間違いのないプロモーション戦略
朝倉亜空
第1話
「より多くの物を売るにはどうすべきか? 高性能の製品を作る。当たり前だ。そこじゃない。一人でも多くの顧客にその商品の存在を知ってもらうこと、つまり、宣伝だ」
ここはとある家庭用ビデオゲーム制作会社の販売企画部、その会議室。十数名の企画部員たちの前で本社社長が熱弁をふるっていた。「いかにして、顧客がその商品を欲しくなるような広告を打つことが出来るか。魅力的に思わせるアピールをすることが出来るか。はっきり言えば、品質ソコソコでも、それで商品の売れる売れないが決まるのだ!」
真剣なまなざしの部下たちの前で、社長のアツいレクチャーは続く。
「決定的な売り上げは決定的なイメージ戦略がもたらす。間違いのない完璧なプロモビデオや販促ポスター制作こそが唯一、会社にビッグセールという勝利をもたらしてくれるマスト・キーとなる! 分かるか⁉」
「はい!」
「分かります!」
社員たちは口々に答えた。
「特に今回はビッグプロジェクトを立ち上げたRPG大作だ。我が社の社運を賭けたと言ってもいい。ジワ売れする息の長いシミュレーションゲームはともかく、RPGは初動が命。そのこともシッカリ念頭に入れて、間違いのない、完璧なプロモーション戦略を練ってくれ! 以上!」
「……あの、社長……」
部下の一人、多胡がおずおずと口を開いた。この男、ここ宣伝企画部の部長を拝命している。
「ん。何だ、多胡君」
社長が言った。
「は、はい……。少しは、まち、がいが、あの……、あったとしても、いけないでしょうか……。も、もちろん、よいPVやポスターを部下一同、全力で作らさせていただきますが、ひとつ、ふたつくらいの……」
「駄目だッ! そんな甘いことを言ってどうするッ! 今の私の言葉を君はまったく聞いてなかったのかね? 君のその緩んだ意識が既に間違いじゃないかッ!」
社長の大きなカミナリが多胡部長の頭上に落ちた。「呆れてモノが言えんよまったく。いいか、プロモーションビデオの良しあしで、ポスターのパワフルなアピール性で商品の売り上げがキ・マ・ル・ン・ダ! 何度も言わすなたこ! だから、一つも間違いのない、魅力的で完璧なPV、ポスターを作ってくれたまえよ!」
「は、はいッ。申し訳ありません! 社長に喜んでいただける完璧な販売広告をしっかり仕上げてまいります! 失礼いたしました!」
ぺこぺこと平謝りに誤るたこ部長、じゃなくて多胡部長であった。
さて、翌日より多胡率いる宣伝企画部は大忙しとなった。
部下が多胡に提案した。
「部長、先行予約購入者には、何か特典をつけましょう。定価の5パーセント割引なんかどうでしょう」
「何を言っているんだ。社長の言葉を忘れたのか。そんなものではだめだ駄目だ」
「では、10パーセントオフ……」
「バカも休み休み言いたまえよ」
ほかの部下が言った。
「それではメンバーズカードのポイント増量付与というのはどうでしょう。予約日時が早いほど、ポイント増量分が多くなるようにすれば……」
「そんなことをしてどうする? それが君の完璧な答えか。もっと案を練ってくれ」
また、別の部下は、
「予約購入特典として、限定の非売品グッズ、例えば、主人公のミニ・フィギアをおまけに付けるなんて絶対ウケますよ。限定、非売品、ともなれば、ファンは誰でも欲しがりますからね」
「あーあ。君までもがそんな程度の発言をするとは。なっさけない!」
バンとひとつ、大きく机をたたき、立ち上がった多胡は、部下たちに向かって声を張り上げた。「いいかみんな、よーっく聞いてくれよ! まちがいなく! かんぺきな! せんりゃくアイデアだッ! しっかり頭を使ってくれぃ!」
その後、遂に多胡以下販売企画部数十名の力により、期待のRPGゲームの販促チラシ、ポスター及びビデオが出来上がり、ポスター、チラシはすぐさま全国のゲームストアへ配布され、そしてビデオは各テレビ局のコマーシャル枠で流す手筈を取った。
「ウチの大作RPGと同時期発売の他社ソフトの販促企画についてはいろいろ噂が流れてきておる。先行予約で定価の20パーセント引きだとか、限定アイテムのおまけつきだとか、まあ、どこも似たようなことをするもんだが、多胡にはあれだけはっぱをかけておいたんだ。どれ、奴に任せた我が社の戦略を見てみるとしよう」
社長はそう言って、テレビのリモコンのスイッチを入れた。「ちょうどこの時間に流れるはずだ……」
テレビ画面に社運を掛けた自社ゲームのCMが流れてきた。冒険中の主人公たちのアクションシーンをバックに本作のテーマミュージックが流れている。謎解きやバトルアクションを存分に楽しめそうだ。そして、最期にアナウンスが入った。
「……、なお、当製品は先行予約時に一切のプライスダウンなし! ポイント増量無し! 限定グッズのおまけなし! さあ、今スグ予約しよう!」
「な、な、な、ん、じゃー! これじゃあ、売れんだろー!」
社長の顔は怒りで真っ赤っかになっていた。「たこめあれほど間違いなく作れと言っておいたのだがー!」
「いやー、社長の言う通りにしたものの、やっぱ、いるだろ、まちがいは」
一仕事を終えた多胡は呟いていた。「値引きやグッズが嬉しくて、予約したファンは発売日をワクワクと楽しみに待つもんだ。それが待ち甲斐だろうさ。多少の待ち甲斐はなくっちゃな。バカな社長だぜ」
大間違いに気づかないバカほど他人をバカ呼ばわりにするものである。
間違いのないプロモーション戦略 朝倉亜空 @detteiu_com
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