第2話 HAPPY BIRTHDAY!

同日 16時


「物騒な世の中になったもんだ…」

「にぃちゃん、大丈夫?」

 車の後部座席から声がかかる。

寧音ねね、兄ちゃんは大丈夫だ!歩睦あゆむ呼んで来てくれるか?」

 兄ちゃんとして、上手く笑顔は作れているだろうか。

「うん、わかった!」

 日本人特有の黒い長髪をなびかせて、スタスタと走っていく姿が幼い。

「可愛いなぁ…」

 寧音の姿が見えなくなったタイミングで電話の着信がなった。誰だよ、こんなときに。

「もしもし、川瀬ですけど…」

「おい、何してんだ!」

 その声の持ち主は、霧崎 湛司きりさき あつしだった。俺の唯一の友人で、口数が多い変わり者だ。

「げっ!なんだ、お前か…」

「いい加減、番号登録しとけよ」

「まぁ、いいじゃん」

 めんどくさいし。とは言わないが、心の中でぼやく。ガミガミうるさくなるから。あー、考えるだけで、それもめんどくさい…。

「いいじゃん、って…。ん、ってゆーかお前、また入ったってなアレ・・

「あぁ、あのガムな」

「そう。子どもをターゲットにするとか、容赦なさすぎだろ。まず、あんなモン入れさせるこの国も狂ってるけど…。お節介かもしらんが、お前の下の子たちも気をつけさせろよ」

「わかってる」

「話は逸れるが、今どこだ?」

「第一中学校。歩睦の迎えに来てる」

「あ?あぁ、南中なんちゅうか」

 ふと、窓の外を見ると寧音が笑顔で走って来るのが見えた。その後ろには、紺のブレザーを着た歩睦が寧音の後を追って歩いていた。

「南中は俺らの頃の名前だろ。話の途中で悪いけど、寧音と歩睦が帰って来たから、切るわ」

「おう!気をつけて帰れよ。…あっ、言い忘れてた、静久…」

 誕生日おめでとな、という湛司の声は聞こえていなかったことにしよう。

 そのままスマホの画面は閉じず、番号登録をして閉じた。

「寧音、ありがとな!歩睦もおかえり」

「ただいま。兄ちゃん」

「家、帰るぞ」

「うん!」 



〈川瀬家〉


「我が家、ただいまぁ!」

「相変わらず寧音は元気だなぁ」

 風呂の準備して、晩飯作って…。

 延々と考えながら、カレンダーに目をやると、一際目を引く赤文字で『児童・学生疎開そかい』の印があった。日付は来週末。そういや、もうすぐだったな。

「おい、歩睦も寧音も来週の出発の準備しろよ」

「「はーい」」

「兄ちゃん、風呂沸かしといたから先入ってて」

 なんだ?今日は随分と気が利くなぁ。

「いや、いいよ。歩睦が先入れ、部活で疲れてんだろ?」

「いいや、今日は兄ちゃんが先に入って!部活、今日なかったし」

 無理くりに背中を押される。

 いや、痛い痛い!骨が折れるわボケ!弓道部のくせして馬鹿力すぎるだろ…。

「はぁはぁ…。まぁ、そんなに言うんなら入る…」

 とまぁ、そんなわけで風呂に入ることになった。

 本当に何なんだ…?俺、明日死ぬの?


 風呂から上がり、キッチンに立ち晩御飯の支度をする。献立は質素で、ほうれん草のえ物とブリの煮付けに、外国産の白米だ。最近、日本のコメ農家をめっきり見なくなった。一汁添えるべきなのだろうが生憎あいにく、味噌は切らしていて、買いに行く気力も湧かない。和食なのは、材料が少なくても作れるからというのもあるが、二人も好んで食べてくれるから、というのが一番の理由だ。

「あっ、にぃちゃん!ごはん、ありがと!」

 食卓に食器を並べていると風呂から上がった寧音がバタバタと寄って来た。

「食べたら、早めに寝ろよ」

「うん!」

 歩睦も、課題を終えて食卓につく。

「いただきます」

 手を合わせて各々が口を開く。

 質素だが、美味いと言いながら食べてくれた。

 部活は、最近どうだ?とか、友達と仲良くしてるか?とか、幼馴染のミラちゃんとは、良い感じなのか?とか、いろいろ話した。というかいろいろ訊いた。

 うざい兄ちゃんでごめん。

「にぃちゃん。はいっ、お誕生日おめでとう!」

 皿洗いが終わりベランダで一服していると、寧音が丁寧な字で「誕生日おめでとう」と書いた封筒を手渡してきた。こんなことなら、この時間タバコなんてしてなかったのになぁ。

「なんだ…。手紙でも書いてくれたのか?ありがとな」 

「そうだよ、どういたしまして!」

「僕からも、誕生日おめでとう。ケーキ作りたかったんだけど時間がなくて…」

 後ろから覗いていた歩睦もベランダに一歩踏み出してそう言ってくれた。

「ありがとな、歩睦も。手紙だけでも十分嬉しいよ。でも、もう子どもは寝る時間だ。早く寝ろよ」

「はーい…」

 眠たそうに寧音が返事をするのを察してか、歩睦も「じゃあ、おやすみ」と言って、寧音を連れて寝室に向かった。


 ドアが音を立てて閉じられて、丁度一呼吸置いたタイミングで本日二度目のスマホの着信が鳴った。画面には『霧崎湛司』の文字が。

「もしもし、またお前か」

「その調子だと、電話番号の登録してくれたみたいだな」

「まぁ」

「そんなことは一旦置いといて、仕事・・だ」

 マジか。

「わかった。今そっちに向かう」

 いつものれたTシャツとジーパンのまま家を飛び出した。


 ――俺の誕生日はまだまだ続きそうだ。


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