第二十五話 旅立ちの期刻

 秋綱は昂の身体を抱き上げると、魅月に視線を移した。


「詩帆殿を弔った場所へ案内して欲しい……」


 秋綱がそう言うと、魅月は静かに頷き、ゆっくりと歩き出した。そして、城門を入ってすぐ横にある僅かに苔の剥げた場所で立ち止まると、そこに立てられた小さな墓標を指差した。


「あの女性ひとは、ここに弔いました」


 魅月の言葉に秋綱は頷くと、その横に穴を掘り始めた。


「秋綱殿……」


「手伝いはいらない……。君が詩帆殿に自分を見た様に、俺も昂に自分を見た。昂の遺体を弔うのは、俺だけでいい。君の村を滅ぼしたのも、瑞希を滅ぼしたのも、全て昂が手を下した事だ。だから……」


 秋綱が言葉を切った瞬間、魅月は何も言わずに秋綱の横に移動し、穴を掘り始めた。


「魅月……?」


「もう少し……」


 魅月は押し殺した声を出すと、秋綱に視線を移した。


「もう少しだけ穴を広げて下さい。詩帆あのひとが寂しくない様に……」


 魅月の言葉に秋綱は頷くと、少しだけ穴を広げた。




 秋綱は昂の身体を埋めた場所に、自分の刀を突き立てると、そこに背を向けた。


「よろしいのですか?」


「あぁ……。もう、俺に刀は必要ない……」


 嵐が過ぎ去った空を見上げると、秋綱はそう答えた。


「俺があの時、昂を殺していれば……或いは、あんなにも簡単に諦めず、昂を捜し続けていれば、結果は違った筈だ……」


 秋綱はそう言うと、魅月に微かな笑みを見せた。


「本当に僅かな『軋み』と『すれ違い』だった。だが、取り返し様のない『すれ違い』だった……」


「秋綱殿……」


 何かを言いたそうにしながら、それを何度も口に出しかけようとし、その都度、憂いに満ちた秋綱の笑みに魅月は言葉を呑み込んだ。


「あの時に、昂を救う事が出来れば、誰も犠牲にならなかった……」


 そう言うと、秋綱は魅月に向かって手を差し出した。


「え……?」


「俺はこれから宛ての無い旅に出る。俺たちの『すれ違い』を、他の誰にも繰り返させたくない。それを『気付かせてくれた』魅月という『女性』に、一緒に来て欲しいと言うのは、俺の我が儘か……?」


 魅月は秋綱の言葉の意味を理解するのに、軽い食事を済ませる事が出来るだけの時間をかけ、その『真意』を理解すると、僅かに首を横に振った。


「私は身体が半分人形です。そんな女を連れていても、秋綱殿にとって面白くもありませんよ?」


「そんな事は無い」


 秋綱は一歩足を踏み出すと、差し出していた手を魅月の腰帯に回し、強く抱き締めた。


「人形? この温もりのどこが人形だ? 君は充分過ぎる程に人間じゃないか」


「あ、その……でも……!」


 顔を赤く染めながら、魅月は秋綱に声を張り上げた。


「私は子供を作れません!」


「それのどこに問題がある?」


 間髪入れずに入った秋綱の声に、魅月はうろたえ、必死に言葉を探す様に首を大きく左右に振った。


「私は、嫉妬深い女です! 秋綱殿が奥方を忘れない事に、きっと嫉妬します!」


「それも、君の人間らしさじゃないのか?」


 やはり、間髪入れずに入った言葉に魅月は小さく息を吐いた。


「何を言っても、私らしさの一言で片付けるつもりですか……?」


「魅月の魅月らしさを肯定しないと、魅月が逃げるからな……」


 秋綱が静かに言うと、魅月は頭を垂れた。


「わかりました。私を受け入れる、そう言われるのでしたら、私は頷くしかありません」


 それに、と、声を上げようとした瞬間、魅月の唇に秋綱の指が触れた。


「私を受け入れてくれる方がそう多くいるとは思いません、か?」


 秋綱の言葉に魅月は頷くと、笑みを浮かべた。


「そこまで言われては、私には立場がありません。亡くなった栞様には申し訳ありませんが、その穴埋めをさせていただきます……」


「栞の替わりを求めた記憶は無い」


 魅月の言葉を秋綱は否定すると、僅かに憂いをもった笑みを浮かべた。


「夏に咲く花に、春の陽ざしを求める事など出来ない」


「……栞様は忘れない。でも、魅月という個人を選んでくださる、と言う事ですか……?」


 魅月が僅かに上目使いで見上げると、秋綱は小さく頷いた。


「わかりました。どことなり、お連れ下さい。私は秋綱殿について行きます」


 魅月が頷くと、秋綱は空を見上げた。


「行こう……。まずは大陸中を巡る旅からだ」


 秋綱と魅月はようやく抜け出した鎖の中から、静かに一歩を踏み出していた。

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復讐の絃 彷徨いポエット @ototsukai

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