本日のご乗車、ありがとうございます。

亖緒@4Owasabi

A story: What's my call? < 序盤 >

 週のはじまりの月曜日、オレは幼なじみを誘った。週おわりの土曜日、たまには一緒に遊ぼうと。高校入学から一年半、胸の奥にしまいっぱなしの気持ちを悟られないようにしながら。


 それで、まさかの出来事――だれかに話しても信じてもらえないような体験をするなんて、このときは思いもしなかった――



   ◆◇◆◇◆



「次の土曜日? 部活はないよ。陽子たちの誘いもないね。ふふっ、まっさら空いてるよ。うん、オッケー。楽しいところ、連れてけー。それじゃ、またね」


 新幹線の止まる大きな駅もあるまちから、オレたちは戻ってきた。路線バスで五十分ほどかかる隣町――それがオレと幼なじみの住んでいる町だ。段丘ができる大河川の大きめの支流が作った高台に住宅団地が建設され、オレ――町村まちむら康平こうへいの帰る家が建てられている。


 そして同じバスに乗っていた幼なじみ――川盛かわもり実那若みなもは、普段と同じ笑顔と軽い調子で返事してくれた。結構な大決心の果てにお誘いしてんだけど。


 こちらに手をフリフリしつつ、ここら辺りでただ一つの階段――神社の石段をミナモは上る。トレードマークのポニーテールが、今の気分を表すように大きく先端をゆらしていた。そんなミナモが鳥居の先に消えてから、オレも石段を上りはじめる。ただし、ゆっくりと。


 何せ、オレとミナモの家は四区画分しか離れていない。町内会の同じ班になるようなご近所さんだ。オレの家まで一本道なのに、手前にミナモの家がある。もしも一緒に行けば、ミナモを家まで送ることと同じになってしまう。


 近所を同行している場面を見られようものなら、付きあってるなんてウワサになりかねない。近所付きあいに熱心さのない新しめの団地といっても、ゴシップには飢えているわけだから。


 そんなに怖れないでいいじゃないかと、思う時もある。けれど思いがすぐに反転してしまう。もう既に似た経験があるのだから。いろいろ失うだけで終わった苦い思い出が、中学生のときに出来てしまったから。


 それでも高校に環境が変わることで、このままの距離感ではいけないと考えるようになった。晴れてミナモの隣を歩きたい――そんな願望を持ってから一年半、ようやく決心できた。ミナモのいる隣の教室からたまたま聞こえた言葉に、ひどく刺激されたという情けない理由だけれど。


『ミナモと愛澤先輩、お似合いだよね』

『ホントホント。どうして付きあわないのかな?』

『あんだけアプローチされてさぁ』

『不思議だよね? ミナモが恋愛オンチだとか?』

『田舎育ちらしいじゃん。かもよん?』

『だったらぁ、…………』


 愛澤? 三年のバスケ部エース様のことか?――オレは体中の血が沸騰したように感じた。ジェラシーでオレの心が焦げつきそうになる。ミナモと同じ部活ということは、オレの知らないミナモを知ってることになるはずだから。


 こうしては居られない。度胸のなかったオレでも、気持ちに火が点いた。だから遊びに誘い、告白しようと決めたんだけど――直接出会えた、つい先ほどを待つしかなかった。お互いの携帯番号もメッセージIDも教えあっているというのに。


 何はともあれ、一山を越えて荷が軽くなった――オレはそんな気分になっていた。計画の初期段階は無事クリアできたって。だから気がつかなかった――神社の社殿跡に立つ記念碑が、うっすら光っていることに。


   ◇◆◇


 それから時間はチョッパやに過ぎていく。


 ミナモがしてるように、オレも部活はしているが……同好会レベルの弱小サッカー部所属でしかない。良いのか悪いのか、用事があると言えば簡単に休める。それが一週間続こうと、『ナマケモノ!』と怒りだす人物もいない。


 それでひねり出した時間をアルバイトに当てた。団地下の川そばで母方の親せきたちが畑を作っている。その手伝いを買ってでたのだ。ちょうど夏野菜の最後の出荷と冬野菜の畑づくりの重なる時期でもあり、若い力を重宝された。


 出荷間近の畑や耕運機を入れる畑には近寄らせてくれない。それとは別に、育成サイクルのまっただ中の畑もある。オレにはそんな畑で、ルーティンを回す仕事が与えられた。


 もちろんアルバイト代は週末のデートにつぎ込むつもりだ。デート代は男がおごるもの。好きな娘に記念品を渡すもの。古くさいけど、アピールにはなる。


 実際、同じ教室の友人がサプライズを成功させて彼女をゲットしている。真似しない手はない。日焼けがうっすら見えるほど、オレはがんばった。


 だけど途中の水曜――


『今日、部活ないのよ。だから一緒に寄り道しようよ?』


――ミナモに声をかけられた。予想もしていない出来ごとにオレは固まる。アルバイトを知られても困るから、なかなか答えを返せない。


 おかげでミナモの表情がどんどん死んだ魚のようになった。このまま回復させられなければ、週末のことまで危うくなりそう――そんな思いが心の中にうずまき始めたとき――


『みなも、みなも。寄り道しようよ』

『あたし、おいしいカフェ見つけたんだぁ』

『お値段リーズナブル。金欠カワモでも、食べられる』

『えっ! ちょっと待ってぇ、引っぱらないで!』


 ミナモは同じ教室の友人たちに連行されていった。助けを求めるように振りかえって、こちらに腕を伸ばしてきたのだけど――その手をとるか迷っている間に、曲がり角の向こうに消えてしまった。


 オレは見届けることしかできなくて――だけどホッとした。ミナモにアルバイト中のカッコ悪い姿は見せられないから。


 そんなこともありながら、いよいよ明日という金曜になり――オレは目をそらしてしまった。


 放課後、最後のアルバイトへ向かおうと校門前のバス停へと急いでいた。そんな時に、校庭の向こうにある体育館から、バスケユニフォームに着替えたばかりのようなミナモが出てくるのが見えた。そしてミナモの直後を、愛澤というイケメンもついて出てきた。


 二人は会話を交わしたと思ったら、すぐに体育館の裏手へ姿を消していく。そして後を追うように、女バスのユニフォームを着た三人組が体育館を出てきて――ミナモたちから身を隠しながら、同じほうへゆっくりと進んでいった。


 ミナモの行動がとても気になり、オレも後を追おうと体育館の方へ動きかけた。けれどバスの走行音が遠くから聞こえたものだから、アルバイトとミナモの様子のどちらを優先するかで迷ってしまう。悩んではみたものの、バスが近づく気配に抗いきれなくて――


 オレは何も見てない、気づかない――そんな風にごまかして、バス停へと走る。ミナモは明日、オレと会うのだから……きっとオレたちの関係は先に進むのだから……きっとそうなると、信じこむように。


   ◇◆◇


 明日に備えてアルバイトを早めに上がらせてもらう。四日間ととても短いのに、伯母さんはアルバイト料に色を付けて渡してくれた。どうやら動機がバレバレだったらしい。明日はしっかりやんな――別れ際に背中をはたかれた。


 予想以上の懐の温かさに顔がほころんだ気がした。これだけあれば、明日ミナモに満足してもらえる――そう思えたから。


 日の落ちかけた空の下、意気揚々と自宅へ向かってオレは歩く。やがて神社への石段が遠くに見えてくると、ちょうどまちからのバスがやってきた。石段の下の停留所にバスが止まると、女子が一人降り立つ。それはミナモで――バスが走り去っても、石段を上がっていかなかった。


 うなだれるように下を向いているから、横髪に隠れて表情が見えない。ただならない様子に道を急ぐ。けれど声が届きそうなところまで来ると、ミナモは勢いまかせに石段を駆けあがりだした。


 オレが石段の下にたどり着いたころには、ミナモの姿は神社の敷地に消えていた。すぐさまオレも石段を駆けあがるのだけれど、息があまり続かない。普段の運動不足を無視して神様をうらんだ。


 何とか上りきった時には、神社に人影はなかった。にわかに不安が高まっていく。はたして明日の誘いに、ちゃんとミナモはやってくるのかと。だから――


『明日が楽しみだな。遅れずに来てくれよな――』


 記念碑が激しく明滅していることに気づかなかった。ミナモに送ったメッセージの返信を期待して、携帯をずっと見ていたから。既読がついたのは、夕飯を食べた後になった。けれど届いたメッセージは、待ち合わせの時間と場所を指定するだけの味気ないものだった。


 消えない不安で寝つきが悪かったんだろう。翌朝、バス停に向かう途中――オレは石段を踏みはずした――――



   ◆◇◆◇◆



「あててて」


 痛む体を擦りながら、境内のほうを見上げた。結構な高さのところで、石段が不足していた。どうやら、あそこで踏みはずし――石段の下の道端まで転がったらしい。ただ――


「あちこち痛むわりに、服の汚れは少ないな。家に戻らなくても、大丈夫か?」


 ズボンやジャケットのあちらこちらを眺めたが、汚れはやっぱりなかった。それでも右手の小指だけはケガをしていた。


「このぐらいなら、ナメておけば……」


 小指を口に含んで、二度三度だ液をまぶして吐き捨てる。そんなことを繰りかえしていると、川上からまち行きのバスがやって来た。入口のドアがオレの真っ正面になるように停車する。プシュっと空気がぬける音をさせて、折り戸のドアが開いた。


 乗りかけたところで車内の様子が判った。乗客は一人もいなかった。いるのは運転手一人だけ。おもな乗客が高校生の路線だから、休みの土曜日は通学需要がない。加えて午前からまちで遊ぶには、遅い時間の便バスでもある。ここから川上側の家々の数を思い浮かべれば、こんなものかと思えた。ただ――


「ラッピングのデザイン、こんなだったか?」


 車体に施された広告が古い気がした。たしか、とっくの昔に廃――


――パパァアア!!


 クラクションが一鳴きした。乗るなら乗れ、でなければバスから離れろ――そういう合図に思えた。これを逃してしまえば一時間待ちだ。オレからした約束に、オレが待ちあわせの時間に遅れてしまう。それは如何なものかと思う。だからワンステップで飛び乗り、入口とは反対側の一人掛けに腰を下ろした。


 ようやく乗車したとばかりに勢いよく折り戸のドアを閉めつつ、やはり勢いよくバスが発車する。バスのゆれが少し気になったので、酔わないように車窓を眺めた。告白を前に顔を青ざめさせては台無しだから。


 しばらくは川沿いの見慣れた風景が続く。おかげで、だんだんと眠気が出てきた。いや、昨夜の寝つきが悪かったせいに違いない。いやいや――


 いろいろ理由を探してしまったが、いずれにしても目的のバス停をり過ごしてはならない。だから落ちる目ぶたと闘うハメになった。


   ◇◆◇


 何とか目的のショッピングモール前でバスを降りた。戦いつづけたあくびをかみ殺して、眠気を抑える。それから決戦の地こと、目の前の施設を見やる。ここは郊外型のショッピングモール。高校はこの先なので、いつもは通りすぎるだけの場所。けれど今日は特別になる。だってミナモとの、初デートの場所だから。


 広々とした駐車場には、もう結構な数の乗用車が停まっている。おかげで待ちあわせのゲートが見えない。ミナモがもう来てくれているか、行ってみるまで判らない。


 緊張で心臓の動きが激しくなった。そもそもオレは、いつものバス停で待ちあわせようと提案した。けれど、どうせならモールで待ちあわせしたい――ミナモから逆に提案されてしまい、この機会を逃してはいけないと受けてしまったんだ。


 ミナモと一緒にいれる時間が減ったなと、思ったりもした。ただ、ミナモには笑顔になって欲しい。いやミナモを笑顔にできる人間だと、オレは思われたかった。これから付きあおうって女子の意見を、まったく聞かない――ダメな彼氏になりたいわけじゃないから。


 一歩一歩、オレはゲートに近づいていく。駐車場エリアを抜け、外周通路を進み、やがて目的のゲート見えてきた。そこには、こちらに背を向けた女子と……


「愛澤?!?!」


 一緒にいる男子に驚いて、自分とは思えないほどの声が出た。それでこちらに気づいたのか、女子が振りかえり――それはミナモだった。


「……どうして、だ?……」


 疑問符がオレの視界をうめつくす。疑問符で視界がにじんでいく。


「……ごめん、なさい……」


 ミナモが頭を下げる。


「それは僕が説明しよう」


 愛澤がミナモの前に出て、背後に隠した。そんな愛澤をにらんだ……のだが、愛澤は余裕の笑みを崩すこともなく――


「僕らは――僕は昨日、実那若くんに告白した。そして実那若くんからOKオーケーをもらった。つまり――」

「付きあっている?」

「――そういうことさ」


 身体全体が揺さぶられる衝撃だった。立っているのがやっとなほどに、全身がふらついた。


「……ミナモ……本当か?」

「…………そ、ん……コー、ヘー、そんな――」

「本当さ」


 どうにかして出た声を絞りだし、ミナモに問いかける。声かけに応じて、ミナモはうなだれたままだった顔を上げた。大粒の涙をあふされて、鼻をすすっている。友人には見せられない顔でいながら、何か答えようとしているふうに見えた。けれど、愛澤がタイミングよくさえぎる。


「これから、僕らはここで初デートなんだ。ただのご近所さんのキミは――お邪魔になるのは、ここまでにしておけ」


 愛澤が振りかえり後ろのミナモを抱きすくめ、オレからミナモを隠した。もう見せたくはないと言うように。


「あっ、あい――先輩。ちょっと、今はコーヘーと……」


 ミナモが愛澤に抗議の声を上げる。だけど――先にオレが耐えられなくなった。だから――


「そ、そうなんだ。ミナモ、付きあうヤツができて良かったよな。それじゃ、オレはこれで!」


 捨て台詞を吐いて、この場を離れ――いや、逃げ出したんだ。幼なじみの絶叫を無視して――

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