14品目 さっぱり「冷やし中華」

「……おっ?」


 いつも通り券売機にお金を入れたところで、さと子が何かに気づいたような声を出す。


「じゅ、純ちゃん……。これ……」

「ん?」


 券売機の端の方を示されたので、私も彼女が指差す先を目で追ってみた。


「! これは……!」


 今までずっと点灯することのなかったが、今日ははっきりと光り輝いているのだった。


 そのボタンに記載されたメニュー名を、私とさと子はステレオで叫んだ。


「「『冷やし中華』だーっ!」」


 ご存じ夏の風物詩。今日から7月に入ったということで、期間限定のメニューが登場したのだった。


「うわー、びっくりしたねえ。のぼりとか何にも掲げずに何気なく光ってるんだもんねー」


 よく中華料理屋とかに出ている、『冷やし中華はじめました』ののぼり。そのようなものは何もなく、ただ普通にボタンが光っているだけであった。


「こんな感じで出てくるんだな、季節限定メニュー……。せっかくだから注文してみるか」

「だね!」


 はい、という訳で。


「おおーっ! まさか学食で冷やし中華が食べられるとは!」


 幻? の品を受け取りテーブルに置いた。きゅうり・ハム・錦糸卵の、オーソドックスなタイプのザ・冷やし中華だ。


 ずっと名前しかお目にかかれなかったメニューが、今こうして目の前に……。私たちは矢も盾もたまらなくなっていただきますをした。


 冷水で締められた中華麺を箸で持ち上げる。すすってみると、かけ汁はよくある醤油と酢を配合させたものらしかった。


「……おいしいな。コシがあってさっぱりする」


 ほどよく弾力のある中華麺は、具材との相性も抜群だ。きゅうりのシャキシャキとした食感が、これまた清涼感を与えて心地いい。


「お酢の酸味もいいよねえ~。暑い季節にぴったりだよ」


 自然と食が進む感じだ。見た目にも色鮮やかだし、やはり冷やし中華は良いな。


「もう7月か……」


 窓の外を眺める。よく晴れた今日は青空が広がっており、これから本格的な夏がやってくることを予感させた。


「7月といえば……」


 学生待望の夏休みが始まる――。私がワクワクと胸を高鳴らせているところで、しかしさと子はこんな話題を振ってきた。


「7月といえば、先月やった定期考査が返ってきたね。純ちゃんはどんな感じだった?」

「はうっ⁉」


 高鳴っていた胸がキュッと締め上げられた。思わず箸をとり落としそうなほど動揺してしまった。


「どっ、どうしたの純ちゃん⁉」


 苦しそうに胸を押さえる私を見て、さと子は目を丸くしている。私は息を切らしながらで答えた。


「せっかく忘れかけていたのに……」


 テストの結果は……お世辞にも良いとは言えない点数だった。部活の大会とかもあったし、何だかんだでけっこう忙しかったからな……。


「赤点はギリ免れたけど……」


 このままだと夏休み明けの整理考査では、ボーダーラインを下回ってしまうかもしれない……。そうなってしまえば、それこそ部活禁止処分とかも考えられた。


「どうしようサトえも~ん!」


 と成績優良児に泣きつくと、さと子はやや困ったような笑みを浮かべていた。


「純ちゃんからそんな風に頼られるとは……。慣れてないから困惑するね」


 さと子としては何気なく振ったテストの話題らしかったが、私にとっては頭の痛い問題だったのだ。


「だいたいこの学校のレベルが無駄に高すぎるんだよ」


 学食人気に火がついて、それで学校自体も人気の進学校になったんだったか……。確かに安いしおいしいけど、いくら何でも学校の再建に寄与しすぎだろう。


 私など家から近いという理由で選んだだけなので、受験の時から苦労しっぱなしだ。今も日々の授業についていくのがやっとで、予習復習にひーこら言っている。


「まあまあ。愛する我が校に当たっても、現状は変わらないぜ純ちゃん?」

「う……」


 ストレートな正論を言うじゃないか。確かに愚痴っても仕方ないなと、私は落ち着きを取り戻して座り直した。


「なんならうちで勉強会でもする? テスト前でもそれ以外のタイミングでもさ」


 さと子からそのような提案がもたらされる。テスト前でなくても勉強会なんて発想、私にはなかったが、さと子は実に自然な雰囲気でそう口にしていた。


(こういうところがしっかりしてるんだよなあ……)


 普段ちゃらんぽらんな言動などを見せるさと子ではあったが、根は真面目でいい子であることを私は知っている。そうでなければ、入学から3ヶ月も貴重なお昼タイムを共有したりはしない。


(ふざけてるように見えて、本当はけっこう気の遣えるやつだよな……)


 なんて風に内心では思うのだが、面と向かってはっきり伝えられないのが私の悪癖だ。素直になれずにそっけない対応をしてしまった。


「家はちょっと……。図書館とかでいいだろ」

「え~? 純ちゃんとお部屋でいちゃいちゃしたいー」

「うん、絶対図書館で。人の多い街の図書館とかでやろう」


 ……そっけない対応くらいでちょうどいいのかもしれないな。







『7月1日 冷やし中華


 純ちゃんの心も冷やし中か……。


          純 & さと子』





「うわっ、おやじギャグ」


 このギャグで身も心もキンキンに冷えるわ。


「純ちゃんの心がアツアツ中華になるのはいつのことやら……」

「心がアツアツ中華って何だよ……」

「う~ん……。…………マーボー麺?」

「心がマーボー麺……」


 やっぱり私たちにロマンチックは似合わない。学食グルメがつなぐさと子との関係はこれからも続く。




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