第18話 愚か者の犠牲者たち ②

王太子妃が第一王女アメリアを出産した。

国民は真実の愛の結晶だと祝賀に沸いたが、なぜか王子だと信じ込んでいた王太子妃は落胆して子育ても全て乳母任せだという。

年を同じくして数か月後にフリーデリケが嫡男のドミニクを出産したことを知ると周囲に当たり散らし、アメリア王女を顧みなくなったらしい。

見かねた王妃が王妃宮に引き取り育てる事にしたと聞いた。

アメリア王女の将来を考えれば、妃教育も全く進まず王族として最低限の振る舞いさえ身に付かない母親に育てられるよりはいくらかマシだろう。


年を挟み、やや先んじて懐妊したフリーデリケが次男トビアスを出産したと知らせを受けた王太子妃は、自身も妊娠中だというのに荒れに荒れたという。興奮が良くなかったのか早産で生まれた待望の王子は虫の息で、医師団の懸命な努力で持ち直した息子を王太子夫妻は溺愛し、王太子妃は乳母にも渡さず片時も離さないらしい。

名は何と言ったかな。

そうそう、リチャード王子だ。

最近年のせいかどうでもいい事はすぐに忘れてしまうのだ。




◇◇◇


ドミニクとトビアスの誕生と同じころ、ガレリア侯爵家にも子どもたちが誕生していた。

アランとバーバラだ。

アランはガレリア侯爵に似て、少々不愛想だが幼い頃から計算や采配に優れた才能を見せており、

バーバラは北の領地出身のフローラ侯爵夫人に良く似て透き通るような雰囲気が大変可愛らしく、そして驚くほどに賢かった。


「お父様、お母様! 僕のバービーは天才だよ!」


息を切らしてキラキラした目で居間にやってきたトビアスに連れられて子供たちの遊び場にしていた談話室にやってくると、ドミニクがボードゲームの盤を真剣に見つめていた。


商談のために滞在するガレリア侯爵と共にアランとバーバラも招待していたのだ。

同じ年頃の子供たちはすぐに打ち解け、ドミニクとトビアスは初めて接する女の子のバーバラが可愛くて仕方ないらしく、妹が出来た、僕たちのバービーと呼んでそれは喜んで世話をしていた。

今朝、ドミニクがアランにボードゲームのルールを教え、二人が対戦するのをバーバラがじっと見ていたらしい。あまりに熱心に見ているのでトビアスがバーバラを相手に対戦してみた所、全く歯が立たなかったそうだ。それを見てドミニクがバーバラと対戦するとこちらもあっさり負けてしまったという。

それから三回対戦し、完敗したところでドミニクが固まったのが今の状況らしい。

ドミニクもトビアスも、フリーデリケ選りすぐりの家庭教師たちにボードゲームの手ほどきを受けている。特にドミニクは彼らと互角の戦いが出来る程に強いのだ。そのドミニクが一度ルールを聞いて対戦を見ていただけの7歳のバーバラに勝てないとは。


フリーデリケの目の色が変わった。

ガレリア侯爵に、こちらに来る度には必ずバーバラを連れてくるように言っている。

フリーデリケは隣国の王族の血を引く元公爵家令嬢だ。政略により近隣の王室に嫁ぐ可能性も視野に入れて、王になる可能性のあった兄のチャールズと同等の王族教育に加えて領地経営についても叩き込まれており、外交や商談に必要な近隣4か国の言語を自在に操れる。

その知識を全て自らバーバラに注ぎ込むつもりのようだ。


ドミニクはしばらく盤を見つめた後、ぱっと顔を上げて興奮した様子で話し出した。


「三回とも違う攻め方をしたのにちゃんとそれに対応して勝ってるんだよ!

 しかも三回とも僕が逃げの手を指した後に三手でチェクメイトしてる!

僕たちのバービーは本物の天才だ!」


キョトンとするバーバラの頭をドミニクが優しく撫でている。


「さあ、頭を使ったから今度は外で遊ばなきゃ! アラン、バービー、ブランコに乗りに行こう!」


4人仲良く手を繋いでテラスから外へ出て行った。


負けた事実に囚われず、負けた理由と経緯をきちんと検証して、素直に相手を称えられる。

我が息子たちが心から誇らしい。君の生んでくれた息子たちは僕の誇りだよと、フリーデリケを抱き寄せると、あなたの授けてくれた息子たちは私の宝物よと答え、二人で寄り添って庭の子どもたちの様子を眺めていた。

子供時代はあと少し。せめて今は屈託なく目いっぱい幸せに過ごしてほしいと願いながら。




それから五年の歳月が経ち、父王が崩御し王太子夫妻が国王・王妃として即位した。

ヴォルク大公からの支援金は王妃在位中のみとの約束通り打ち切られ、王太子妃の実家からの援助では到底追い付かず、困窮した王家は莫大な資産を有するガレリア侯爵家のバーバラに婚約者候補として白羽の矢を立てた。



◇◇◇


「トビアス、お前に隣国ダリス公爵家への婿入りの縁談が来ている。

 隣国のチャールズ国王とマリアンナ王妃の第一王女がダリス公爵を継ぐことに決まって婿を探しているそうだが、どうだ」


父のホーエン公爵からそう告げられた。思う人と添えないのであればどこへ縁づいても同じだ。


「父上のお心のままに従います」


そう答えて礼を執る。


「これはお前が穏やかに人生を送れるであろう選択肢その一だ」


その言葉に顔を上げると、父は続けた。


「選択肢二は、不能となり準王族になる」


変な声が出そうになるのを瞬きでかろうじて抑え、父を見つめた。


「久しぶりにお前の変な声が聴けると思ったのに、残念だ」


心底残念そうな顔をしてそういうと、執務机に肘をつき口を覆った。

密談の姿勢だ。


[隣国の王家と我がホーエン公爵家が二代続けて縁続きになることを警戒して王家がお前の命を狙っている。三日後、王太子がお前を遠乗りに誘い出して事故を装い暗殺する計画だがそれは手配済だ。

選択肢二は、その事故を利用して王太子を庇ったお前は馬に蹴られて大怪我をし不能になる。そのことを盾に筆頭補佐官に任命させ、第二王子宮の住人にする。そうすれば生涯バーバラのそばで暮らせるが、お前は不能のそしりを受け、目の前にいる思う相手には触れる事が許されない。これは茨の道だ]


父はやはり私の気持ちなどお見通しだったか。


王家と王太子のバーバラに対する態度は正直腹に据えかねている。一時はバーバラを亡き者にしてシェリル嬢をガレリア家の養女として嫁がせることで、王太子の想い人とガレリア侯爵家の後ろ盾と財産を得られて両得だなどと画策していた。

そんなことを、ガレリア侯爵家はもちろん我がホーエン公爵家が許すはずがないだろう。

父は『頭におかしな花が咲いている女の考えそうなことだ』と吐き捨てていた。

両家は何があってもバーバラを守り抜くだろう。

そう、私がいなくても。


しかし、常に全力で羽ばたいているバーバラには羽を休める場所がない。

いつその小さな羽が力尽きて落ちてしまってもおかしくない程に羽ばたき続けている。

ならば私は、その小鳥が止まれる小枝になろう。小枝は、子供の頃のように頭を撫でることも、寄り添って慰めることも、涙を拭いてあげることも、不安な時に抱きしめることもできないけれど、この世で一番大切な私の小鳥に、安心して羽を休める小枝があると思ってもらえるなら本望だ。


「選択肢二で」


父は呆れたような、安心したような笑みを浮かべると、手を振って私に出て行くよう促した。



次の朝、登城すると王太子宮の使用人が全て公爵家の領地の使用人に入れ替わったと従者に告げられた。私とバーバラを子どもの頃から見守っている皆だ。

王太子妃宮も既にガレリア侯爵家の使用人に入れ替えられているという。


私は、優しく微笑むことが出来る枝になれたようだ。




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