『パンケーキ』だ。


 平たい皿にのったパンケーキに、バターとシロップがかけられたクラシカルな路線。ナイフとフォークを手にし、切り分けたひと口をいただいた。


「……んっ。けっこう甘い」


 『ホットケーキ』の名で売っても通用するような甘さだ。ここんところビビンバばっかだったから、デザート系メニューが捗りすぎるぜ……。


 がっつりご飯を所望していたさと子も、もう甘さの虜になっていた。変わり身の早いやつだ。


「パンケーキって……パンなの? ケーキなの?」


 そんな質問を寄越してくる。おやおやさと子さん、優等生のくせにそんなことも知らんのですなあ~。


「フライで焼くからパンケーキなんだよ。オーブンとかじゃなくってな」

「ほえ~」


 そうなのだ。ポルトガル由来のあのパン屋さんの「パン」とは関係ない。


 実際、この『パンケーキ』も食事系のパンよりはるかに甘い。女子高生二人して、貴重な学食甘味系メニューに夢中になった。


「バターとかシロップとの相性も良くておいしいけど……。ちょっと量が少ないね」


 大食いガールさと子が言う。まあ、丼系の品とかに比べたらそりゃあな……。


「だからが付いてるんじゃないか?」


 私はパンケーキとともにトレーに載っていたを指差す。それはカップのコーヒーゼリーだった。


 小中学校の給食なんかでもたまに出るような、ちっこい容器に入ったやつ。学食側が調理するのでない、外注のやつだ。


「おう! あたしとしたことが忘れてたよ~」


 既にパンケーキを食べ終えたさと子が、スプーンに持ち替えてコーヒーゼリーのフタを開ける。「ん~!」とデザートのデザートに悶絶していた。


「程よい苦味が大人の味ですな~。パンケーキの後に食べるとちょうどいいね~」


 私も遅れてパンケーキを食し終え、コーヒーゼリーに入ろうとするが。どうにも口へ運ぶ気にならない。スプーンを持つ手が止まってしまった。


「れ? どしたの純ちゃん」

「う~ん……」


 どうしよう……。さと子に代わりに食べてもらおうかな……。


(いや、でも……)


 自分で『パンケーキ』をセレクトした手前、付属の品だけ肩代わりしてもらうというのはどうも気が引ける。迷った挙句、ままよとすくったゼリーを口へ入れることにした。


 ……まあ味はうまいんだ、味は。ほんのりビターで私好み……。だけど。


(うっ!)


 全部食べ終えたところでやっぱり。力なくスプーンをトレーに落とし、私は椅子に座った状態でぐったりした。


「な、何事なの純ちゃんっ⁉」


 さと子が立ち上がってこちらを覗き込んでくる。ああ……。私の方はもう意識がぼんやりとしてきた。


「ああ~……。なんか気持ちいいー……」

「へ?」


 私の漏らした力ない呟きに、さと子は目を白黒させている。その顔をもやがかかったような状態で眺めながら、私はふにゃりと締まりなく笑った。







 どうしたことだろうか……。純ちゃんが……。あのしっかり者で常識人の純ちゃんが、まるで酔いつぶれたみたいになっている……。


 へべれけ状態とでもいうのだろうか、うっとりと夢うつつなような顔をしていた。普段そんな表情を見せる人ではないのだが……?


「う~ん……さと子ぉ~……。へへへ」


 あたしはなんとなくピンときた。二人で『ナポリタン』を食した時に、純ちゃんが言っていたことを思い出す。


(そういや……コーヒー飲まないとか言ってたな……)


 あの時は理由がよくわからなかったが、今なら目の前の現象から推理できる。おそらく純ちゃんは、コーヒーのカフェインで酔っ払ってしまう――いわゆる"コーヒー酔い"の体質なのだ。


(本当にいたとは、そんな人……!)


 欧米の人にはわりと多いなんて話も聞くが、カフェイン耐性があると言われる日本人では珍しい。それも、コーヒーではなくコーヒーゼリーでなってしまうとは――!


「さと子ぉ~。……ちょい、こっち」


 テーブルの上にてろんと伸びたようになった純ちゃんが、何かあるのかあたしを指でちょいちょいと招く仕草をする。なんか居酒屋のおっさんみたいでやだなあ~と思ったが、仕方なく寄ってみることにした。


「……え? 何?」


 何かぼそぼそ発しているようだが、声が小さくてよく聞こえない。あたしが純ちゃんの口元へ耳を寄せてやると、彼女はぼそっと囁いた。


「……あ・い・し・て・る」

「うええっ⁉」


 思わぬ言葉に、あたしは悲鳴とも嬌声ともつかない上擦った声を上げてしまう。聞き間違いかと思ったが、純ちゃんはふやけた笑みでまっすぐにこちらを見ていた。


「うー……。めぬくなってきた……」


 たぶん「眠くなってきた」と言いたいのだと思う。うとうととまぶたを閉じたり開いたりすると、純ちゃんはくーと寝息を立て始めた。


「…………び、びっくりしたぁ~……」


 あたしはまだ胸の動悸が収まらない。立ち上がった状態で、しばらく純ちゃんの寝顔を眺めた。


「……普段ツンツンしてるくせに、ほんとはそんなこと思ってたのかこの子は……」


 クールな印象の純ちゃんが、急にかわいい子供のように思えてくる。ほほをぷにっとつついてやると、「う~」と小動物のうめき声のようなものを漏らしていた。







『10月18日 パンケーキ


 録音しときゃ良かったわー。とりあえず寝顔は撮っておきました。


                         純 & さと子』





 純ちゃんが寝ている間に、二人分のトレーを片づけ『感想ノート』を書いておく。終わったタイミングでテーブルに目をやると、ちょうど純ちゃんが起きたところだった。


「……あれ? さと子?」


 手を挙げてこっちだと示してやると、純ちゃんはのそのそと二日酔いのおっさんみたいに歩いてきた。ぼーっとした顔で、眠たげに目を擦っている。


「どうしたんだっけ私……。パンケーキ食べ終わったところから記憶がない……」


 酔うと記憶が残らないタイプみたいだ。あたしはぱたんとノートを閉じると、純ちゃんに向けてにやにやした顔を作った。


「あたしも純ちゃんと同じ気持ちだよ? これからもよろしくね~」

「何だ急に。同じ気持ちって……私さと子に何か言ったっけか?」

「へへ……。どうだろね~?」


 パンケーキより甘い素敵な言葉をもらったのだ。大切に胸の中に封じ込めて、あたしは純ちゃんと二人並んで歩きだした。




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