やっぱり君が好きだ

山口甘利

一.春、始まりの合図

僕は、昔から心臓が弱かった。そのため、たくさんの病院を通わなければいけなかった。だから学校に行く日も、クラスメイトと同じ時間を過ごすことはほとんどなかった。だから──友達はできたことがなかった。そして転校する。その繰り返しだった。名前を覚えられる前に消える。それが僕だった。

 だけどこの春は違った。中学3年生の春。桜が舞う登校初日。栃木県の中にある小さな学校にやってきた。


 そこに彼女はいた。


 艶のある黒髪をポニーテールに結んだ彼女を、無意識に目で追ってしまった。多分、恋をしてしまった。

 その子の名を白石花凛しらいしかりんと言うらしい。

**

 今年の春は例年よりも桜が散っている気がする。春風が吹くたび、花びらはふわりと舞う。何かいいことがあるのかもしれない。そんな期待を胸に私は門をくぐった。

 教室に入ると親友の尾木菜々おぎなながいた。丸い目をし、ぷっくらした頬をもつ菜々は私を見て駆け寄ってきた。

「今年も同じクラスで嬉しい!今年はなんと転校生が来るらしいよ!」

「ほんと!楽しみだね。」今まで転校生がきたことはたくさんあった。だけど私の心を掴む人はいなかった。だから今回もそう思っていた。

 だけどその時。教室のドアが開いた。そこにいたのは、ぱっちりとした二重まぶたを持った瞳。鼻筋はすっと通っていて、輪郭はやわらかいのにどこか整ったそんな男の子がいた。

「……かっこいい……」
 思わず、心の中でつぶやいてしまった。

 黒髪は少し長めで、前髪が自然に目元にかかっている。その隙間から覗くその二重の瞳が、なぜか頭から離れなかった。

 その瞬間だった、私が彼に恋をしたのは。


「はい、席に座ってください!」担任の先生の声で目が覚めた。

「今日からこの3年3組になった、永谷陽人ながたにはると君です。自己紹介どうぞ。」

「はい、今日からこのクラスに転校してきた永谷陽人です。よろしくお願いします。」緊張しているはずなのに落ち着いた低い声。教室中がざわついた。席に座るまでの数秒間、私は目が離せなかった。

「ねえ、陽人君、めっちゃイケメンじゃない。」菜々が私にそう言う。

「ね、私も思った。」胸の奥がくすぐったかった。今までとは違う転校生は私の心を掴んだ。


 次の日、席替えがあった。

 くじ引きを引くと──陽人君と隣になった。これは偶然。いや運命なのかもしれない。

 緊張しつつも声をかけてみた。

「これからよろしくね。」

 少し驚いた表情をしつつ、「こちらこそよろしく。」と返してくれた。ただそれだけで私の胸は熱くなった。顔も赤面しているのかもしれない。

 私は昨日偶然聞いた話を思い出した。


「ねえねえ、知ってる?あの転校してきた子心臓が悪いらしくて、またすぐ転校するみたいだよ。」

「そうなんだ、可哀想だね。」

 帰り道、クラスの女子が話していた噂を私は聞いてしまった。だからこそ私は陽人君に優しくすることを決めた。


「ねえねえ、白石さんって転校したことある?」

 ふいに授業中、陽人君が話しかけてきた。

「ううん、ないよ。」

「そうなんだね。」そう悲しそうに話す陽人君は何度も転校する辛さを味わったのだろう。

 私は彼の気持ちを少しでも分かるようになりたいと思った。

 帰り道、私はいつも通り菜々と下校した。

「ねえ花凛、陽人君のこと好きでしょ?」といたずらっぽく菜々が私に言う。

「え、なんでわかったの?」と照れ臭く私は言う。

「当たり前じゃん、親友だよ?しかも陽人君と話してる時いつも顔赤すぎ。そんなの分かるに決まってるじゃん。」と胸を張って言う。

「そうなの。初めて見た時に一目惚れしちゃって。」恥ずかしい。

「あんだけカッコいいもんね。私応援してるからね。何か相談ある?」

「ありがとう。でも今のところは大丈夫そ。席も近くなったから」

「そっか、なら安心!頑張ってね。じゃあ今日塾だからバイバイ。」

 そう言って菜々は反対側へ行った。神様は今、私に優しい。この調子で沢山話したい。私はウキウキしながら家に帰った。

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