ジェンセン家の思い出

北野美奈子

M&M’s の優雅な生活

 ケネットはよく弟マーティンと弟の夫のマークをM&M’sと一括りにする。マークとマーティンは背丈や体型はほぼ同じだけれど、それ以外はそれぞれ自分のスタイルがあるので似たもの同士という感じはしない。むしろそれぞれに個性があるから上手くいっているように見える。


 マークは常にダークブラウンの髪を短く切り揃えていて、モノトーンの服装を好むので、それが彼の大きなグレーの目を際立たせているという印象を受ける。嘘や虚栄は通用しないというような少しの威圧感と、人が不思議と気を許してしまうという妙な魅力がマークの中には同居している。


 マーティンは典型的なデンマーク人の容姿をしていて、髪は赤っぽいブロンドを肩の下まで長くしており、大抵は後ろで丸めて邪魔にならないようにしている。深いブルーの目はケネットと同じ色だ。口数は多い方ではないけれど、よく気が付くし、頭は切れる。M&M’sとは言い得て妙なネーミングだと初めて聞いた時に夏子は笑った。


 これでも結婚前、マーティンは恋多き男だった。夏子がデンマークに越して来た時はまだマークに出会う前で、同国人の別の恋人がいた。友人の紹介で知り合ったマークを見た時に、全身に電流が走ったのだと大真面目な顔で言っていた。夏子はそこまで強い感情を誰かに抱いたことが未だかつてないので、少々羨ましい気がした。


 マーティンは高校生の頃から自分がゲイだという事をオープンにしていたので、社会人になるまでカミングアウトが出来ずにいたマークとは対照的だ。それだけデンマークがそういう点で進んでいたということもあるかもしれないが、マークにはそれ以外にも色々と葛藤があったようだ。


 子どもがいないこともあり、夏子には二人の生活が優雅に思える。例えば、M&M’sはお互いの誕生日をとても奇抜な方法で祝う。毎回、国内あるいは国外を旅行するということは定番で、大抵1週間ほどの休暇を取って二人で旅行をする。何が奇抜かと言うと、その旅行が当日に空港あるいは中央駅に着くまで、ほぼ完全にサプライズであるということだ。


 先月はマーティンの誕生日だった。マーティンはいつものように空港でチェックインするまで全く行き先を知らされていなかった。さすがにチェックインカウンターを探す時点で行き先はバレてしまう。ジェンセン家の面々はM&M’sの誕生日に誰一人として彼らがどこに旅行に行くのか事前に知らされることはない。誰かがうっかり口を滑らせてしまう可能性があるからだ。


 例年のように今年もホテルや航空券の手配を全部マークがしたので、マーティンは旅行の出発日と最終日は決まっていてもそれ以外の情報はもらえない。さすがに暑かったり寒かったりすると現地に行ってから困るので、セーターを用意しておくとか、水着がいるかどうかなどの情報だけはかろうじて得られる。


 M&M‘sはお互いサプライズの方が楽しいので、誕生日が近づいても出来るだけ情報を探ろうとはしないらしい。そういう時体型が大体同じというのは便利で、服などの不足があれば片方がとりあえず借りればいい。ただ二人とも185cm近くある大男なので、靴などはきちんと自分の物を持って行かないと現地で調達しにくい場合もあるようだ。


 出発の日、マーティンから家族チャットにメッセージが入った。今回はリスボンとポルトに行ってくる!と。家族がすぐさま反応する。ノアはイタリアあたりだろうとリアムと賭けをしていた。ケネットはフランス、リアムはスペイン、ルナは南アフリカ、エスターはスイス、夏子はギリシャ辺りだと思っていた。マーティン自身はドイツ辺りかと検討をつけていたようだ。


 残念ながら今回は誰も言い当てられなかった。










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