第16話村と光

 半年が経つのは思ったより早い。私は5歳になった。結局うちには獣人集団は来なかった。一度追い出した手前、戻って来て欲しいとはプライドが邪魔して言えなかったんだろう。


 学園の皆は、体形が戻る程度に確りと獲物を狩る事が出来るようになっていた。滅多に出ないだろうがピアンサにだけは注意するように言って置く。多分学生の腕では敵わないだろう。


 引越しついで、学園にも寄って挨拶する。


「余剰の獲物もそろそろいけそうなの。ユーリちゃんがまた来てくれるより、私達がユーリちゃんに逢いに行く方が早いかも!」


「そっちの村でも頑張って来てね!」


「今まで本当にありがとう!ユーリちゃん達が居なかったら、今頃死人が結構出てたと思うよ!」


「ありがとう、いってらっしゃい!!」


「こっちこそ、色々貰ってたよ!これからも大きい怪我なんてせずに頑張ってね皆!」


 盛大に見送りの言葉を貰いながら、私達は人間の国の村へと向かう。


 以前と同じくバスタブに荷物を詰めてシェラドさんが担ぎ、私を片手で抱えて移動する。流石に危ないので、最短距離ではなく、通常の道を走ってもらった。



「あ、約束通り来てくれたのかいユーリちゃん!シェラドさん!」


「これで怪我人や亡くなる方がやっと減る!歓迎するよ、もう家も建てて準備してたんだ!」


「え!?家まで!?」


 共同井戸に程近い、村の中央に立派な2人用住居が建っている。現代建築とそこまで変わらない、本当に立派な家だ。水道やガスは通っていないらしいが、電気が通ったのだという。


 今、この村では電化製品の作成で巨額の富を築いている。見た目はもう村ではなく、広さもあって街に近い。


「発電所からここまでラインを通すのは凄く大変だったんじゃないですか?」


「皆で手分けして頑張ったんだけど、本当に苦労の連続だったよ。でも、上手くいった!これで利便性がグっと上がる筈だ!」


「凄い…」


 シェラドさんは電化製品、という単語にピンと来ないようで、首を傾げている。


「街灯も設置出来たし、何より今の最新製品!IHのコンロ!」


「嘘!コンロまで!?内部機構とかどうしたんですか!?」


「その開発をしていた会社の社員さんが大勢居たのでね。行き成り一足飛びの進化になっちゃうとは思ったけど、皆GOサインを出してくれたから思い切ったんだよ。もう街の方も、ほぼコンセントを繋げる事が出来てるよ」


「インフラ業者さんも居たという事ですね…それにしても凄い…」


 シェラドさんはもう会話内容も理解できなくなったようで、先に荷物を持って自宅へ案内して貰っていた。村人は、私達が自分達のバスタブを持っているのを予想していたようで、バスタブを設置する部屋もあった、との事。


 大きな寝台や立派なタンスなども用意されていてぎょっとして他人の家と間違っていないか何度も確認したようだ。シェラドさんは戻って来ると、言う。


「とても戦士の仕事だけで返せるようなものではないものを貰ってしまったぞ。狩りに出よう」


「ん、解った」


 付近の山野には充分獲物が居そうだ。農作物を狙いそうなリムザや鳥辺りを狙うと喜ばれるのじゃないかと言うと、シェラドは頷いた。


 いざ狩り始めると、狙うまでもなく、農作物を食べて増えたリムザや鳥が多い。どんどん狩って血抜きをしていく。血抜きの間に果物を集める。すぐにまた狙われないよう、近辺のリムザと鳥は狩りつくしたかな、という所で獲物を3回に分けて村へ運び込む。


「これで暫く畑が襲われる頻度が減ると思われる。肉は皆で食べよう」


 解体し、肉をブロック状に切り分ける手伝いをする。こちらには色々な食料がある所為か、皆スーパーで肉を買う程度の量しか持っていかないので、獲物の肉はどうやら皆の口に入りそうだ。


「ありがとう、最近とみに畑にこの猪がやってきて困ってたんだ。こうなっちゃうともうただの美味しそうな豚肉だねえ」


「鳥もだよ。あたしの畑から作物を盗ってって、憎らしいったらなかったけど、こうなると鶏肉と変わらないね!」


 私が村の人と喋っている間に、シェラドさんは肉以外の部位を換金しに行ったようだ。


 肉や果物を配り終わったあと、私は足台を用意して貰ってキッチンでトンカツを作り始める。卵を貰ったのだ。漬物なんかも貰ったが、白米はあるんだろうか。後で聞いてみよう。


 換金に行ったシェラドさんが戻ってくる頃には山積みのトンカツが揚がっていた。


 私は1枚をパンに挟んで、キャベツの千切りと一緒に挟んでソースを掛けて食べる。久々のトンカツサンドだ。美味しい!


 シェラドさんも気に入ったようで、機嫌よく肉を食べている。とんかつソースを掛けてあげるとより嬉しそうな顔になった。


「これは美味いな!凄いぞユーリ!」


 きちんとダイニングテーブルに座ってご飯を食べているシェラドさんに違和感を拭えない。今まで絨毯に直置きして胡坐で食べていたからだ。


 少し酒精の匂いがするな、と思ったら、街に行ったシェラドさんが、守備隊に歓待されていたらしい。私が居るから酒だけ頂いて早めに抜けて来たという。


 概ね歓迎されているようで嬉しい。そしてキッチンに基本的な調味料まで揃えてあったのが尚嬉しい。しかも冷蔵庫まである。


 これは私達では返せるものがない。せいぜい戦士としての腕を振るうしかない。私は気合を入れなおした。


 二日程、狩りもしながら街の方もどんな店があるか見て回った。そして、獣人風の皮を使った服や、着過ぎてボロボロになった元の世界の服じゃ大変街中で浮いてしまうことが解り、急遽街で2人分、各3着の服を購入した。


 洗い換えとあとちょっと良い服だ。これだけ人が居るんだ、シェラドさんにだって思い人の1人や2人出来たっておかしくないと思った。


 まあ、自分だけだと不審がるので私はついでだ。折角だから、着換えて、もとの服は袋に入れて帰る。帰り際、下着も数着購入した。


 皮と違ってさっぱりした着心地に、下着も服も気に入って貰えたようだ。ただ、戦士だと一目では解り難いという守備隊から、守備隊の人がしているネックレスを渡されてそれぞれ身に付けた。


 そして、家に帰りついた頃、突如ホールが開く。さっと散開した私達はそれぞれ異形を狩って回る。畑などには余り出ては居なかったがそれも駆逐し、家から飛び出てきた家族については家内の異形を瞬殺する。


 以前と違って物陰が多くなっていたが、シェラドさんの脚の速さがそれを補った。建物の影に居たものは全て駆逐したという。


 まだビルなどが建っていなくて良かった。村内の異形を駆逐したあとは、街へ応援に向かう。守備隊の人は相変わらず苦戦しつつも確実に一匹づつしとめている。


 ちょっとした群れに光刃をお見舞いして退治、シェラドさんはばらけた異形をさくさくと刈り取っていく。そう狭い街ではなかったが、元村だった居住地とそこまで差がない。なんとか被害者を出さずに全ての異形を始末した。


「なんて早さだ…」


 呆然と守備隊の隊長が口にする。


 そうそう、シェラドさんは倒すのも脚も早いからね!比べ物にならないのは仕方がないよ!


 結果は転んだりした軽傷者が3名。重傷者や死人はなし。


「改めて、こちらに住居を移してくれてありがとう!本当に感謝する!」


 守備隊に頭を下げられ、私達は慌てて頭を上げてもらう。


「同じ戦士です。それに納得してこっちに来ましたので、礼は不要ですよ。これからも精一杯頑張りますね!」


「ありがたい、是非お願いする!」


 守備隊と手を振って別れ、家へと戻る。


 村内でもほぼ被害はなかったのだが、約一名、不運な事に真横に出たホールからの一撃で右腕を失っていた。


 神官さんを呼ぼうと思ったが、人間の国では基本的に神官は王都にしか居ないそうだ。駐在として各街に1名派遣されていたりするが、丁度交代の時期で一旦全員王都に戻っているらしい。


 ――光。昔も、出来た記憶はないが、聖属性という点では神官と同じ属性の筈だ。癒せるはずだ、いや、癒せる。癒せ、この傷を!


「癒しの光!」


 ぱぁっといつもとは違う柔らかい光が傷を覆う。光が収まった時には、右腕は元に戻っていた。私はほっとすると同時に身体が傾ぐ。


 ――あれ。無茶、だったかな…。


 暗闇に飲まれる前に、いつもの暖かな腕が私を受け止めてくれた。

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