とおりゃんせ、とおりゃんせ

Leo.

とある里の話

『通りゃんせ、通りゃんせ』

里から遠く離れた神社にある、石造りの古びた祠。そこには神様が祀られている。

昔、そう母さんが教えてくれた。


───今日は私の7歳の誕生日にして

「よかったわね、みこと。あなたは神様に選ばれたのよ」

昨日、母さんはそう言った。笑みを浮かべていたけれど、その頬には涙が伝っていた。


『ここはどこの細道じゃ』

『天神様の細道じゃ』

一歩ずつ、着実に歩を進める。

船に乗り、橋を渡り、細道を歩き───ようやく鳥居の前に来た。

『ちょっと通してくだしゃんせ』

『御用のないもの通しゃせぬ』

里の大人たちと神主が話している。しかし、私には関係のないことだ。

『この子の七つのお祝いに お札を納めに参ります』

お札には大量の漢字と六つの円が描かれている。

私は、それを受け取った神主によって祠へと案内された。

皆とはここでお別れだ。

───行きはよいよい 帰りはこわい───

帰っていく大人のうち、誰かがそう言っていた。

「こわいながらも」

私はそう呟いてきざはしを降りる。


「通りゃんせ 通りゃんせ」

底の方から、低い声が響く。

声の主は角の生えた男。神様のくせに、人間の真似事をして着物を着ている。


「よく来たね、みこと」

神様は私をぎゅっと抱きしめた。

体温は温かくもないし、冷たくもない。生き物特有の心臓の鼓動もない。

代わりに、私の鼓動だけがこの場の静寂を伝えていた。

「怖くないかい?」

「……はい。元より、私の命は貴方様のものですから」

「本当に?」

低く、それでいて優しい───でも、奥に狂気を孕んでいる───そんな声が、私の脳に響く。

相変わらず彼は笑っていた。

「……本当は……少し、怖いです」

「それでいい。死を恐れるのは人間の本能だからね」

私の頬に手を添え、首筋に歯を立てる。手は段々と降りていき、静けさと時を刻む心臓のあたりで止まった。

「目を瞑っていてもいいよ。出来るだけ痛みを感じないようにはするけれど、心臓が抜き取られるのを見るのは嫌だろう?」

「そう……ですね」

私がそう呟くと、彼は笑みを浮かべて頷く。彼が「いただきます」と手を合わせた瞬間、私の意識は途絶えた。

*****

この里には、鬼の血を引く邪神に里を守ってもらい、加護をもらうために、毎年七歳の子供を生贄に捧げる風習がある。

───ほら、あの童歌わらべうたが聴こえるでしょう?

今年も儀式が始まるんですよ───。










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とおりゃんせ、とおりゃんせ Leo. @Leo0819

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