交わらない君と僕

山口甘利

交わらない君と僕

 君と僕は関わりがなかった。

 同じクラスでもなければ、同じ部活でもなく、共通の友達もいない。ただの同じ学校にいる人。

 そんな君を僕は好きになった。廊下ですれ違うだけで、顔が赤くなった。君と友達になりたいと思った。


 中学1年生のまだまだ陽が下がらない夕方。いつも通りテニスをしていた。すると、部活に森川唯奈という女子が入ってきた。笑顔が絶えない彼女は、部活のみんなとすぐに仲良くなった。もちろん僕とも。だが彼女とは違うクラスだったため、部活以外話すところがなかった。

 ある日の放課後。テストが近かったため1人で残って勉強をしていた。少し眠くなり、うとうとしていた所ふいに肩を叩かれた。振り返ると唯奈がいた。

「今、寝そうだったでしょ?」

「うん。まあね。それより今日はどうしたの?部活あったっけ?」

「ううん、なかったよ。私も碧君と一緒で自習しようと思ってたとこ。めっちゃ失礼なこと聞くんだけど苗字ってなんだったっけ?」

 申し訳なさそうに尋ねてきた。

「黒川碧。これ2回目だよ?そろそろ覚えてよー」

「ごめんごめん。私男の子とあんまり仲良くないからさ。てかさ碧君っていつも誰と仲良いの?」

 僕に友達がいないと思ってるのだろうか。まあ、そう見えるのかもしれない。

「んーテニス部の仲井とかかなー。逆に唯奈は?」

「碧君と同じクラスにいる、斎藤陽毬は家が近くて幼馴染。同じクラスだと、星野仁美って子かな。」

 心臓がドクンと鳴ったのを全身で感じた。星野仁美は僕の一目惚れした人だった。もしかしたら話せるかもしれない。そんな希望を持てた気がした。

 他にも色々な話をし、また明日一緒に残ることを約束し、解散した。


 次の日の放課後、約束された図書室のドアを開けた時ふと目が合った。そこには、唯奈と星野仁美がいた。

「あ、碧君。ごめんね、今日仁美と約束してたの忘れててーもしよかったらで良いんだけど3人でしない?」

 心臓がまたドクンとした。少し茶色がかった長い黒髪に、目はぱっちりとした二重ではなく優しい光を持っているようだった。

「僕は良いけど、その。」

 言葉が詰まってしまう。

「私は大丈夫だよ。あ、私は星野仁美です。仁美って呼んでくれたら。」

 自分に話しかけられてることに頭が追いつかなかった。

「うん。僕は碧でも黒川でもなんでも。」

「じゃあ唯奈と一緒で碧君って呼ぶね。」

 下の名前で呼ばれると思っていなかった。しかも君付け。

「よし、それじゃあテスト近いし勉強しよっ。」

 唯奈が元気よく仕切る。さすが。

「うん。」

 3人でいる時間は幸せだった。

「そういえば、碧君って推しとかいるの?」唯奈が聞く。

「知ってるか分からないけど、『LOVE YOU』って言うアイドルグループが好きでさ。」

「え!私も好き!誰推し??」

 急に仁美が声を上げた。まさかの同じグループ推しだった。

「嘘!僕はマナ推し、仁美は?」

「え、私も一緒なんだけど。」

 まさかの出来事だった。共通の話題ができてしまった。

 その後、お互いに推しの好きなことを話し、解散した。明日また一緒に残ることを約束して。


 次の日、昨日と同じ場所に行くと、同じクラスの斎藤陽毬もいた。確か唯奈と幼馴染だったはず。

「ごめんねー今日はわいわいしたいなって思って陽毬も誘っちゃった。良い?」

「うん、大丈夫だけど。」

 昨日と同じような流れな気がする。

「私は全然大丈夫。同じクラスの確か、黒川君だったよね?」

 斎藤さんは友達も多く、スポーツも勉強も万能な彼女は人気があった。

「うん、斎藤さんだよね?」

 合ってるか不安だったから、少し声が小さくなってしまった。

「そう、下の名前、陽毬だから陽毬って呼んでくれたら。黒川君も碧って呼んで良い?」

「うん、わかった。」

 その後は、4人で勉強を教え合ったり、たわいもない会話をして終わった。


 陽毬と話す機会が多くなったのは、席替えで隣になった時からだった。

 ある日の休憩時間、陽毬がこんな提案をした。

「ねえねえ、今度の日曜日さ、どっか行かない?」

「うん、行きたい!でも誰誘う?唯奈とか?」

「うーん、唯奈はいつも遊んでるから、仁美とかどう?」

 仁美の名前が出るとは思っていなかった。もし、遊べる機会があるなら。

「良いじゃん、誘ってみようよ。」

 次の休憩時間、ひとみと話すことが楽しみで授業にあまり集中できなかった。

 仁美の返事はYesだった。


 日曜日、待ち合わせは駅の改札前だった。

 一本早い電車に乗った僕は、スマホを見て2人を待っていた。

 しばらくして、後ろから2人が笑いながら歩いてきた。

「ごめんごめん、遅れたー」

 陽毬がそう言い、仁美は手を合わせた。

「全然全然、僕もさっき着いたとこ。」

「じゃあ良かった。まずは、お昼食べよっか。」

 陽毬と仁美が横に並び、僕はそのあとをついていった。


 食事が終わり、ショッピングモールをぶらぶらと歩いていた。

「ねえねえ、この服可愛くない?」

「うん!めっちゃ可愛い。おそろで買う?」

「え、それありだね。他のも見よ。」

「でしょ。うん、そしよ。」

 2人は楽しそうに話していた。その輪の中に入れず、僕は疎外感を感じてしまった。ほんとは参加するべきだった。なのにイヤホンを耳につけ、ただ2人を後ろからついていくだけの男になってしまった。


 僕は途中で2人が話していた内容を思い出した。

「ねえ、仁美ー唯奈のこと好き?私ちょっと苦手というか大嫌いなんだけど。」

「陽毬もなの?私も苦手。なんか自分勝手だよね。それに上から目線だし。」

「そう、ほんとそれだよね。幼馴染って言ったじゃん?だからまあ親同士も知り合いなんだけど、親も自分勝手って感じでさ。私の家族みんな唯奈の家族嫌いなんだよね。」

「そうなんだね。」


 その会話を思い出すと少し胸が痛くなった。

 唯奈は優しくて人の気持ちを一番に考えてる人のはずと思っていたのに。

 月曜日の放課後、いつもの図書館に行くと珍しく唯奈は1人だった。

「あ、碧君。どうしたの元気なさそうだけどさ。」

 この気持ちは顔にも現れてたみたいだ。

「いや、なんでもないよ。」

 さすがに正直には言えなかった。

「なんとなくだけどさ、誰かが私の悪口言ってたとかじゃないの?」

 まるで心を読めれた気分だった。

「いや、別にそんなことはないよ。」

「絶対そうじゃん。今も声震えてたでしょ?正直に言ってくれないかな。私も誰かに何も言われたか分からないまま過ごすのは嫌だし。」

 そうだよね、そう言い僕は昨日のことを話した。

 僕の話を聞き終えた後、納得したような顔でこう言った。

「向こうがそう思ってるなんて知らなかった。これからどうするか少し考えるね。教えてくれてありがとう。」

 そう言った後、唯奈は勉強を始めた。僕はどうしたら良いか分からず家に帰ることにした。


 木曜日の夜、僕はいつも通り、家族でバラエティ番組を見ていた。するとスマホに通知が鳴った。

 見ると陽毬からのLINEだった。3件きていた。嫌な予感がした。

(ねえ、唯奈から私が唯奈のこと嫌いって碧から聞いたって言われたんだけど。)

(間違えたって本人に伝えて。)

(そんなことするとは思ってなかった。もう碧とは話したくない。)

 たった3件。でも胸に重く響いた。

 確かにそのことを唯奈に伝えたのは悪かった。でもどうしてそれを本人に言ったのか。何がどうなっているのか分からなかった。その時、自分が悪いと思えなかった。

 そこから陽毬、唯奈、そして仁美と距離が遠くなってしまった。

 すれ違っても知らないふり。

 

 君と僕は交わることのない。それでも今でもなぜか、僕は君が、いや仁美が好きだ。

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交わらない君と僕 山口甘利 @amariyamaguchi

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