第7話 欺騙信号(6)

「そう。あいつら訓練校にない機械を触りたくて、潜り込んだだけだった」


 制服を着替えながらタウが答えた。


 侵入した彼らが実技校生という立場であり、ただの好奇心だと言われれば、納得できる行動ではあった。


「じゃあ深夜放送は誰が流したんだよ」 


「実は、生徒会の連中で飛ばしてたんだ」


 アルがロッカーと扉越しに、顔だけ出して答えると、タウがやれやれと肩をすくめた。


「そもそもFMって電波の届く距離が短いし、女子寮の窓の下あたりで飛ばさないと無理なんだぜ」


 ローは説明するタウを見ながら少し感心しつつ、質問を続けた。


「そうなのか? でも、狙いすぎじゃないのか?」


 首を傾げるローに、着替え終わったアルが部屋の奥から声を掛けた。


「三年生の中から、“異常”に気付ける奴を探してたんだよ。次の“記録係”の候補生としてね」


 そう言いながら、アルは作りたてのミルクココアを皆に配ってまわった。


「だからアルが言ってただろ? “今は選別でバタバタしてる”って」


 シグマはそう言って、ミルクココアをひと口飲みながら、カップの縁越しにローを覗き込んだ。


 このときローは、シグマがすでに気づいていたことを察し、焦りつつもその洞察力に感心していた。


「でも、あの放送の内容は……」


 メリッサがSOSと間違えたモールス信号までが偽装だったとは、にわかに信じがたい話だった。


 ところが、それについてもアルは、目を丸くし、ケロリと答えた。


「あ、あれ? サンドラに、“なんか作れ”って言われてさ。あんまり深く考えずに、“誰か気づけよ”って入れたんだ」


 あまりにも安直な発想に、ローは少しムッとなりながら、質問を続けた。


「じゃあC2の意味は?」


「お前らが信号の話してたろ? サンドラが4階の部屋だから、“C2に気付いた生徒がいた”って意味で追加しただけ」


 全寮制の学園なのだから、サンドラもまた、この寮で暮らす一人だった。


 けれども、そのせいでメリッサがどれほど不安になったかを思えば、冗談では済まされない話だった。


「お前ら……あれでどれだけメリッサが心配したと思ってるんだよ……」


 血の気の引いた顔のローが、アルを下から見上げるように睨みつけ、低い声で威嚇した。


 その様子に、アルは笑みを忘れたじろいだ。そして、申し訳なさそうな顔で返した。


「まさかメリッサが、SOSと間違って動くとは思わなかったんだ……」


 それでも睨みつけるローを、上目使いで見ながら神妙な顔で謝った。


「……反省してるって……ごめんよ」


 アルのしょんぼりした姿に、ローは口元をひき結び、諦めたようにため息を漏らした。


「俺より……メリッサにちゃんと謝っとけよ」


 だが、その様子を見ていたタウとシグマが、顔を見合わせてニヤリと笑った。


「なんせSPだもんな」


 シグマがちらりとローを見て言った。続けて、

 

「じゃあ、やっぱローが次期“記録係”だな」


 タウが頭の後ろで手を組みながら、意味ありげに笑った。


「なんで? 嫌だぜ俺は。ほかを当たれよ」


「でも、メリッサは“記録係”になるんだって」


 アルの言葉にローが少し驚いたように振り返った。


「マジかよ」


「うん、“頑張ります”ってさ」


 アルは適当に答えを返した。


 ローはようやく周りを見渡した。


 誰もが期待の眼差しでみていた。先ほどから一言も発しないファイまでがにこやかな顔をしていた。


 ローはファイを疑わしそうに上目遣いに見ながら尋ねた。


「お前ら……知ってたのか?」


 すると、向かいに座っていたシグマが、ミルクココアを飲みきって答えた。


「まえに生徒会に関わって、酷い目に遭ったしな」


 実際、アルが生徒会へ入るときも、生徒会が仕掛けた“策”にはまり、五人は生徒会と一触即発にまで至った経験があった。


 以来、彼らは、生徒会とは一線を置いていたのだった。


 ローは深く息を吐き、覚悟したように呟いた。


「どうせ断ってもお前らのことだから、メリッサに言わせる気だろう」


 メリッサから“一緒にやろう”と言われたら断れない。そう感じるローを否定することもなく、皆がニコッと笑った。


「じゃあ、頼むよロー」


 軽く念を押すアルにローは悔しそうな一瞥を送った。


「お前ら……。次は、全員生徒会に引っ張り込んでやるからな」


 ローが覚悟を決めたような眼差しで、口惜しそうに言い放った。


 こうして来期生徒会の“記録係”はメリッサとローに決まったのだった。





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