19品目 よもやの「ネギトロ丼」

「ほわっ⁉」


 券売機にお金を入れたさと子がすっとんきょうな声を上げる。どうやら普段は点灯しないボタンが光ったらしい。


「じゅ……純ちゃんこれを見て!」


 どれどれと、私はさと子と並ぶ格好でそのボタンに注目した。


「おお……」


 光っていたのは『ネギトロ丼』だ……。入学してこの方ずっとこちらの学食にお世話になっているが、ランプが点いているのは初めて見たな。


 なんとまあ珍しい。きっとマグロが安く仕入れられたとか、そういう裏の事情があるのかもしれないな。


「こりゃ売り切れ必至だよ純ちゃん。早いとこポチろうぜ!」


 という流れでさっそく注文。カウンターで品を受け取り、二人席についてパンと手を合わせた。


「いただきまーす!」「いただきます」


 同時に口にして、丼用の匙を取る。そのまま差し込む前に、まずはビジュアルから眺めてみることにした。


 まさか高校の学食で拝めるとはな……。心なしか料理そのものまで光って見えているかのようだ。


 ペースト状になったマグロが、ご飯の上にぽってりと盛りつけられている。その小脇には刻まれたネギと、刻み海苔が添えられていた。


 醤油は既にかけられているタイプだったので、丼の縁に塗ってあるわさびをちょんと付けてから、マグロとご飯を同時にすくった。


(……ん~。優勝……)


 ひと口目からこれである。意識してこらえていたが、どうしても美味しさに頬が緩んでしまった。


 やっぱりうまいよなあ、マグロ……。今日はどうやったってポーカーフェイスは無理そうだ。


「おっ、純ちゃんが久々に"おいしいの顔"になってるねえ~」


 茶化すなよ。たまにはいいだろ、本気で堪能したって。


「あたし的にはいつもそれでいて欲しいけど。よーし、あたしも切り込むぜ!」


 さと子も自分の丼に匙を差し込む。はむっとネギも一緒に口へ入れた。


「おいしい~! ネギトロの脂とネギのさっぱり感がめっちゃバランスいいですよ~!」


 グルメリポーターかお前は。そっちこそ魅力的な笑顔を爆発させて言うじゃないか。


「いや~。1学期最終日にこんなの食べられるなんて……学食側の出血大サービスかな?」


 そうなのだ。今日は1学期最後の日ということで、明日から待望の夏休みが始まる。


 丼をうまそうに進めながら、さと子は器用におしゃべりも並行し、休み中の予定について尋ねてきた。


「純ちゃんとこは合宿とかすんの? セパタクロー部」

「バドミントン部な。8月に入ってすぐのあたりであるよ」


 なんか民宿に2泊3日して、近くの体育館で特訓するとか……。そんなような話を先輩たちから受けた。


「ほうほう。海ですか? 山ですか?」

「んー、特にどっちってわけでもなかったかなあ……」


 浜辺でバーベキューするわけでもなければ、湖のほとりでテントを張るわけでもない。レジャー的な要素は特になく、淡々としたトレーニング期間になりそうだ。


「あらま。大変ですなあ~」


 さと子の天文部はというと、別段合宿と呼べるほどのイベントはないらしい。せいぜい近場で集まって、日付が変わる前に解散する程度の天体観測があるだけだと話していた。


「合宿とかしても昼やることないしね。塾通いの子とかもいるし、遠出はなしって話になったよー」

「そっか」


 さと子はイベントごととか好きだろうに……。みんなでワイワイ泊まりで過ごすって行事がないのは、けっこう寂しいと思ってるだろうな。


「パパも仕事が忙しいみたいで、家族旅行みたいなのも特にないっす。ママと二人でってのもパパに悪いしねー」


 お父さんが参加できないので、家族での旅行も実現せず。粛々と過ごす夏休みになりそうだとぼやいていた。


「あ~あ。こんな時誰かさんが誘ってくれたらいいのになー、旅行とか」


 チラッと、露骨にこちらに目配せを送ってくるさと子。ストレートすぎるサインを受けて、私は「うっ」とひるんだ。


 どうしようかな……。今ならまだ適当な理由をつけて逃れることもできるけど……。


 なんて一瞬迷いもしたが、私はぱくりとネギトロ丼を挟んだあとで、ややそっぽを向きながら伝えていた。


「そ、そんなにどっか出かけたいなら……。私と一緒に行ってみるか? 旅行」


 このところ貯金をしていたので、旅の資金は自分のお小遣いでまかなうことができる。こんなこともあろうかと、2ヶ月ほど前から切り詰めて生活していたのだ。


「ほえ。いいの?」


 と純粋そうな瞳をよこしてくるさと子。私は照れて赤くなった顔をぽりぽりとかいた。


「……うん」


 ぽつりとそう答えた瞬間、さと子の顔がぱっと明るくなる。さながら太陽の光を一身に浴びるひまわりのようだった。


「……へへ。ありがと純ちゃん」


 屈託のない笑みでニコリとほほえむ。まるで木漏れ日の中に誘い込まれたように、私は心がぽかぽかしてくるのを感じた。


「……どうも」


 照れくささが限界だ。私はどうにもさと子の目が見られなくなって、夢中でネギトロ丼をかきこんだ。


(ああもう、こんな時でもしっかり美味しいなあ……)


 精神の動揺を受けてもなお、やはりうまいものはうまい。刻み海苔の風味もバッチリと感じつつ、あっという間にきれいに完食した。


「……ごちそうさまでした」「ごちそうさまでしたー!」


 また二人一緒にパンと合掌。ぺこりと頭を下げて、トレーを持ち移動した。


「ノートあたしが書くー。純ちゃんついておいで!」

「あいよ」


 とことこ歩くさと子をフォローする。彼女は『感想ノート』を開くと、せっせと書き込み始めた。






『7月20日 ネギトロ丼


 純ちゃんと旅行にいってきます。7泊8日福島の旅!


                  純 & さと子』





「長いわ。レンタルビデオ店か」


 ていうか、福島のことちゃんと覚えてたんだな。『さばの味噌煮定食』の時に、『国見くにみバーガー』食べにいくとかちょろっと話したもんな……。


「延滞OKですよ~?」

「しません。1泊2日でいいだろ」

「最新作かな? まあよしとしましょう!」


 福島までさと子を借りていくことになった。




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