第7話 欺騙信号(4)

「ヤバ……人だぞ」


男の声がした。直後、部屋の中から数人のざわめきが聞こえた。


「見張りの奴だ。やっちまって逃げよう!」


その声を合図に、階段の上から一人の男が、メリッサに向かって駆け下りてきた。


メリッサの体は恐怖にすくみ、動くことができなかった。足音よりもうるさい鼓動が彼女の耳をついた。


そのときだった。


「しゃがめ!!」


鋭い声が階段の下から響いた。


反射的にメリッサはしゃがみ込み、両手で耳を塞いだ。訓練で体に叩き込まれた反応だった。


次の瞬間、頭の上をなにかが風を切って飛んだ。

それが階段の上段、入口のどこかに当たった。


パンッ!


乾いた衝撃音が響いた。


数秒後、低い音を立て白煙を吐き出し始めた。

目に刺さるような刺激を含んだ煙の発煙筒だった。

入り口近くにいた者たちの咳き込みと混乱が耳に届いた。


「こっち」


目を開けると階段を駆け上がるローが見えた。

しゃがんでいたメリッサの手を取ると、すぐさま階段入り口へ彼女を連れ戻した。


入り口には、生徒会服をまとったアルが待っていた。催涙筒を放ったのは彼だったのだと、メリッサは直感した。


入り口の扉は放たれ、下から吹き上げる風が煙を通信室入口へと押し上げていた。


すれ違いに、シグマとタウが駆け上がった。

二人はちょうど降りて来た男と、中央の踊り場でぶつかった。


男が先手を打ってシグマに前蹴りを繰り出した。

シグマは体を沈めてかわすと、すかさずタウが横から手刀を振るった。

男はそれを左腕で受け止め、すぐに体を回転させ反撃の手刀を素早くタウの肩へ打ち込んだ。

タウはそれを肩を引いて寸前でかわした。


「……! こいつ……プロか?」


シグマが小声で呟くと、男はニヤリと笑った。再びシグマに殴り掛かった。


シグマは体を回し後方へ飛び退き、二人の距離に間が空いた。男は壁を蹴った反動でシグマの肩を跳び越え、脱出を図った。


だが、その逃走ルートは既に読まれていた。

既にタウが回り込み、空中の男に喉元めがけて手刀を突き出した。


咄嗟に両腕を交差させて防御する男。

だが着地のバランスを崩した瞬間、シグマが肩から突進し、男の背中を壁へと叩きつけた。


続くタウの三連打での反撃を止めると、駆けつけたアルが男の首へスタンガンを当てた。


バチっ!という音と共に男の動きが止まった。


「これで縛って!」


アルから投げた結束バンドを受け取ると、シグマとタウは素早く男の手と足を拘束した。


「お前、それ持ってんなら早く使えよ」


振り返ったシグマが文句を言うと、アルが何食わぬ顔で答えた。


「生徒会執行部の七つ道具だよ」


「その制服、伊達じゃないんだ」


タウがポケットの多い黒い制服を見ながら、少し呆れ気味に呟いた。


「うん。これだけで7kgはあるぜ」


二人の会話を遮るように、ファイが入り口から階段を駆け上がり、横切りざまに声をかけた。


「そんなことより煙が晴れてきた、行くぞ!」


その声にシグマ達が反応し、後に続いた。

階段下では、ローがメリッサを振り返って言った。


「君は戻って、監視員に知らせてきて」


そう言ってローもまた階段を上がろうとした時だった。メリッサがその腕を引いて止めた。


「なんで、来たの……?」


「お前が言っただろ。俺は“SP”だって?」


チラリと見て言ったその声は、どこかぶっきらぼうで優しかった。


振り返ることなく駆け上がる背中を見ながら、メリッサは静かに拳を握り、監視棟へと向かった。



通信室には七人の男達がいた。私服だがどうやら高校生にも見て取れた。


「絶対ここから出すな」


アルの声に皆が頷いた。ローが加わり五人で出口を固めた。


男たちが殴りかかると同時に、五人の連携による防御が始まった。肘、拳、膝、蹴り――すべてが精密に、無駄なくいなしながら、五人は彼らの体力を削り取っていった。


すると後方のドアが激しく開いた。


「全員、その場で動くな!!」


威厳に満ちた声が鳴り響いた。


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