第六話 外ハネと思い出と涙
翠先輩との電話から一夜、昨日の電話はやっぱり夢だったんじゃないかと疑いながら今日も今日とていつも通り電車に乗る。
運転席の後ろに立って、スマホを握りしめている翠先輩と目が合った。
昨日までと違って今日はボブを外ハネさせている、かわいい。
「ましろちゃんおはよ!」
「おはようございます。外ハネすごい似合ってます」
先輩が私から目をそらして、指で髪をくるくると巻く。
「そ、そうかな~」
「身長高いし、すごいかっこいいです」
「それは嬉しいんだけどさ……」
スマホを持った先輩の手がぷるぷると震え始める。
かっこいいよりかわいいの方が良かったかな?
「先輩ってかわいさもあるのずるいですよね」
「そうじゃない……」
低い声で即答される、急にどうしたんだろう。
「スマホ見て」
促されたとおりに自分のスマホをポケットから出すと、翠先輩からのメッセージが溜まっていた。
『映画楽しみすぎて前日なのに5時に起きちゃったよ』
『先に電車乗っとくね』
『事故とかあってないよね?』
「元気に来てくれたからいいけど心配してたんだからね……」
ほっぺたをぷくりと膨らませてそんなことを言ってくる。
「既読だけでも付けて欲しいかな……スタンプ送るとかでもいいし」
出会って三日の私のことこんなに気にかけてくれるの優しい。どこぞの嫉妬心の塊みたいなギャルにも見習って欲しいくらいだ。
「先輩が私のことそんなに大切に思ってくれてるの嬉しいです」
「『付合ってるみたい』って昨日言ってたからちょっと意識しちゃった……」
やっぱり通話切れて無かったんだ、顔が熱くなるのを感じていると電車が動き出す。
「映画何時集合にしますか」
「うーん、私朝弱いから十時くらいでどうかな」
私も休日は遅くまで寝ていたいから助かる。
「朝弱いなら私がモーニングコールしてあげましょうか?」
目的があれば早く起きれる気がするので、冗談半分で聞いてみる。
「そんなのほんとに付合ってるみたいじゃん……ましろちゃんずるい」
真っ赤になった顔を先輩が手でパタパタと扇いでいる。
◇
放課後の図書館で本の匂いを吸いながら紫音先輩と向かい合っている。
「えっと、つまり彼女がいるのに他の女と遊びに行くってこと?」
「結果的にはそうなってますけど……」
「そういうの浮気って言うんじゃないかな~」
口をとがらせながらそんなことを言ってくるけど先輩と本当に付合ってるわけじゃないからギリ浮気ではないはず……
「お試しで付き合ってるだけで本当に先輩と付き合ってるわけじゃないですからね」
「それはそうなんだけど……」
「じゃあ私が誰とデートしてもいいですよね」
「文芸部がひとりになっちゃうのさみしいよ……」
急に先輩の顔が暗くなる。
確かに私が部活に来なくなったら先輩はひとりになっちゃうけど、それは私が翠先輩と付き合った場合じゃないかな。だってデート一日行くだけだし、そもそも土曜日に文芸部ないし。
「先輩はほんとにさみしがりやなんですね」
「まともに来てくれる後輩ができたのにまたひとりになっちゃうの嫌じゃん!」
身を乗り出して私に訴えかけてくるその目には涙が浮かんだいた。
先輩ならクラスの友達もいるだろうからそこまで文芸部にこだわらなくて良いような気もするけど泣いている先輩は見たくない。
「じゃあ先輩も一緒に映画行きますか?」
「いいの?」
目尻にたまった涙を拭きながら聞いてくる。
「先輩が泣いてるの見てられないんで」
「ましろちゃんってやっぱり私のこと好きでしょ」
えへへ、と笑いながらそんなことを言ってくる。
「やっぱり今の話はなかったことに……」
「ごめんごめん、ましろちゃんをそのお姉さんに任せられるか見てみたいから連れてってよ~」
「じゃあ付き合ってるっていうのは内緒でお願いしますね」
「わかってるよ!」
さっきまでの悲しい雰囲気はどこへやら、いつもどおりの笑顔に戻っていた。
「そろそろ学校出ないと電車乗れないので帰りますね」
「ましろちゃんはそうやってすぐ他の女のところ行こうとするんだから」
「じゃあ駅まで一緒に帰りますか?」
「そう来なくっちゃ!」
◇
自転車を押す先輩と一緒に駅までの下り坂を歩いている。
「ましろちゃんはさ~三週間終わったらもう彼女でいてくれない?」
「まあそうなりますね」
遠くの踏切を眺めながらそんなことを聞いてくる。最初から三週間の約束だったし、紫音先輩の恋愛を邪魔するわけにもいかないので別れるつもりだ。
「じゃあ最近話してるお姉さんと付き合うの?」
「告白しようとは思ってますけど付き合えるかはわかりません」
翠先輩ってモテそうだし私にだけ優しいわけではないだろう。
「付き合えても付き合えなくても文芸部来てくれる?」
「できるだけ来るようにはしますけど先輩受験生ですよ?」
「そういえばそうだったね、3年間あっという間だったよ」
へらへらしてるけど受験大丈夫なのかな、お金借りに来る先輩とか絶対見たくないんだけど。
「一番の思い出ってなんですか?」
「やっぱり文芸部かな、去年のことだからましろちゃんは知らないけど、夏休み中に文化祭用の部誌をみんなで書くの楽しかったよ」
この部活ちゃんと小説書いてたんだ。
「『文芸部が小説書いてる』とか思ったでしょ?」
「正直思いました」
「コンテストとかに出せるほどのものじゃなかったけどさ、みんなで雑談しながらだらだら書くの楽しかったな~」
先輩の声が震え始める。
「ハンカチいります?」
控えめに聞いた私の声は届いてないみたいだ、先輩が話を続ける。
「締め切り前日に3割くらいしかできてなくて先生にせかされながら書いたのもなんだかんだ楽しかったな~テスト直前に友達と問題出し合うみたいな感じでさ」
涙が流れ星みたいに先輩の頬を流れ落ちる。
「かっこわるいところ見せちゃったな……ましろちゃんの前だけは笑顔でいようと思ってたのに」
「かっこわるくなんてないですよ」
気付けば私は先輩を抱きしめていた。
「自転車押してる人にハグは危ないよ」
紫音先輩が耳元でささやく。
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