デスミラーの恋
坂石 ぽん
プロローグ
≪登場人物≫
◆大三川(おおみかわ)高校の二年生のクラスメート
羽村 健斗(はむら けんと):凛音と幼馴染
桐島 凛音(きりしま りおん):健斗と幼馴染・バレー部
三鷹 晴美(みたか はるみ):バレー部
小金井 風花(こがねい ふうか):バレー部
日野原 瞬(ひのはら しゅん)
杉並 大輝(すぎなみ たいき)
◆その他
羽村 優斗(はむら ゆうと):健斗の父
羽村 美雪(はむら みゆき):健斗の母
桐島 紫音(きりしま しおん):凛音の父
桐島 真凛(きりしま まりん):凛音の母・亡
雨宮 萌々香(あめみや ももか):バレー部三年生
パン菜さん:パン屋のパン菜の店員・奥さん
連雀 彩梅(れんじゃく あやめ):大三川神社の巫女
【プロローグ】
少しだけ、昔話をしよう。
僕が住んでいる町は、今では完全に干上がって跡形もなくなってしまったけど、江戸時代の中頃までは川が流れていた。三本川と呼ばれていて、その名の通り三本の川が一ヶ所に合流する地点だった。この川があったおかげで、それなりに栄えていたようだ。
町の名前もここから来ているのだろう。大三川町と命名されている。
ところで、この町には噂と言うか、言い伝えが残っている。今では誰も大っぴらに公言しないけど、皆が知っている怖い話がある。
それは、「デスミラーの怪談」と呼ばれていた。
実は、この前までこの件について調べていたんだ。ほら、噂には尾ヒレがついて来るって言うでしょ。なんだか、面白そうだと思ったんでね。
その結果、この地では、他では見られない不思議な現象が起きていたことが分かった。
また、言い伝えが二つあることも知った。簡単に言うと、良い方と悪い方になる。
これは、得体の知れないデスミラーを知る上で、とても重要な情報になると思った。後々関わってくることだから、今の内にきちんと説明しておきたい。
まずは、一つ目。良い方から話そう。
当時から川の合流付近には、地面から三メートルくらいの高さがある巨大な黒い岩がそびえ立っていた。しかも、ポツンと一つだけ。
どう見ても不気味な岩だったので、ここの住民はタタリが起きないよう奉納し崇めていた。それが、いつしか豊作を祈願して祀るようになっていった。そのような経緯はあれど、町は徐々に豊かになり、普及し、発展していった。
やがて、住民はここに神社を建て、大三川神社と名付けられた。
時は流れ、大飢饉が起きた。それ以降も雨が少なく、年々川の水位が減っていった。
ある年、とうとう三本川全てが干上がってしまった。井戸水だけでは作物の育ちが悪く、食糧難と共に病も流行るようになった。人々の生活は日に日に苦しくなり、貧困の一途を辿っていった。ある者は餓死し、ある者は病死し、人口減少に歯止めがかからなかった。
幕府からも見捨てられ、このまま町がなくなるのではと言った危機感に襲われていた。
そんな時である。通常では考えられない出来事が起こった。
ここの住民は、ワラにもすがる心境だったのかもしれない。ある病人が大三川神社へ来て、黒い岩に触れてお祈りしたところ病気が治ったのである。
その話を聞いた住民が、それを試してみた。同様に治ってしまった。この話は瞬く間に住民の間で広まり、その連鎖で多くの命が救われた。それ故、町も残ったと言われている。
しかも、これで終わりではない。この噂が他の地にも拡大し、遠方からも参拝者が訪れるようになっていった。これ以降、大三川神社を災いの神と呼び、黒い岩のことを魔除岩(まよけいわ)として丁重に祀られるようになった。
今でもこの神社には、遠方から参拝者が訪れてくる。どこで知るかは不明だが、その多くは病人である。このことから、魔除岩としての言い伝えは本物だと信じている。
では、二つ目に移ろう。問題はこっちになる。心して読んで欲しい。
この神社にある黒い岩には、凹凸のない平面部分が存在する。その部分の前に立つと、上半身が映るくらいの範囲が、綺麗に真っ平な面になっている。それも、人工的な加工が施された形跡はないのに、穴一つない精巧な平面をしているのだ。
当時の技術力では、まず不可能だろう。そうなると、自然のいたずらということになる。様々な文献を読んでみたけど、どれもここまで明確に記載されていると、自然にできたものだと信じるしかない。
でも、僕は疑ってみた。書物だけでは信じがたいので、確証を得るために直接黒い岩を調査しに行った。言われてみれば、ここまで真っ平になるものだろうかと疑問を呈してしまうほど、とても緻密で、凹凸のない綺麗な平面だった。
また、少し離れた場所からこの岩を見ると、まるでその平面部が鏡であるかのように錯覚してしまう形状をしていた。もちろん、そんな気がするだけで、そこに鏡など存在しない。何故なら、岩全体が艶消しの黒色なので、鏡のように反射して映らないからである。
なのに、あり得ないことを言う人がいた。この岩に、鏡のように映し出された自分を見たって言う人が。それも一人ではなく、何十人と現れた。
但し、文献にはこれを見た人は、その後死亡したと記されていた。どうして死んだのか、理由が知りたかった。散々調べたけど、どこにも見当たらなかった。
いつしか、人々はこの黒い岩に映った自分の姿をデスミラーと呼ぶようになり、
「デスミラーを見ると、一ヶ月以内に死ぬ。」
となる言い伝えが残った。これが、身の毛もよだつデスミラーの怪談である。
申し遅れたけど、僕の名前は羽村健斗と言う。大三川高校の二年生で、生まれた時からこの町に住んでいる。一戸建ての家に、両親と三人で暮らしている。
この町は近代的な建物も、自慢できるような観光スポットもない。電車すら通っていない。周りを見渡しても、手付かずの山と畑くらいしか見えない。こんな変わらない風景。変わらない町。何の特徴もないのどかな町だけど、多少なりとも良いところはある。
強いてあげれば、星が綺麗なこと、空気が美味しいこと、それと学校の近くに大三川神社があることくらいだ。
ところで、人はこう言う場所に住みたいと思うのだろうか。今の人口数から言っても、とてもそうとは思えない。稀に、他の地域から引っ越して来る人がいるけど、そう言った人よりも出ていく人の方が多い気がする。それなら、ここで生活している人達を見て、可哀想とか憐れむのだろうか。世の中には、そう感じる人もいるかもしれないね。
しかし、僕にとっては、ここが嫌いな場所ではない。仲の良い友達と言える人はいないけど、幼馴染の桐島凛音がいる。今は、クラスメートでもある女の子だ。
これを聞いて、そんなこと?って思うかもしれない。
または、それがどうした?って言われるかもしれない。
他の人にとっては、些細なことに思えるだろう。だけど、僕にとっては、この地が嫌いでない最大の理由なのである。内緒にしているけど。
ちなみに、凛音は近所に住んでいるので、物心つく前から一緒に遊んでいた。ただ、成長と共に変わるようだ。中学に入ると、バレーボール部に所属するようになった。背も高くなり、運動神経も良く、明るく皆から頼られるエース的な存在になっていた。オマケに美人で、スタイルも良いと来ている。当然、男子にも人気がある。
こう言うの、同じクラスにいると雰囲気で分かってしまう。同じ町に住んでいるのに、住む世界が違うって言うのかな。今では、どこか微妙に距離感のある間柄になってしまった。それ故、何となく話しかけづらくなっている。
これには、空しさを感じている。寂しさもあるけど、どうにもならない。
一方、僕はと言うと、運動はからっきしダメ。体は弱いし、背も低いし、控え目で大人しいタイプだと思う。遺伝もあるけど、小さい時は小食だったからかもしれない。
人付き合いも苦手だ。そのせいで友達もできないから、外で遊ぶより家の中でパソコンをしている方が多い。こんな人間なので、特にやりたい事とかもない。時々、なんで生きているのだろうなんて考えることもある。
それでも、勉強はそこそこの成績をキープしている。それなりに頑張っているのは、バカにされるのが嫌だったからかもしれない。でもね。その甲斐あってか、凛音はたまに宿題を忘れるんだけど、その時はこっそり僕の所へ聞きに来るんだ。頼まれると断れない性格なんで、いつも協力させられてしまう。と言うか、つながりができるので、これはこれで悪くない。いや、むしろ僕でも役に立つことがあるのだと、何気に嬉しい。
そんな訳で、いつの間にか僕と凛音は、こんな関係になってしまった。
ふと思う。幼馴染って何だろうって。
少なくとも、恋人みたいな恋愛感情はなさそうだ。凛音にとっての僕は、勉強を教えてくれる弟みたいな存在なのかもしれない。
そうそう。一つ言い忘れていたよ。
先ほど少しだけと言ったけど、実はデスミラーの怪談には続きがあるんだ。怖いなと思いつつも、興味本位で調査を続けていた。
人の噂は七十五日と言われるように、この怪談話は長い年月を経て迷信として忘れ去られていたようだ。なのに、十数年前にまた現れたんだ。デスミラーを見たって人が。
どこで知ったかは不明だけど、遠方から来た参拝者で時々訪れる大人の女性だった。しかし、パタッと来なくなった。それから一ヶ月後、地元の病院で亡くなっていたそうだ。
これは、ある記事を読んで知り得た情報である。当時の町役場の人達が調査したと書かれていたから確かな話だと思う。
ただ、それ以外ではどこにも見当たらなかった。この話は公にされずに、隠蔽されていたって事になる。何故だろう。
それだけじゃない。今では、この怪談話をする大人はいない。暗黙の了解って言うのだろうか。皆、口を閉ざしている。この町では、禁句になっているみだいだ。
隠したい理由は、何となく分かる。
この噂が流れると、大三川神社へ参拝に訪れる人がいなくなってしまうよね。他の地域から人が来なくなると、この町にとってはマイナスだから。
このことを知ってから、僕には黒い岩が恐ろしいものに見えてきた。デスミラーは、この世に実在するのではないかとさえ思えてきた。
得体の知れないものほど、怖いものはない。
近くに、見たら死んでしまう岩があったら、本当に気持ち悪いよね。なのに、今でも祀られている。なんでだろう。不思議でしょうがない。
デスミラーって、いったい何?
幽霊、亡霊、それとも呪いとかの類なのだろうか。仮にそうだとしたら、この先ここに住んでいたらどうなるか分かったものではないよね。死ぬかもしれないってことだよね。
この時の僕は、恐怖に圧し潰されそうになっていた。だから、ここで調べるのを止めた。理由は単純。見たら死んでしまうデスミラーなんかに、出会いたくないから。
もし見てしまったら…と考えるだけで、眠れなくなってしまう。僕は臆病なんだ。
そう言った理由で、このところ避けていたんだけどね。
本当に、忘れたままでいたかったんだけどね。
なのに、あろうことか見てしまったんだ。デスミラーを。
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