踏襲女神は煩悩108の異世界で、紅茶とともに世界を救う
ふりっぷ
プロローグ1:看護師天使 魔法少女がガルガンチュアを無双する。
―看護師天使として、ひとりでも多くの人を救うのよ―
女神の言葉を胸に佐和子が目を覚ますと、目の前に髭ずらの男の顔があった。
サンヴォーラ王国騎士団長グラスタン、
彼は天空から落下する光星を見て行軍を停止していたのだ。
「お気づきになられましたか。女神よ」
「ん、私はちび佐和子だよ。女神じゃない」
「確かに天空から輝く翼と光輪を纏われて――いや、失礼しました」
「別に怒ってない」佐和子は少し頬を膨らませながら言った。
「ははっ、では、お詫びにこちらを」
騎士団長は懐から干し果実と銀貨を取り出し、佐和子に握らせた。
「向こうに見える町まで行かれて、
―私達はこれからB級魔物を退治せねばなりません」
佐和子が頷くのを確認するとグラスタンは声を張り上げた。
「我々は女神の加護を得たぞ!!この討伐必勝間違い無しだ!!」
「おおーっ!!」
「また女神って言ってるよ。後で懲らしめないと」
佐和子は干し果実を口に入れ町を目指した。
**
200人の変質した魂が絡みついた肉塊──奈落型魔獣種ガルガンチュア
呻き声にも似た濁った音を立てながら、
ゆっくりと町の大通りを這い寄ってくる。
取り込まれた魂たちの顔が体表から覗き出し、
その一つ一つが苦痛に歪んだ表情を浮かべ、
か細い断末魔の声を響かせていた。まるで地獄の合唱隊だ。
「おっ、俺たちの町にガルガンチュアが!」
「騎士団は何やってたんだ!!」
「誰かプロシュートの兄貴を呼んで来いっ!」
慌てふためく冒険者たちの叫びが飛び交う。
その中で、情報通の若い冒険者が顔をしかめながら呟いた。
「……バカ言え。騎士団は今、北の砦で魂200超え50体の
ガルガンチュアの大軍相手に奮戦してるんだ」
「はあ!?」
「ガチだ。こいつはそのうちの一体が運悪く抜け出しただけだっての
……ってか、むしろよく残りの49体を止めてるわ。あいつら命張りすぎだろ……」
その言葉に、騒いでいた冒険者たちも一瞬、口を閉じる。
状況の異常さが、ようやく理解できたのだ。
「……加勢できる奴は行った方がいいんじゃ……」
「お前、目の前のこいつ見てよくそんな事言えんな!」
静まり返るその場に、しれっと歩み出る小柄な影があった。
誰もが思わずそちらに目を向ける。
「もしかして、私を追って来たのか…
異界の魔物50体相手じゃ髭の騎士団長では厳しいかも」
看護師服の上に戦闘用の装束を纏い、
断縁の黒槍を片手に携えたちび佐和子だった。
「子供は家に帰れ」
「近くまで来てる、あぶねぇぞ!」
冒険者たちが口々に叫ぶが、ちび佐和子はガルガンチュアを一瞥し、
表情ひとつ動かさず、槍を軽く肩に担ぐ。
「邪魔」
わずかに足を踏み出し、黒槍を振り抜いた瞬間。
空間が裂けるような鋭い風切り音とともに、
ガルガンチュアの巨体が一瞬で霧散する。
跡には肉塊の残骸ひとつ残らない。
目の当たりにした冒険者たちは、ただ唖然と立ち尽くすしかなかった。
ちび佐和子は何事もなかったかのように踵を返し、鼻をふんすと鳴らす。
口をあんぐり開けている冒険者たちを押しのけて、
ちび佐和子はそのまま北の砦に向かっていった。
北の砦周辺──。
濁った瘴気が地を這い、空には異様な黒雲が渦巻いていた。
その中で、騎士団の男たちは血と泥にまみれながら、
巨大な肉塊の群れに立ち向かっていた。
**
魂200超えのガルガンチュアが50体。
ありえない。
現地に出向くまでは誰もが半信半疑だった。
だが、半壊した砦をみて一様に顔を引き締める。
王都の増援が到着するころには町は全滅だろう。
「ここからは死地だ。全軍抜刀。第一戦闘隊形――突撃開始!!」
団長グラスタンが声を張り上げる。
彼らは、誰一人退くことなく剣を握り、盾を構え、陣形を維持し続けていた。
10体程は討伐できただろうか。
被害を受けた騎士の数だけガルガンチュアが巨大化していく。
「魂250を超えた奴は相手にするな、損害を増やすだけだ!」
「隊列を崩さずに第二防衛線まで後退!負傷者の救助は断念する!」
団長グラスタンの怒号が響く。
その声はすでに枯れ、血の味すら混じっている。
砦の防壁はすでに崩れ、今は土嚢と瓦礫を積み上げただけの簡易防衛線。
それでもここで食い止めねば、町は滅ぶ。
「クソッ……俺達を食い尽くしてもとまらないだろうな、こいつら……!」
肉塊の塊が呻き声とともにのたうち、
取り込まれた魂の断末魔が夜の闇にこだまする。
ガルガンチュアの一撃を受ければ、盾ごと騎士が地面に叩き伏せられ、
肉の塊に絡み取られていく
「兄貴ィィ!!」
「馬鹿野郎、俺達はもう騎士団だ!兄貴はねえだろう」
若い騎士が叫び、剣を振るい仲間を救おうとするが、
別の個体の触手が横薙ぎに飛び、二人目も飲まれる。
それでも。
「後退するなァ!!」
団長の声が響く。
──誰もが理解していた。
自分たちがここで全滅することも、もはや戦況が絶望的なことも。
それでも一人でも多くの民を、町を、誇りを守るために。
すると、その時。
夜空の彼方に、一筋の黒い閃光が走る。
しばしの後、遥か町の方角で肉塊が爆ぜるような音と、
光の粒が舞い上がるのが見えた。
「……佐和子様か」
団長グラスタンは、血まみれの顔で微かに笑った。
目の前には、なおうごめく肉塊の大群。
もはや満身創痍の騎士団。
「おはよう。グラスタンひどい顔ね」
「ははっ、あとはお任せしてよろしいですか?」
グラスタンはそれだけ言うと、土嚢に背を付け、気を失った。
「さて、グラスタンの仇を討つか」
(――死んでません)
血と肉と魂の戦場に、ちび佐和子が飛び込んでいった。
それを見た騎士たちは、誰ともなく息をつき、佐和子の為に道を開けていく。
血と肉と魂の戦場に、ちび佐和子が歩み入る。
瘴気がうごめく中、肉塊の塊──ガルガンチュアたちが呻き声を上げ、
一斉に彼女へと触手と肉の腕を伸ばしてきた。
地響きと断末魔が轟く。
「……鬱陶しいわね」
黒槍を回しながら、ちび佐和子は小さく呟く。
(でも、取り込まれた魂だけは必ず解放する)
光の輪が足元から広がり、彼女の周囲に数十の術式紋様が瞬時に浮かび上がった。
「異世界術式・黒星の輝き」
術式の中心から黒槍が放たれ、周囲の瘴気をすべて祓い払うと同時に、
巨大な漆黒の光柱が天へと突き上がる。
その瞬間、光柱に触れた肉塊は悲鳴を上げる間もなく蒸発し、
取り込まれた魂たちが光粒となって解放されていく。
「次」
残ったガルガンチュアたちが咆哮とともに殺到する。
しかし、ちび佐和子は眉ひとつ動かさず、左手をかざし術式を再構築。
天上から幾重もの光の鎖が降り注ぎ、肉塊を貫き縛り上げる。
「異世界術式・断縁ノ繋縛」
鎖に絡め取られた肉塊が苦悶の呻き声を上げ、次々と地に沈んでいく。
そのうちの何体かが魂250を超えた個体に成長していたが、
ちび佐和子の一撃の前には無意味だった。
「……せっかく250も超えたのにね。異界の魔物はすべて浄化する」
そう言って、ちび佐和子は黒槍を高く掲げる。
「異世界術式・浄化の滅針」
上空に無数の黒き光槍が現れ、術式陣とともに一斉に射出。
僅かに残ったガルガンチュアを撤退の余地なく貫き、
苦悶の魂その全てを貫通した後に浄化の光が周囲を満たした。
あたりは一瞬の静寂。
そこには瘴気も断末魔も残らず、ただ夜空に舞う無数の魂の光粒と、
血塗れの騎士たちが唖然と立ち尽くす光景だけが残った。
「残りの騎士は集合。被害状況を報告して」
ちび佐和子が振り返り、血まみれの騎士たちへ声をかける。
ようやく我に返った騎士の一人が、震える声で呟いた。
「……佐和子様、い、一撃で……」
「二撃よ。初動術とまとめの槍投げで。
ま、あなたたちもよく耐えたわね。褒めてあげる」
「みんな、我々の勝利だ!鬨の声をあげろっ!!」
「おおおおおおおおっ」
ちび佐和子はその場で持ち上げられ、興奮した団員にくるくる回された。
「あっ、そうだ。ちょっと下ろして。団長に伝えることがあるから」
無表情で騎士に回されていたちび佐和子は
血塗れの団長グラスタンの肩を叩く。
「佐和子様、これで町は救われましたっ。女神様のご加護確かにっ!」
グラスタンは顔を上げて涙ぐむが
佐和子は表情を消し、騎士団長の肩を叩く。
「よかったわ。これから来る被害状況の報告と復興は
全部あなたがやるのよ、寝るのはまだまだ先だから」
(――本当に死んでしまいます)
再び鼻をふんすと鳴らし、ちび佐和子は光の粒の舞う静かな夜空を見上げた。
かつてない修羅場の後に、静かに癒しの気配が満ちていった。
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