産まれなおしてから

 東八紘には前世の記憶がある。

 前世の名前は意味が無いため忘れた。だが、前世の記憶というのは意外な事に二度目の人生で学校の授業をある程度聞かなくても理解できる、という役割を果たしている。

 前世は30代半ば、一人暮らしの不摂生が祟って外で眩暈を起こした瞬間に車に轢かれてジ・エンド。実に自業自得であり、車の運転手が哀れに思えた。

 気が付けばこの世界にもう一度生を与えられ。

 そして、エイダを見つけた。

 『バトリング・オブ・エイダ』。それが八紘が前世で特にやりこんでいたゲームであり、死因となった外での眩暈も、このゲームの大会に招待されたため外出した際の事故だ。

 何気に有名なトッププレイヤーだったのである。かつての彼は。

 プレイヤーはエイダと呼ばれるパワードスーツを着用し、ダンジョンで資材を集めながら機体をアンロックし、PvPモードで雌雄を決する。

 カジュアル勢にはダンジョン探索が、ガチ勢にはPvPが受けた結果、そこそこ流行ったゲームだ。

 八紘は前世で、このゲームのPvPランキング上位2桁に至れるほどの腕を持っており、配信をすれば多少なりとも人を集められる程度の魅せプレイもできた。

 だからこそ。八紘は小学生用のエイダバトル教室なんて習い事を両親に懇願して通わせてもらって。

 2か月で小学生の部の大会を荒らしに荒らして、辞めた。

 

「……誰がやるかってんだ、あんな紛い物」


 自室のベッドに横になる。

 両親は八紘が高校生になるタイミングで海外赴任が決まってしまい、家にはいない。

 母は1月に一度ほど、八紘がちゃんと生活をできているか様子を見に来てくれるが、基本は一人暮らしだ。

 無駄に広い家の中だが、イヤホンを耳に付けて音楽を聞けばそんな事実も寂しさには繋がらない。

 

「BOAが懐かしい……」


 バトリング・オブ・エイダ。略してBOA。

 既にエイダから離れて年単位の時間が経っているが、そんな八紘でもこの世界のエイダバトルはレベルが低いと感じる。

 オリンピックレベルでも、バトリング・オブ・エイダの中では精々中堅程度。ランカーレベルには程遠い。

 その理由は、基礎として根付いた戦い方だ。

 この戦い方が変わらない限り、エイダバトルは今のまま停滞するだけ。

 八紘が紛い物としか言えない現実が繰り広げられるだけだ。

 

「ダンジョンに行けばマシになる。少なくとも、ダンジョン探索の部分だけは楽しめるはずだ」


 エイダに乗りたい。

 そんな欲求を抑える言葉は、いつもそれ。

 未来に楽しみがあるんだから、今は待て、と。

 せっかくの二度目の学生生活。もう折り返してしまっているが、それでも若い体で、情動のまま、楽しい事だけして生きていけるのは今だけだ。

 溜め息を吐き、そろそろ買ってきたコンビニ飯でも食べるか、とベッドから体を起こした時だった。

 スマホが震える。何かの通知だ。

 手に取って通知を確認すると、そこには見慣れた人物からのメッセージが届いていた。

 

『やっくんってもしかして兼原高校の1-Bにいる?』


 兼原高校。八紘が通う高校の名前だ。

 1-Bというのも、八紘の所属するクラスで合っている。

 そして、やっくんと自分を呼ぶのは、小学生の頃からの幼馴染だ。

 名前は、楠七海。

 高校に入るまでは毎月一度は会ってデート紛いのショッピングやらに行っていた。

 どうしてそんなことをしていたかって? 折角できた女の子との縁を切りたくなかったからだ。

 あと、美少女とデートまがいの事ができるのは実に役得だと。後々七海に彼氏ができてしまって疎遠になったとしても、思い出は残るから。

 高校に入ってからは八紘側が一人暮らしに移行したりと色々あったので、来月頭。ゴールデンウィークに会うという流れになっていたが。

 

『合ってるけど。急にどうしたん、七海』


 メッセージを返す。

 既読はすぐに付いた。

 

『あ、やっぱり? 実はわたしも兼原なの。1-D』

「え? マジ?」


 思わず声が出た。

 そう言えば彼女らしき人物を見かけたことがあるような、無いような。八紘のクラスが他のクラスよりも遥かに早くSHRが終わって下校できているのが仇になったか。


『じゃあまたこっちに越してきたのか?』

『ううん、電車通学。今住んでるところの近く、偏差値が高すぎる所と低すぎる所ばかりだったから』

「あー……あるある。あるよな、そういう地域」


 七海は小学生最後の歳、両親の都合で少しだけ遠くに引っ越した。

 そのためギリギリ小学校の通学区域から離れてしまい、更には中学校も同様となり、小中はそれぞれ別の学校に通っていた。

 そして高校に関しては、まさか被らんやろ、と互いにどこの高校に進学するかなんて聞いていなかったのだが。

 

『なるほどな。まさか、同じ高校だったなんて、よく気づかなかったな、俺たち』

『だよね』


 思わず笑う。

 恐らく、互いに似た人がいるなぁ、とは思っていたのだろう。

 だが、制服だったり、別のクラスだったりのせいで会う機会が無かったが故に、今の今まで気づかなかった。そういう事だろう。

 彼女がこの連絡をしたのは、職員室に連行される八紘を偶々見た、とかだろうか。

 まぁ、きっかけはどうでもいい。これからは高校で存分にデートできる。九朗には悪いが。

 

『もしかしてやっくん、エイダバトルの話とか今日されなかった?』


 とは思ったのだが。

 ちょっと雲行きが変わった。

 どういうことだ。

 

『されたけど』


 七海は、八紘がエイダバトルをしていたことを知っている。そして、大会を荒らした事も。

 彼女の前では大会優勝に喜ぶ振りをしたが、数日後には飽きた、なんて言ってエイダバトルを引退した。

 それ以降、七海は時折エイダバトルの話題を出してくるが、あまり突っ込んだ話題は振らなくなった。当時小学生の子にまで気を使わせてしまったのは、本当に悪いと思っている。

 これは九郎にも話したことだ。

 

『実は兼原に入ってからできた友達の子がエイダバトル部の部長でね』

「なんか読めた」

『それで、部員を集めてるみたいなんだけど、その時にやっくんの事を漏らしちゃって』

『オーケーオーケー。先生には話している事だし無問題』


 そういう流れだったか、と納得する。

 あの学校で八紘がエイダバトルに関わっていたことを知っているのは九朗と担任だけ、のはずだった。

 だがそこに別クラスの七海が居たとなれば、放課後にあんなことを聞かれた理由も分かった。というか彼女が全部白状してくれた。

 兼原高校のエイダバトル部は実は去年でエイダバトル部の部員が全員卒業したことにより廃部。それから今年の新入生が一人でエイダバトル部をもう一度興した事により、昔からエイダバトル部はあったが、今年に入ってからまた作られたというよく分からない経歴を持つ。

 しかし、エイダバトル部に興味がある人間なら兼原高校以外の高校に進学している。

 という事で、人手集めに苦心している、というのを聞いたことがある。

 

『ごめんね。聞かない方がいいって言ったんだけど、止まらなくって……』

『苦労している所に上質な餌が目の前に落とされたらそうなるって。七海が気にすることじゃないから』

『うん……もしその子がやっくんの所に押しかけたりしたら教えてね? わたしが怒るから』

『気にしなくてもいいってば』


 ……もしも七海がお願いしてきたら、その時は断れただろうか。

 そんなもしもはグッと飲み込む。

 もしもを考えるよりもデートの話だ。

 多分七海はデートだなんて思ってもいないし、八紘の事なんて小学生からの腐れ縁程度にしか思っていないだろうが、八紘からしたら産まれなおして掴んだ美少女との縁。それを何とか維持するため、GWに出かける先を質問してみるのであった。



****



 あとがきになります。

 今回は前回ちょっと出た事について。


・ダイナタイト鉱石

ダンジョンで掘ることができる鉱石。専用の装置を使うことでエネルギーを確保できる。

1回で抽出可能なエネルギーは鉱石の大きさと純度による。拳程度の大きさの鉱石なら1年以上はエネルギーを蓄え続けてくれるため、ある程度の大きさのダイナタイト鉱石はリサイクル可能なエネルギー源となる。

また、海外で産出された高純度かつ、巨大なダイナタイト鉱石は半永久機関とすら言えるほどだとか。

廃棄する際は砕いて土に撒いておけばいい肥料になるので自然にも優しい。

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